2章ハンター駆け出し編

第1話 サミュエル殿下



「マスター! やはり動きが格段に速くなってますね!」


「もうお前の投げた石が当たらねえくらいには身体が動くな!」


 ブランカとの日課である回避の練習も進歩があった。


 まず、反射速度が上がっている。感覚が研ぎ澄まされてなんとなくどこに飛んでくるのか、それが読めるのだ。


 そして、それを実際に避けることが出来る運動技能、体力がついている。見えたところで身体が動かないのでは意味がないが、しっかりと反応出来て間に合っている。


 とは言え、包丁でも刺されたら俺のソフトな肌と肉は余裕で貫通してしまう。防御力は人並みだ。


 ダチョウにやられて攻撃を受けない、ということの重要性が身に染みた。ダンジョンは強い奴よりも、負けない奴の方が優秀。そんな言葉の意味がよく分かる。


「あ、マスター誰か来たようですよ」


「お? 陛下かグードバーンかな……痛ぇッ!? おい! 今のは油断とかじゃなくてお前への信用で中止してんだぞ!」


「ダンジョンの中にいるモンスターやハンターの言うことを素直に信じるなんて愚の骨頂ですよ」


「それは分かってるけどこの場ではお前を信じてんの!」


 マンションの方を見た俺のこめかみに石がクリーンヒットして悶絶しながら叫んだ。なんて奴だ!


 こめかみをさすりながら、タオルで汗を拭いてお客を迎える用意をする。


「シオン、久しいな。息災か?」


「陛下も無事にお過ごしのようで安心しました」


 今日は比較的大人しい服、王族というよりは裕福な商人くらいの感じか、こちらに来ても動きやすい服装を選んだのだろう。


 しかし相変わらず美しい人だ。髪はまた少しゴワついてるかな? でも気にならない程度だし、後で買っておいた美容系のものは渡そう。


「ああ、周囲の者が驚いてな。ちと、騒ぎになり収めるのに骨が折れた」


「あの、そろそろそちらの方をご紹介して頂けると……」


「お? おお……忘れておった、余の兄のサミュエルだ」


 ミュリエルの後ろの方で肩身を狭そうに、そして彼女の背中に隠れるようにしていたヒョロ長い銀髪のお兄さんがいるなあ、とは思っていたが兄か……いや、それって王兄だろ?思いっきり偉い人じゃないか。


「……紹介に預かったサミュエルだ……」


「兄上は見ての通り、内気でな。本来ならば余と争っていてもおかしくないのだが、政の世界ではやっていけん。今は公には病のせいで隠居ということになっており、実際引きこもっては書物を読むだけの穀潰しだ」


「酷い言いようですね……それで、その殿下……で良いんですよね、呼び方は。何故殿下をこちらに?」


「うむ。あのテレビの技術だけでなく他の技術も学び国に活かしたいと思っていたが、よくよく考えれば余では忙しくてそんな暇はないし、理解も出来んかもしれん。

 そこでだ、この穀潰しを留学という形でこの世界に住まわせてやって欲しい」


「……ということだ」


「あの〜、殿下は全然乗り気じゃないって感じが伝わって来るんですけど……それで良いんですか?」


「陛下はニホンの方がなんなら馴染めるから、勉強してその成果でもって王族として貢献しろと……」


「そ、そうですか……ちょっと、陛下二人でお話ししても?」


「なんだ、面倒な……」


 文句を言いながらもサミュエルから距離をとって話をする。


「無理やり連れてきてません? 全く知らない国で生活するのは大変ですよ、かわいそうじゃないですか」


「それは違う。全くもって誤解だ。シオン、其方は王族というもの、貴族というものの世界をまるで知らんから仕方ないが、余から見れば今の兄上の方が哀れなのだ。

 我が国の王族の男ならば武芸に励み、戦場で武功を上げ、騎士を差配し、国と派閥をまとめねばならん。


 が、あの性格では無理だ。王族には向いておらん。しかし頭はあれで悪くない。貴族であれば宮廷魔導士にでもなれただろうが、立場が許さんのだ。

 兄上もあれで、自身の不甲斐なさのせいで自信をすっかり失っておる。

 だが、この国の知識を我が国で一番理解する資質があるとすれば、それは兄上だ。

 ここならば政に巻き込まれずに好きに生きれる。生活費は余が払うし、其方に褒美も与える。

 なんとか認めてくれんか?

