第4話 始業式


 丁度桜が満開になり、自宅近くの川も桜の花びらが舞って春の陽気を感じられるようになった。


 始業式のある今日、俺は高校3年生となる。


 気が付けばあっという間に2年は過ぎていた。思い返すと、俺は高校というものをあまり楽しんでいないなと周囲のSNSなんかの動きをみていると思う。


 自分から何か発信することは殆どなく、クラスメイトからのフォロー申請を許可して眺めているだけだ。


 今まではそれで良いと思っていた。学校は勉強しにくるところで、何かを楽しむような場所じゃない。


 進路、将来、大学、その通過点に過ぎないもので義務的に通っていた。


 だが、今は考えが変わった。やはり、両親の死が大きい。


 人はいつか死ぬし、それが今日かも知れないという事実を改めて思い知らされた。

 だからこそ、1日1日を大事にして、一生に一度しか経験の出来ない貴重な期間を楽しもうと、遅ればせながら改めて思い、今日からは決意を新たに学校生活を高校生を楽しもうと思う。


 もちろん、やるべきことはやるが、無駄だと思っていたことが後から生きてくる。それが無駄かどうかは、結局のところやってみて、知っておかなければ判断も出来ないということだ。


 とは言え、3年生から遊ぼうなんてやつは少ない。皆就職や受験で徐々にピリピリしてくるのだろう。俺だけはしゃいで一生懸命やってる連中の邪魔をしては意味がないからな、立ち振る舞いには十分に注意したいところだ。


「よお遭難者さん、元気してたかぁ!? ダンジョン に巻き込まれたってニュース見て大笑いさせてもらったぜ……お前、何事もなく終わると思うなよ……」


「八島……お前も学習しないな? まあ、俺のお陰で親が働いた金で払った修学旅行費用が無駄になって、のんびり出来たようで良かったな」


「学校内なら手出し出来ねえとでも思って調子乗ってんのかお前?」


「お前のせいでしこたま親父に怒鳴られた……借りは返すぞ、曲直瀬」


「おお世良、そうだろうな〜おぼっちゃまのお前なんだから、親父のメンツ潰すようなことして許されるわけないよなあ、俺が言うのもなんだが、親の七光りって共感するぜぇ? まあ2世は大概無能だからなあ、仲良くしようや」


 そんなんでメンチ切ってるつもりか? 滑稽だぜ。学校内でしかイキれない私立通いの不良にビビるかよ

 そもそも比較的恵まれた家庭環境のくせして、中途半端にグレてカッコいいとでも思ってんのか?


 お前らなんか、ダンジョンで言葉も通じねえただ意味もなく俺を殺すことに全力をかけてくるあのダチョウに比べたらヒヨコだ。


 凄みが全く足りてねえんだよ。


 馬鹿力と、強化付与、せいぜい良いところまでいっても2流程度のお前らなんか、この学校のトップでもない。

 他にもっと優秀な奴らはいくらでもいる。他の奴らはお前らほど暴力性がないから偉そうに出来てるだけなんだよ、勘違い野郎が。


 それこそ、氷室さんには敵わないだろうが。


 ふざけんなとか、覚えてろよ、とか安い捨て台詞で去っていきやがってしょーもねえ。


 ***


 毎年恒例かつ、ビッグイベントのクラス替え。俺は特に気にしていなかったが、今年は少し気になった。


 はっきり言って、八島と世良と同じクラスは面倒だ。どうでもいいが、一々絡まれて相手にするのも鬱陶しい。


 しかし、そんなことは教師陣も織り込み済みなのか、廊下に張り出されたクラス名簿の前に集まる人の間をすり抜けて読んでみると、別のクラスでホッとした。

 学校側も、流石に退学者を出すなんて醜態を晒したくないだろうからな。


 氷室さん、槙島は同じクラスのようだ。友達が少ない俺が馴染めるようにって配慮だとしたら泣けてくる。


「おお……本当に無事なんだな! 俺はもうてっきり死んじまったと思って生きた心地しなかったんだぞ〜!」


 教室に入るなり、俺を発見した槙島が犬みたいに嬉しそうに近寄ってきた。


「俺が死んだのか、お前が死ぬのか、どっちなんだそれ」


「あ〜これこれ、このそっけない感じ! やっぱり本物の曲直瀬だ」


「幽霊みたいに扱うなよ。まあ、心配かけたよな。悪いな、俺のせいで皆の修学旅行が台無しになってしまったって多少の負い目はある。今年もよろしくな」


「俺たちなんだかんだ3年間同じだったな〜」


「ああ、そう言われると1年の時もいたな」


「いたなって……いや、確かに1年の頃はほぼ喋ってなかったけどさ」


 とは言えだ、多少でも安心して話せる奴がいるのは心強い。こいつはなんだかんだと、大人しい方ではあるが俺よりは友人は多いし、情報を俺に流してくれて助かったことがある。


 何故、こんな俺に親切にしてくれるのかは謎だが、その好意は無碍には出来ない。今年も世話になる。


「曲直瀬くん……」


「氷室さん、こうやって無事な様子を見れて安心したよ」


 槙島が俺を見てホッとしたように、俺も彼女の顔を見て安心した。何せ一緒に死にかけたんだ。

 俺より先に退院したからスマホで連絡は取ったものの、こうやって元気そうだと改めて安心する。


「今年もよろしくね、去年は全然喋れてなかったから同じクラスだと良いな〜って思ってたから嬉しい!」


「お、おお……そうだな」


「ハンター就職組でしょ? それなら実習でペアになろうよ。去年のペアだった子は別のクラスになっちゃったし」


 実習とは、ハンター志望である生徒がダンジョンを模した場所で練習をする授業のことだ。


 3年からは、より本格的な実習が始まる。高専やハンターを育成する専門の学校の方が進学校であるここよりは先にやっているらしい。


 だが、だからと言って就職後にそういった学校の生徒と大きく差が開くわけではない。


 この学校は比較的強いスキル、つまりダンジョン攻略に向いたスキルを持つものが多く入学しており、ベース、ポテンシャルでは上。


 その上で将来的なリーダーを育成する目的もあるので、いわばハンターのエリートコース。


 俺は普通に勉強して一般で入学しているが、俺のように強いスキルを持っていなくともハンターになりたいやつは勉強を頑張り、そこからハンターとしての就職を狙うやつもいる。


