第16話 帰国と検証
怪我はすぐによくなり、3日で退院許可が降りた。で、問題は支払いなんだが保険には入っていた。日本の医療制度基準で考えてたら、海外の病院でかかる金はヤバいらしい。
明細を見て、円に換算して心臓が跳ねた。嫌な汗もドッと吹き出した。
だが、保険によって後からちゃんと返ってくるらしくて安心した。入っておくべきだな、保険。
ブランカはニュースで俺が事故に巻き込まれたことを知ったらしい。それで連絡が取れないもんだから、文面や録音メッセージからは相当な心配をしていたことが分かった。
槙島や、同じ班の女子にも心配されていた。しっかりとお礼を言っておいた。
俺は豪運があるから、なんとなく大丈夫な気がしてたんだが楽観視して良い理由にはならないと叱られた。実際それで死にかけて、こうやって入院してたわけだから、反論のしようがない。
お土産を沢山買うという約束でなんとか許してもらった。強くなったという土産話は帰ってからしよう。最悪、その話で注意を逸らせるんじゃないかと思う。
そして、病院食だがまあキツかった。怪我よりも飢えて死ぬと思ったくらいだ。
退院した瞬間、地元のファストフード店に入りハイカロリーなものを食べまくった。国によって味付けが違うのかなと思ったが、大した差はなくてガッカリだ。
だが、大使館の檜山のおっさんが言うには観光客向けのボッタクリみたいなショボい店ばっかりで、美味しい店を知らないならファストフード店に行った方がまだマシだと後から教えてもらった。
地元の美味しい店を紹介しておいてもらえば良かった。
学校の皆は既に先んじて帰国、氷室さんも帰国。俺は檜山のおっさんが寄越した部下? なのかな、阿澄さんっていう女の人が付き添ってくれている。
エリートなんだろうなと分かる知的な顔をして、髪を後ろでピタッとまとめている人だ。
「阿澄さん、取り敢えず飢え死ぬ危険はなくなったのでちょろっとお土産買っても良いですか?」
「良いけど、病み上がりでそんなに食べて大丈夫なの?」
「元々食う量多くて、病院食の量は足りなかったのでフラフラしてました」
「気持ち悪くなったりしないと良いんだけど……医療関係者じゃないから、私じゃ面倒見れないよ。2時間後には空港に向かわないとダメだからね?」
腕時計でチラッと時間を確認して、スケジュールを調整してくれる。
「あの〜、ちょっと自意識過剰と思われるかもなんですけど、日本に到着したら報道陣に囲まれるってことあり得ます?」
「少年法で未成年者による犯罪は実名報道されないけど、曲直瀬君の場合、被害者だからね狙われると思うよ。ご両親の名前もあるから」
「それ何とかなりません?」
「楽器ケースに入れて運びましょうか?」
「えっ!?」
「冗談じゃない、そんな驚かなくても……」
冗談言うのか、この人。マジな顔で言うから一瞬信じたじゃないか。
「いやそれで解決するなら楽器ケースだろうが、棺桶だろうが入りますよ、マジでうんざりなんですよあの手の連中には」
「一応ね、飛行機が日本に到着のタイミングで外務省の偉い人が会見開く予定ではあるから大丈夫だとは思うんだけど、何人かは空港で張り込んでると思うね〜」
「空港の裏口から出るみたいなこと出来ないんですか?」
「普通は外国の要人とかが使うルートはあるんだけど……それ使ったって報道されるかもよ?」
「ああああああ! 面倒くせえええええ!」
「だから、普通に無視してほとぼり冷めるまで我慢が結果的には一番効果あると思うんだけどね」
透明化するリング、ダンジョンへの転移、どっちかの技で報道陣に感知されずに帰宅は出来るが、自宅近くで張り込みされてた場合、怪しまれる。
それが嫌だったから何とかならないかと聞いてみたが、ならないらしい。
この人に文句言っても仕方ないってことくらいは分かる。なんなら、こんなガキのお守りを押し付けられてるのに嫌な顔せず付き合ってくれているんだから感謝しかない。
「分かりました……なるべく無視して帰宅します」
「車は用意してもらえるみたいだからね」
「はい、ありがとうございます」
俺はスペインの生ハム、ハモンセラーノを爆食いしてお土産に大量購入して飛行機に乗り、帰国した。