 まずは一月程度試しで良い」


「そこまで言うなら……」


 事情はある程度理解した。時代、場所、立場がマッチしてないだけでサミュエルの活躍出来る場、のびのび出来る場を用意してやりたいという家族の情で彼女は動いている。


 何も門前払いすることはない。ここに来れたということは悪い人ではない。悪意があれば来れないからな。

 素性という点では問題ない。


 金ももらえるしな。


「分かりました。時々外に連れ出して後は本でも読んでのんびりしてもらったら良いのでしょう?」


「そういうことだ。とは言え兄上を外に出すのは苦労するぞ。ここに連れてくるまで説得するのが大変だったんじゃ」


「まあ、本人が希望したら案内するくらいはしますよ」


「助かるな、今日はそれだけ故後は任せた」


「えっ!? もう帰るんですか!? 彼を置いて!?」


「荷物は用意させてある。契約をしてくれ。部屋は空いておるのだろう?」


「は、はあ……」


 割と強引ではあるが、そのままサミュエルが住人になってしまい、早々にミュリエルは帰ってしまった。


 あ、翻訳出来る指輪……俺にくれたのはネックレスだけど、褒美と言ってそれをくれた。


 これ、スペインに行く前に欲しかったなと思ったが、物凄く便利なものなのでありがたく頂戴する。


「さて……え〜と、殿下改めてよろしくお願いします。その全く事情の違い世界ですから苦労とすると思います。俺が不在の時は彼女、ブランカが面倒を見てくれますので」


「よろしくお願いします、ブランカです」


「…………」


「? どうしました?」


 サミュエルはブランカを見て固まった。何か言いたいが言えない。そんな感じだ。


 そして、俺をチョイチョイと指で呼んでいる。


「俺は……女と話せない……」


「は? さっき陛下と話してましたよね?」


「兄弟だけ……知らん女は無理だ……」


 おいおい、ミュリエルてめえそれ言っとけや、めちゃくちゃ問題あるだろうがよ。


 なんて、流石にその彼女の兄の前で言える訳もなく、「それは困りましたね……」と返すしかなかった。


 その旨はブランカに伝えて、サミュエルがブランカに意思疎通する際は筆談で、ということになった。


 部屋に案内して家具家電の使い方を一通り教えたが、理解が早くその仕組みについても興味を持っていた。


 外で飯でもどうだと誘ってみたが、断固とした拒否をされてしまった。


 まあ、金魚もいきなり水槽にボチャっていれたら弱るから袋に入れて慣らしていく作業が必要なのだろう。


 異世界人のサンプル2人がかなり豪快な人だったから勘違いしてたが、そりゃ全員が強気なわけないよな。こういう人もいるだろう。


 図鑑、本、服などここで生活するのに必要なものは揃えてある。

 食料もこんなこともあろうかと想定してちゃんと多めに蓄えてるのだ。


 ひとまずは温かい目で彼を見守ってやろうじゃないか。下手したら鬱になるからな、こんな地下で監禁状態じゃ。


 ああ、忘れてた彼と契約したことで『思考加速』というスキルを得た。物覚えや理解、思考速度が上がるというものだ。


 戦闘時、色々考えなければならないこともあるし、非常に万能なスキルだと思う。文章を読んだ時に頭の中でしっかり考える時間が減るし、勉強にも役立つだろう。


 ***


 春休みも後3日、明後日には入学式で1年生が入ってくる。俺は3年生なので、入学式には参加せず次の日の始業式からの登校だ。


 3日間、サミュエルの様子を見ながらダンジョンで相変わらず訓練をしていた。


 どうやら、マンション内にいると現実の時間と進むスピードが同じになるらしい。そうじゃないとテレビの時間も合わないしな。

 普段訓練しているただの洞窟部分は電波も入らないし、時間もゆっくり進むがマンション内は時間が正常に進み、電波も入るという謎仕様。


 でも、そうじゃないと外にいる時ブランカと連絡取れないから仕方ないよな。