 だから、俺みたいなやつは少ない方ではあるが、ゼロというわけでもない。


「足手まといになると思うけど?」


 多少強くなったとは言え、一般人よりも動ける。その程度が実力の俺では、応用力、火力のあるスキルを持つ氷室さんのペアをやれるとは思えない。


 あの時はペアを組まざるを得なかったというだけだ。


「そんなことないよ、何の用意もなしにダンジョンを生き残るってスキルの強さよりも重要な要素だと思うよ?

 結局、強いと言われる私が足引っ張っちゃた形になっちゃってたし……」


「えっ、お前が……!?」


 槙島がその会話を聞いて驚くが、彼女の中で記憶が美化、補正されてるだけだ真に受けないでくれ。

 俺は雑魚を処理していただけで、彼女の火力がなかったら間違いなく死んでいた。


 ただ、俺が豪運だっただけなんだ。


 彼女がもしかしたら、俺のその運の良さを直感的に気が付いていて、こいつについていけば生存率が上がる、そんなことを思っているのかもしれない。


 確かに、ダンジョンには強さ以外にも運要素が大きく絡んでくるのは間違いないし、何か『持ってる』やつを味方に引き入れるべきだと言う考え自体は正しいと思うが。


 俺が懸念しているのは、彼女が俺なんかと組むことによる周囲の反応だ。まず俺がガタガタ言われるのは予測出来る。それは別に良い。


 昔から親のことで周囲から何か言われるのは慣れている。ムカつくがな。


 だが、それで彼女が傷つくのを指を咥えて眺めているつもりもない。ならば、最初から俺と組むべきではないのではないか、それが正直なところだ。


「すぐ始業式だから席につけ〜」


 担任は鷹村先生。この人も2年目か。まあ、ある意味トラブルメーカーの俺のお目付け役として配置された可能性があるな。

 苦労かけますね、先生。


 多分だが、ダンジョンに巻き込まれた時一番生きた心地しなかったのはこの人だろう。

 何せ、生徒の安全を管理して外国で命を預かるような立場だからな。生徒がダンジョンに巻き込まれましたって報告でぶっ倒れてもおかしくなかったが、色々と動いてくれたようで、後でしっかりとお礼を言うべきだろう。


 帰国してからわざわざ心配の電話してくれた大人はこの人だけだ。


 だが、俺の担任よりも八島と世良の担任になってあいつらの動きに目を光らせておいた方が良いんじゃないか、とは若干思う。


 ***


 始業式が終わり、後は軽くホームルームで今後の予定の説明や自己紹介なんかをざっくりとやり、少し休憩がある。


 前のクラスと同じだった者、部活が同じ者、共通の知り合いを紹介し合う者、新しいクラスメイトと仲良くやろうと話している者も多い。


 好きなプロハンターは? なんてのはお馴染みの質問だが、そこで俺の両親を挙げてくれた奴がそれなりにいた。息子の俺がいるのにだ。


 まあ、トップランカーなんだから息子がいようが目指すべき人物であるという点については俺も同意する。


 トップランカーは無理にしても、両親の栄光はいまだに下の世代に引き継がれた。


 ニュースではこれから、新しい世代のハンターが活躍するある種の節目なんて言われたりすることもあるが、俺もここから将来的なライバルが出てくるかも知れないと思うと油断は出来ない。


 だが、参考に出来る点はしっかりと学ばせて頂く。


 日本は個人よりもパーティでの集団戦闘が得意だからな。実習も個人技よりは連携が重視されているカリキュラムが多いし、仲良くやれるクラスメイトがいるにこしたことはない。


「……? なんか、皆俺のこと見てないか?」


 そんなことを考えていたのだが、先ほどからスマホと俺の間で視線が行ったり来たりして、何故か見られていることに気がついた。


「曲直瀬ッ! これ見ろ!」


「槙島、なんだよ慌てて…………」


 槙島が俺に見せたのはスマホ画面、そしてそこに映っているのはニュースサイトの記事だ。


 タイトルは『曲直瀬夫妻、同業者による暗殺か?』


 というものだった。


「なんだ……と……」


 いや、モンスターに襲われての事故だったと聞いている。そんなはずはない。大体、うちの親を暗殺出来るやつなんて日本に一人か二人くらい……ランク1位の『臥煙』と呼ばれる風間か、ランク4位の『トランス』と呼ばれる渡井くらいのはずだ。


 その二人は品行方正でメディアでも悪い印象は持たれていない人気者。


 何しろ大手のゼノフィアスとも関係がない……アイテム狙いなら、彼らにアイテムが渡るはずだが、使っていない……そんなこと思いつきもしなかった。


 教室の中で俺一人の世界になったように何も音が聞こえなくなっていた。





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ストックが尽きました。鋭意制作中ですが、投稿頻度はやや落ちますご容赦ください。


ここからは週に2〜3話、投稿するペースで行きたいと思います。

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