第3話 迷子


 まず、積極的に会話するような形式の店はまだサミュエルには難しい。

 ファストフード店も良いかと思ったが、ハンバーガーを頼んだらセットにしますか? などと店員から提案がされてしまうような形式では混乱するだろう。


 タッチパネルで注文すれば料理が出てくるような店が好ましい。


 まずは喋らなくとも指で2人と店員に示すことで入店がクリア出来ることを教える。


 幸い、待たずにスムーズに席に案内された。


「ここは……ドリンクバーを注文しておくか。セルフサービスに慣れておいた方がいいだろう」


 良く考えれば、セルフサービス、つまり自分で料理を用意するなんてことは王族は絶対にやらないだろう。というか、やらせてもらえないはずだ。


 だが、自分でやればコミュニケーションを取る必要がない。その利点を伝える。


「水はそもそも無料か……なんと豊かな国だ」


 注文をする前に、席を立ち一緒にサーバーに向かってコップを取らせて、ボタンを押して水を入れる。


「つまり、自動販売機と同じだが飲み物だけが出る機械か……」


「ドリンクバーというものを注文すれば、ここにあるもの好きな量、好きな種類飲めますよ」


「なんとも贅沢だな」


 冷たい水を店に入れば金を払わずに飲めるというシステムに驚き、タッチパネル形式のメニューを見て驚きと落ち着きがない。


 今のところ物珍しさが勝って、あれほど嫌がっていた店に入るということは忘れてしまっている。


「分からぬものばかり……シオン、一通り注文せよ」


「残したら勿体無いでしょ、それに作る人にも迷惑かかりますよ。食べられる分ずつ頼んでいけばいいんです」


「そのモッタイナイとはなんだ、翻訳は機能しているが、意味が分からぬ」


 そうか、これ独自の概念だから共有出来ないのか。


 なんとか説明をしてみる。


「それは……卑しいと言うのではないか? 平民がやるのは普通かも知れんが……俺がやると顔を顰められるような行為だろう」


「う〜ん、資源というのは有限で、それを無駄なく利用するということは持続性が高いことに繋がると思うので卑しいという考えには同意しかねますね。

 逆に、モッタイナイという意識がないと先のことを考えてない、自分たちさえ良ければ問題ない、無責任な考え……とまで言うと大袈裟かも知れませんが、そういう面もあるのでは?」


