第2話 秋葉原へ


 遠い……自宅から秋葉原までが異常なまでに遠いッ……!


 家から駅まで徒歩10分弱。最寄りの駅から秋葉原まで45分弱。つまり、普通に行けば1時間以内に到着する距離。


 ……のはずだった。


 現在、自宅から駅に到着するまで、既に1時間を浪費!


 サミュエルの止まらない好奇心による圧倒的寄り道、圧倒的一時停止を繰り返した。


 勉強熱心なのは良い。そもそも留学みたいな理由で来てる訳だから、仕事をしているとも言える。


 だが、このペースだと日が暮れる。


「……で、では行ってくる。俺一人で出来る……出来るぞ……」


 イケメンの王族は硬貨を握りしめて、自動販売機に恐る恐る向かった。


 初めてのお使いを見守る親ってこんな気分なんだろうか?


「……よしっ!」


 コインを入れ、ボタンを押し、取り出し口から缶ジュースを拾う。


「……これならば! 俺にも買い物が出来る……!」


 自動販売機の技術とかじゃなくて、人とのコミュニケーションが不要なポイントに感激してんのかよこの人、筋金入りだな。


 日本はマジで色んなものが自動販売機で売ってる。そんなものがある、と彼が知ればこのままお店に一切入店せず、自動販売機を求めてウロつく人間が出来上がってしまいそうだ。


 それは流石に陛下にバレたら怒られる気がする。なんとか、コンビニでお買い物くらい出来るようになって頂かないと……。


 同じようなくだりを、駅の切符売り場でもやった。さっさと電車に乗ってくれよ。


「……今だっ!」


 大縄跳びに参加するようにタイミングを何度も計って、エスカレーターに乗る。


「ふう……慣れれば、どうと言うことはないな……」


 額に流れる汗をハンカチで拭った。こういうところで妙に上品さを出してくる。


「いや、カッコつけられても、あなた完全に変な外国人として見られてましたからね……人が少なかったら良いですけど、単に迷惑な人ですよ」


「……シオンは学舎に行かねばならんのだろう? そうなれば……俺は……一人でアキバに行く練習をしなくては……ならんのだ……」


「そんな戦場に行くのが王族の務めだって言う時のテンション感で言われてもですねえ……」


 ***


 なんとか、電車に乗り、流れていく風景で目についたものを片っ端から質問責めされ、それに答えていく。


 パッと分からないものはスマホで調べながら答えていた。


「その……スマホ? はこの国の者なら誰もが持っているのか?」


「老人や子供や持ってない人もいますが、今は大抵の人は持っていますね」


「遠隔で会話や、記録、調べ物が出来るインタネッツとやらが、こんな手に収まる大きさで実現出来るとは……素晴らしい……」


 俺じゃなくてジョブズに言ってやれ。


 移動中、少し俺のスマホを触らせてあげる。退屈している子供に使わせる親みたいだな。


 でもあなた、周囲から変な人を見る目で見られてますよ。デカいしイケメンの銀髪は目立つんだって。


 ああ、良く考えたら異世界人って、この世界じゃあり得ない見た目の人とかもいるよな?