***
「ふぅ〜やっぱり我が家は落ち着くな」
報道陣、警戒していたがやはりいた。自宅まで追跡しやがって。徹底した無視で家に転がり込むように逃げた。
俺に話す意思がないと思ったのか、自宅を勝手にカメラで撮って解散したのをカーテンの隙間から覗いて確認してある。
何でこれ犯罪にならねえんだよ。
さて、ブランカに挨拶するか……。
後1日気を失ってたら管理人の権限が剥奪される結構なギリギリの滑り込み。ダンジョン内では時間が歪んでいるから、まだ1週間は経っていない。
その辺りは流石にブランカに事前に確認してある。これがあるから事故なんかは恐ろしいんだよな。
だが、なんやかんや言いつつも間に合ってしまうあたり、俺は運が良い。
「よお、ただいま」
「マスター! おかえり……なさい?」
「ん? なんだその反応」
「いえ、随分変わられたので困惑しています」
「ああ、それは直接話した方がいいと思ってな。記録に残るのもまずいだろう」
俺はダンジョンでモンスターを倒すと強くなる感覚があったこと、モンスターによって差があったことなど、色々と説明した。
「まず、前提としてダンジョンでモンスターを倒しても強くなるということは殆どありません。
ごく稀にボーナスモンスターとでも言いましょうか、そういう個体が発生して強化される事例はあるみたいですがね」
「ああ、それは俺もネットで調べたから知ってるよ」
「マスターの場合、例外な点がダンジョンマスターであること、そして『成長の種』というスキルがあるということです。
ここからは私の仮説ですが、『成長の種』によって生まれ持っていたマナを受け入れる下地、器ですね、それが出来て、『管理人』によってモンスターが倒した際に空中に分解されて消えてしまうマナの吸収が出来ているのではないかと思います」
通常、モンスターを倒して消滅する際にモンスターを形成していたマナが100%ではないにしろ、ダンジョンに吸い込まれていくらしい。
その場に俺がいることで、そのダンジョンマスターの力に何らかの理由でマナが反応して俺に取り込まれる。
単純にダンジョンマスターなだけなら、器の量は生まれた時から変わらないので吸収はされない。
『成長の種』と『管理人』が組み合わさったことによる偶然の産物である可能性が高いとのこと。
「ですが、無限に強くなるというのはあり得ないですね」
「そうなのか?」
なんだ、ガッカリだな。成長の種って結局は身体能力の向上みたいなスキルだから、やり過ぎたら人間じゃないだろってレベルまでムキムキになるような気もするし。
それなら見た目の変化がないダンジョンのモンスターを殺すことによる成長の方が手っ取り早いし良いんだが。
「ええ、『成長の種』でマスターの身体にマナが吸収される、これ生身の身体だと普通は死にます。正確には受け入れることに耐えられる力が『成長の種』によって得られたのかと。
最初はそうかと思ったんですが、今改めてマスターの状態をチェックしました。容量自体は変わってないようですね」
「じゃあ、ちょっとだけ強くなったけどマナによる強化はもう無理ってことか?」
「マスターが、というよりダンジョン自体の成長には何が必要か覚えてますか?」
「ああ、他のダンジョン産のマナリソースだろ?」
「そうですね。マスターはダンジョンコアに干渉出来ます。それで……言ってしまえば他のダンジョンもマスターのものに出来るんですよね。
ただ、その場合はこちらのダンジョンは成長しません。レベル1のダンジョンがレベル2になるのではなく、レベル1のダンジョンを2つ所持しているだけです」
「話が見えてこないな?」
やけに回りくどい言い方をしてくる。
「今回、得た情報を元に考えると、マスターがダンジョンを破壊した場合、マスターのマナの容量そのものが増えます」
「??? 何故、そうなる?」
「ダンジョンとは、私自身理解していないこともありますが、マナリソースを奪い合っている生き物のようなものです。共食いをするタイプの」
「じゃないと、他のダンジョンのマナリソースを奪わないと成長出来ないなんて仕様になってるのはおかしいってことになるからな。それは同意する」