「……肥え太る王族、貴族と明日の暮らしの心配をする貧しい民との差、それはつまり貧民から考えなしに搾取していると言われる構図と同じか……」


 サミュエルは顎に手を当てて真剣に自分の国と、民について思案しだした。


 ちょっと、暗い感じになってしまったタイミングでポテトフライ、ハンバーグ、様々な料理が到着する。


「おお、なかなかに早いし食欲を刺激する香りがするではないか」


 ナイフとフォークを優雅に扱い、ファミレスの料理を食べていく。


「美味しいですか?」


「うむ……商人、店員か……と極力会話をせずともこの質で提供されるか……味付けも初めてのものばかりだが、美味である」


「ちなみに、なんですけど料理は一つあたり、自動販売機で買ったジュース3本分くらいの値段、電車の運賃よりも安いですよ」


「ッ!? 馬鹿な、シオン……俺も相場というものが分かってきている。それはあり得ぬだろう。

 揶揄うのはよせ」


「いやいや、ちゃんとメニューの値段見てくださいよこの数字……」


「何故だ? 自動化された者は作り手がおらぬし、人件費もかからぬ、故に安い。大量生産という手法によってコストが下がることも分かった。

 だが、これは腕利きの料理人が作ったものに劣らぬ、作ったばかりの温かい食事だ。安いはずがない」


 確認するように、じっくりと味わいながら品質の高さを検分する。


「でも実際、この値段ですからね」


「採算が取れる仕組みが気になるな……それもパソコンで調べられるのであろう?」


「そうですね、使い方さえ理解すれば調べられるものは大量にあると思いますよ」


「ふふ……早く帰って使ってみたいものだ。我が国に活かせば上手くいきそうなものも多い。

 仕組みをしっかりと把握しておかねば、ミュリエルがうるさいであろう。しかし、筋道を立てて説明し、再現することが出来れば文句も言えまい……」


「そうでしょうね」


 そんなことを言いながら俺は大量にカロリーを摂取するべく料理を食べ、ドリンクバーを往復することを繰り返す。


 全て食べるので勿体無いことはない。


 偉そうな説教じみたことを言ってしまったが、俺が食べるのでその一部をシェアするという形でワガママなサミュエル殿下のご希望の、色んなものを食べるは実現出来ている。


 ただ、料理をシェアするという概念は一般的ではないらしく、ちょっとスマホで調べてもヨーロッパ圏なんかでは自分の料理を分ける、なんてことはしないことが多い。

 皆で同じテーブルについて、同じ鍋をつつく、考えてみれば、馴染みがなくてもおかしくはない。


 下げ渡す、そんなことはあっても、平民である俺と料理のシェアは考えたこともなかったようだ。


「……シオン、そんなジュースはあったか?」


「ああ、ちょっと飽きたから混ぜたんですよ」


「混ぜるッ!? 許されるのか……!」


「自由ですよ」


「なんと……そのような真似、城では許されぬ……」


「ここファミレスですからね。身分がなくとも金さえあれば基本的に自由が出来る国ですよ」


 まあ、それが法治国家と資本主義の良いところであり、悪いところではあるんだろうけどさ。


 少なくとも金はあっても、あれしろこれしろ、あれするなこれすらな、と言われる少し遅れた文明の高貴な身分の方よりも、日本の方が豊かで自由さはあるだろう。


 それで自国の貴族制度を終わらせるなんて発言したら問題かも知れないが。


 俺だって、その金をもらってるわけだし、あんまり偉そうなことは言えない。


 早速、一人でドリンクバーに向かい全部入れした緑と茶色の混ざった薄汚いドリンクが完成していた。


 加減ってものがあるだろうよ。罰ゲームやらされた中学生の遊びじゃないんだし。


 ***


 すっかり満足するくらいに食べても1万円を少し超えた程度。エンゲル係数が恐ろしいことになってはいるが、強さと引き換えと考えれば安い。


「さて、そろそろ帰りますか」


「ああ、俺も少し疲れてきた」


 そりゃ引きこもりには刺激が強くて、随分とはしゃいでいたから疲れて当然だろう。


 帰りはコンビニに寄ってみて、俺の動きを後ろからジッと観察している。


 最後に店員にペコっと頭を下げる動きを見せたのには驚かされた。王族だからな、人に頭を下げるような行動を1日で身につけるとは思っていなかった。


 緊張した面持ちだったが、小さなことからやってみようということなんだろう。やはり根が真面目だ。


「……驚いたな、この国ではあのような子供が一人で出歩いても誘拐などされないのか」


「いや、とは言え子供から目を離すのは危ない……」


 待て、あれは迷子ではないだろうか?


 外見は明るい茶髪の白人、今時白人の日本人だっているので決めつけは禁物だが、それでも珍しい部類だ。


 そして、なによりあの怯えて困っている今にも泣きそうな表情だ。


 親は近くにいないのか……はぐれてしまったか?


 取り敢えず交番に連れて……と言ってもいきなり近づいたら怖がられるか。


 俺が誘拐犯と思われるオチだってあり得る。そして俺は外国語は出来な……あ、出来るぞ!?