 そういう人が外歩きたいって言われたらどうしたらいいんだろう。ちょっと考えておかないとな。


 ***


「おお……ここがアキバ……妙な絵柄の掲示物が多いがこれはなんだ?」


 彼を納得されるには漫画、アニメの概念を説明しないといけない。


 街を歩きながら、ざっくりとした説明をすると興味を示していた。

 漫画、読ませても良いんだろうが異世界人だからな何がフィクションかを判別するベースの知識がないうちは悪影響な気がする。


 カメハメ波を撃ちたいので教えてくれとか言われたら困るからな。まずはこの国の常識から覚えて頂きたい。


 てか、秋葉原……めちゃくちゃ外国人多いな。日本人より観光客の方が多いくらいだぞ。しかも派手な色の髪をした人も結構いる。


 いいぞ、これならサミュエルは目立たない。オタクの聖地に来てテンションの上がった外国人にしか見えないだろう。


 パソコンを売っている店に入り、なかなかハイスペックなパソコンを購入した。

 後からもっと良い奴が欲しいと言いかねない。金は王族だから持ってるのだ、よりハイスペックのものがあると知れば、また連れて行けと言われるのは目に見えている。


「シオン……俺と同じような顔立ちをしている者とそうでない者の違いは国か?」


「ええ、この世界では他国を旅するのは割と普通の娯楽ですよ」


「それが叶うほどに安定した世なのか……」


「と言ってもですね、他国には王族もいますしそういう方はこんな簡単には出歩けませんよ流石にね」


「いや、王族の不自由は理解している。平民の自由や裕福さに驚いた……」


 そっちか。まあ、そうだよな。平民が旅行するって経済も社会もそれなりに安定していないと無理だ。


「この街は……少し他と違う……何故だ?」


「元々電気街……いや、これじゃ分からないか……うーん難しいんですけど、ああいう絵柄を利用した娯楽を楽しむ為に必要な道具を売っていた街で、そのうち絵柄自体が人気になり、街の象徴になっていった感じですかね」


「ゲーム、だろう? 俺も少し興じてみたいが可能か?」


「あ〜ゲームセンターに連れて行くかなあ……サムさん、多少音が大きくて驚くかも知れませんが遊べる場があるので案内しますよ」


 俺たちはゲームセンターに入る。コンシューマーやスマホよりも筐体で遊べるものの方が分かりやすいだろう。


 まずは……いや、音ゲーも難しいし、レーシング、シューティングも難しいのでは?


 銃も車の運転もない世界なんだったら、そもそもの楽しさを理解出来ないだろう。


 異世界人を遊ばせるって思ってたよりも難しいぞ。


「シオン……これは?」


 サミュエルが興味を示したのはクレーンゲームか、うん、これは分かりやすいかも知れないな。


「機械を操り、この箱の中に入った景品を掴み、そこの穴に落とすと自分のものに出来るのです」


「……何故、それで商いが成り立つ? 盗まれないか?」


「たまに盗まれたりもしますけどね……操作が難しくて遊んでいるうちにお金がなくなるんですよ」


「つまり、博打の一種か」


「ああ、言われてみるとそうかも知れませんね……ちょっと手本を見せましょう」


 とは言ったものの、俺はこの手のゲームは別に得意ではない。


 だが、一つくらいはゲットして、こんなもんだと示したい。


「こうやってお金を入れると機械が操作出来るようになって……こんな感じで……おっ? ああ……落ちちゃった……」


「……要領は分かった。俺にやらせろ……」


「はいはい、こっちのボタンを押している間だけ動いて……って、手を離したら止まっちゃいますよ!」


「……先に言え」


「いや、説明聞いてから操作してくださいよ……」


 前のめりな彼に言っても意味はなく、お金を使いながら操作を覚えていく。


 最初は上手くいかなかったが、王族の力(圧倒的な財力)を前に景品は獲得された。


 かわいいキャラクターのぬいぐるみを大事にそうに抱えて「戦果」と呼ぶイケメン、日本人の女の子からやたらと微笑ましい目で見られてる。


「シオン、リョウガエを頼む」


 適応が早い。目につくゲームを片っ端からプレイしていき、俺に金を崩すよう要求までしてくる。


 俺は殿下の大事な戦果の管理を任されて、レーシングゲームに熱中する彼の背中を見ていた。


 管理人ってそういうことじゃないんだがな……。


「乗馬は出来るが、より疾走感がありこちらの方が楽しい。ミュリエルにクルマを買わせるか……」


「買っても免許が必要なので運転出来ませんよ」


「免許? ああ……あれか、薬師などが商売をする上で必要な許可状のようなものか……」


「サムさんの身分では取れないですからね」


「王族は運転は出来ぬか……まあ、俺も移動は馬車に乗せられているだけだから理屈は分かるが」


「あっ、そうじゃなくてこの国の住民であることを証明するものがないからです」


 彼にもパスポートは生成しているが、長期的に日本にいると考えるとパスポートじゃなくて、在留カードを発行した方がいいのかも知れないが……それって行政とガッツリ関わってデータ残ることになりからちょっと怖いんだよな。