 ただ、それはあくまでマンション部分にいる場合の時間であって、ダンジョンコアとの接続のタイムリミットは現実時間とリンクしないらしい。

 ブランカの姿はあくまで意思をコピーして肉体に乗せただけのもので、厳密にはブランカの体感時間と、ダンジョンコアの時間は別物。


 極端な話、ブランカが1週間マンションにいても、ダンジョンコアの時間はそのまま1週間分流れたことにはならない。

 そう考えると、使い方によっては時間感覚をブランカ自らマンションの往復で、ある程度操れるのだから、受肉という選択は大正解なんじゃないだろうか。


「殿下、おはようございます」


「サム……サムで良い」


「王族の方をそんなに親しい感じで呼んで良いんですかね」


「このニホンでは……王族である必要ない……ただのサムだ」


「分かりました……サムさん、調子はどうです、少しは慣れましたか?」


「少しは……シオンに頼みが……ある」


「なんですか? 出来る限りのことならお手伝いしましょう」


「……その…………アキバに連れて行って欲しい……」


 ……何があったんだよこの3日間で!?


 軽く外で飯食うのすら嫌がってカップラーメン美味しがってた引きこもり王兄が急に秋葉原に行きたがるって何事なんだ!?


 モジモジ恥ずかしそうに言ってはいるが、その目には行きたいと書いてある。


「何しに行くんですか?」


「……パソコン、買えるってテレビで言ってたから……」


 ああ、確かにパソコンは必要かも知れないな。彼なら理解して使いこなせるだろうし。


 ……だが、秋葉原はちょっと刺激が強すぎないか?


 水槽どころか、ジェットバスくらい勢いあるだろ。


「殿下……いや、サムさん、アキバ……正式には秋葉原って言うんですけどそれなりに人も多いし、あなたの見た目は目立ちますよ?」


「……知ってる、俺……イケメンだから……でも渋谷のスクランブル交差点じゃなかったら……耐えられるはず……パソコン……欲しいのだ……」


 欲しいのだって……可愛いけどよ。てか、俺イケメンだからとか、スクランブル交差点とか日本を学習するスピードおかしくないか?


「サムさん、イケメンって……」


「俺に似てる絵の男……ニュースでイケメンって言われて……女子が騒いでるの見た……だから俺も騒がれるのは分かる……」


 すんげえ自意識過剰つーか、この人本当は自信家なんじゃねーの? って疑いたくなる発言が飛び出したが。


 いや、確かにあんたイケメンだよ。なんかのアニメのキャラ見て覚えたんだろうな。自分もそのカテゴライズに入ってるって、怯えてるんだろう。


 どんな怯え方だよ。


「だが……この世界の女子……俺と会っても種付けしてもらおうとはしない……だから安心出来る……違うか……?」


「ぶっほぉおおあッ!?」


 更なる罰弾発言の投下により、俺は吹き出した。


 だが、冷静に考えてみると彼は祖国でイケメンの立場ある高貴なお方。それを利用して女が群がるというのはあり得る話だ。


 彼の言い振りからすると、マジで油断したら腰の上で女が馬乗りになって無理やり子を孕もうとするなんてこともあるんだろう。


 だからか、だからこの人女と話せなくなってんじゃねえのか? そこトラウマっぽいから刺激したくないしあえて質問はしないが、現実味がある。


 だって、大真面目な顔でこの国はそんなことないんだろ? と聞いてんだから、マジなんだろう。


「それはあり得ないです、流石に。せいぜい顔見られてキャーキャー言われるくらいなもんですよ」


「……じゃ、じゃあ……行ける……アキバ連れて行ってくれシオン……」


「分かりました……あなたの勇気にお応えしましょう。準備するのでちょっと待っててくださいね」


 守ってやらねば。初めての日本、初めてのお出かけを成功させて日本は良いところ、楽しく生活出来るところという印象を与えて無事にパソコンをゲットするのだ。

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