「サムさん、迷子のようです。警察署に連れて行きますよ」


「……俺は話せんぞ、女にはな」


「あのような子供ですら、ですか?」


「女に違いはない……だろう……」


 こりゃ相当なトラウマだ。小学生くらいなのに。


「どうしたの? お父さんやお母さんは?」


「ッ! フランス語喋れるのお兄ちゃん!」


 ということは、この子はフランス人か。


「あ、ああ……ちょっとね」


「パパとママとお兄ちゃんと日本に来たの。でも気がついたらいなくなっちゃってた……」


「そうかい、これからお巡りさんのところに行って探してもらうと思うけど、ついて来てくれるかい?」


「でも、知らない人についていっちゃダメって……」


 お、しっかりした子だな。その警戒心は正しい。だが、このまま「そうか、じゃあ見つかるといいね」で終わらせる訳にもいくまい。


 俺は通報して、近くの警察署の警官に来てもらうことにした。


「サムさん、この子にジュース買ってきてあげてください」


「……それくらいならば、出来るな、任せよ……フッ、王族の俺が従者の真似事か、笑えるな……」


 心配そうに女の子を見ていたサミュエルだが、硬貨を握りしめて偉そうな足取りで自動販売機まで向かう。


 話しかけられないってビビってたくせに急にもう自動販売機はマスターしたと言わんばかりの態度だからな、こっちが笑うわ。


「もうすぐお巡りさんくるからね……お名前は? 俺はシオン」


「アナ……」


「アナは日本で美味しかったものとかある?」


 軽く雑談をしながらアナの緊張を少しでも和らげてやる。しばらくしたら、サミュエルの買ってきたジュースを飲みながら楽しそうにお喋りしていた。


「通報を受けてきました」


 そんなことをしている間に警官がやってくる。制服の力は偉大だな、彼らを見てアナは少し安心したようだ。


「じゃ、後は任せます」


「ちょ、ちょっと待ってくれますか? 詳しい事情を聞きたいのと……その、署にフランス語を話せる者がいないので英語なら大丈夫なのですが……」


「ああ、彼女フランス語しか話せませんよ。今時アプリとかで翻訳出来るのでは?」


「出来れば普通に話せる人が通訳してくれると助かるんですけど……そちらの方も迷子ですか?」


「ブフッ、いや彼は俺の友人ですよ」


「ああ、そうなんですね……てっきりご兄弟かと」


 まあ、サミュエルも白人寄りの顔だからそう思っても仕方ないが、迷子の成人男性はヤバいな、笑っちまう。


 ***


 結局、2時間くらい警察署にいてアナの面倒を見た。


 フランス語は話せるがフランスについては大して知らないのでボロが出そうでヒヤヒヤした。


 そして、感動の再会、ご両親の感謝の籠ったハグで別れることに。


「シオンありがとう! サムも!」


「うん、これからは気をつけてね」


「はーい」


「……」


 サミュエルは喋らないが軽く手を上げて返事をする。恥ずかしがりのお兄ちゃんと思われているようだ。


 帰り道、サミュエルはふと、喋り出した。


「この国の衛兵、警官は無線を使い遠くにいる者と連絡を取り合って両親と再会が出来た。

 俺の国であんな結末は稀だろう……ミュリエルが俺に学べと言っていた意味がよく分かる。

 あのような便利なものがあれば、困った者を助けることも出来るはずだ……無論、悪用する者の対策も考えたおかねばな……だが、今日のところは有益な時間を過ごせたと言っていい。

 シオン、連れ出してくれて感謝するぞ」


「そうですか、でもその為には一人でお店に入れるように練習しないと、ですね」


「グッ……今日は挨拶出来たのだ、次までにパソコンで調べて対策を練っておく!」


「頑張りましょうね」


 後日、俺はフランスのメディアで迷子を助けたフランス語の話せる日本人としてニュースになっていたと知り、乾いた笑いが出た。


 親がSNSで感謝を込めて投稿したらしい。だが、せめて写真はモザイク処理して欲しかったな。

 悪意あるメディアとは違うからそこまで怒らないけど、目立ちたくてやったわけじゃないんだ。

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