 俺もその辺りの知識があやふやだし、ちゃんと調べてからじゃないと車の運転は絶対に実現出来ない。


 そもそも、俺が免許持ってないんだ。まず、俺が取らないとダメなもんなんだよ。


「あの奇妙な踊りをしている者たちは……?」


「あれは音楽に合わせて踊ったり、機械を操作したりする遊びです」


 音ゲーに興じている男子高校生の集団をジッと見ていた。確かに、知らない者からすればおかしなものだろう。


「なるほど……拍に合わせて流れる記号が重なった部分で、それに応じた動きをする……これは剣舞の練習方法として伝えれば上達しよう」


 お〜忘れかけるけど、異世界人っぽい発言だ。


 俺にはない視点でものを語る。これ聞いてる分には結構面白いんだよな。特にこの人は洞察力に長けているし、異世界人の中でも相当な物知りの部類だろう。


 未知のものでも、自分の知識の中にあるものと比較して解釈してしまう。


 ダンジョンで上手くやっていくにはこういった知識の積み重ねも必要だろう。そういった積み重ねが経験となり、咄嗟の判断を勘で出来る。


 勉強になるな。


「食べ物まで景品として売っているのであれば、ここに来れば、商人と顔を合わせて取引をする必要もないか……」


 いかん! 妙なことを考えているぞこの人!


 食料調達がゲーセンのお菓子なんてことはさせられない!


「ここは良い、会話せず一人で楽しむことが出来る……」


 あああっ! すっかりゲーセンにハマってしまっている!


 マズイ! この街は引きこもりのコミュ障には悪影響かも知れない! 加速させてしまう可能性がある!


「それは認められませんね、普通に購入した方が安いし確実ですし、獲得出来てもせいぜいがお菓子です。そんなもの食べ続けていたら病気になりますよ」


「コンビニは……俺には難易度が高い……何故これほど人と接せずに出来る道具がありながら! コンビニで商人と会話をせねばならんのだ……! しかもそこそこに女が働いているではないか……!」


「男の人の時を狙って買えばいいのでは?」


「見知らぬ人間と話すのは……怖い!」


「コンビニでする会話って結構決まりがありますから、あなたの見た目的にも話さずとも、首を振るだけでなんとかなると思いますよ」


 店員さんも日本語が分からない外国の人なんだなーって思いながら対応してくれるだろうよ。


 でも、翻訳の指輪この人も持ってるからこちらが何を言ってるかは理解出来る。それに合わせて首を振るだけだ。

 そんなに難しいことではないと思うが、帰りに練習させるか。


 テレビ、電話はミュリエル陛下の治世において必要なものだと、この人も理解しているし、その理解度は彼女よりも高いはずだ。


 ならば、アキバに興味を持ったこと自体は良い。


 自作するノウハウを獲得するならば最初は簡単なラジオの制作や電子工作、そこからアマチュア無線と進んでいくはずだ。


 この街はその手の話に詳しいプロがいる。パーツや道具も日本一揃えやすい場所だろう。


 俺には詳しいことは分からないが、分からないなら聞けば良い。だが、この人は他人とのコミュニケーション自体を嫌がるし、それでは困るだろう。


 女性は無理としても男性とだけでも徐々に会話出来るようにしないと。


 話してみると王族的な横柄な態度もなく、むしろ純正で愛嬌すらあるなと思うのだ。よっぽど変なことをしない限り、この人は嫌われたりしないと思う。


 さて、どうやって自信をつけさせれば良いのやら……腹が減ってきたし飯にするか。


 ああ、ファミレスなんかは慣らし運転には丁度良いか……。

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