「それで、他のダンジョンを喰らい成長出来るはずですが、その舵取りをする存在が欠如している不完全な生態なのです、本来はマスターのような管理人とセットであるべきものかと思えるほどに……これはあくまで比喩ですがね」
それがダンジョンのランク、難易度のバラつきに繋がってくるわけだ。無秩序な管理人のいない状態が何故かデフォルト。
「ほう、なるほど?」
「ですが、マスターがモンスターから出たマナを吸収出来るのであれば、他のダンジョンコアを破壊した時に出るダンジョンコアそのものの力を吸収して管理人としての『格』が上がるんです。
パソコンで言うところのメモリーですよね。ダンジョンコアにはマナを保存する力がありますから。破壊した際にマスターにメモリーが追加される、つまりレベルの上限が上がる……はずです。まあ確証はありませんよ?」
「え〜っと、じゃあ『管理人』によって、ダンジョンマスターの俺にレベルを上げるための経験値? が入ってくる。
で、『成長の種』によって経験値を入れる為の身体が出来ている。
ダンジョンコアの破壊によってダンジョンマスターとしての格が上がり、レベルの上限が解放される。
──つまり、この3つはセットで理論上は俺は強くなり続けられるってことだよな?」
これは凄い発見じゃないかとニヤニヤが止まらない。そこにブランカは水を差すようなことを言う。
「マスター、お忘れかも知れませんがダンジョンコアは普通そのダンジョンを守る役目のボスモンスターを倒さないと到達出来ません。
強くなる為に自分より強いボスモンスターを殺す、それには強くなる必要がある。しかしボスモンスターを倒す必要がある。というループに陥りますよ」
た、確かに……その通り過ぎる。
ある程度の成長は出来る。だが、どこかで壁にぶち当たるのは間違いない。そうなった時の解決法が、ボスを倒してダンジョンの破壊によるレベルアップでは解決になってない。
レベルの上限まで成長して、それでも倒せない敵が恐らく『壁』なのだから、堂々巡りだ。
自分より喧嘩強い奴に勝ったら強くなれるよって言われても、いや勝てねえからそいつは『強い』ってことになるんだろうが! って話だよな。
今のままじゃ強くなれないのに、自分より強い奴と戦うって意味ないしな。
「──ですが、マスター。住人のスキルを得ることが出来ることも忘れてませんか?」
「そうだった……壁にぶち当たっても俺には異世界人のスキルの恩恵があるんだった……!
ハンターと管理人両立させることが出来れば俺は強くなれるッ……!」
俺は初めて買ってもらったゲームを開封して、電源を入れる瞬間のようなワクワク感を覚えた。
ちょっと待て……ダンジョンを破壊して強くなれるってゼノフィアス社のダンジョンも例外じゃないな?
うちの親の装備品勝手に自分らのもんにしたあのクソ会社に復讐しながらも俺強くなれるじゃないかよ。
ハハハ、連中高値で買ったダンジョンが次々消滅したらさぞ慌てるだろうな。それを想像するだけでも愉快だ。
「マスター? 凄い悪い顔になってますよ、何考えてるんですか?」
「ブランカ、決めたぜ。俺はゼノフィアス社のダンジョンを破壊しまくって強くなる。まずは一番ランクの低いダンジョンからジワジワと滅ぼしてやる」
思わぬ形で突破口は見えた。後はやることをやるだけだ。
だが、やるならこっそりとだ。俺がダンジョンを破壊しているダンジョンマスターと絶対に知られてはいけない。
……スペインでゲットした姿が見えなくなる指輪、もしかしたら『豪運』は俺にこれを与える為にダンジョンに巻き込んだのかも知れないな。
成長の種や管理人よりも、やはり、この豪運が何気に一番恐ろしいスキルな気もする。
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これにて、一章は終わりです。曲直瀬紫苑の野望を実現する為の前提条件が揃いました。
ここから、彼は加速します。
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