第15話 修学旅行3日目──安全地帯
「お命頂戴致す!」
俺はダチョウ型のモンスター、これ以降はダチョウと脳内で呼ぶことにするが、そいつに突撃した。
後からモンスターが増えないという保証もなく、疲弊した氷室さんを出来るだけ早くに休ませる必要があったので、のんびりと様子見する余裕がなかった。
「グェッ!」
すぐにダチョウは俺に気がつく。リュックを左腕に装備して、右手でダガーを持ち、攻守の切り替えが出来る体制だ。
「あぶねっ!?」
鋭い鉤爪を前に出して俺を切り裂こうとしてくる。それを転がりながら回避したが、動きは早い。
それに飛べはしないが、跳躍は出来るようでジャンプして俺に向かって舞い降りてきた。
今度はクチバシによる攻撃。
ズガンッ! っと音がすると、クチバシの刺さった地面は砕けていた。
「マジかこいつ!」
攻撃力はゴブリンなんかより遥かに上。一撃でも喰らったらシャレにならない怪我をするのは一目瞭然だった。
「オラァッ!」
俺は回避しながら、足を切り裂く。まずは機動力を奪ってジワジワとなぶり殺しにしてくれるわ!
「何ッ!? 全然効いてねえじゃねえかよ!?」
だが、逆にダチョウを怒らせただけのようで、ちゃんと攻撃は通っていなかった。
防御力が高いッ!
さっきまでトマト程度の硬さしかなかったゴブリンに比べてダチョウには油粘土くらいの抵抗感があった。
ダチョウって確かめちゃくちゃ目が良いんだよな。
ギョロリとした赤ん坊の拳くらいある巨大な目が俺に照準を合わせているのが分かる。
「ウォッ!? ヤバいヤバいっ……!」
それからはダチョウの猛攻が始まった。
鉤爪、クチバシによる攻撃をギリギリでなんとかかわしてはいるが、長くは続かないだろう。
体力は間違いなく俺よりある。消耗戦は不利だ。
既にリュックもボロボロ。中のお菓子も粉くらいになっているだろう。出しておけば良かった。
だが、このリュックが無ければ今頃血まみれのはず。
無事に帰還したらこのエピソードを話してリュックの会社には宣伝してくれた少年とその勇気を讃えて無料で新品のリュックをプレゼント、なんて小粋な真似を絶対にさせてやりたい。
「ハァハァ……追い詰められたか……」
いつしか壁に追いやられて、俺は地べたに尻をついている。
「とでも言うと思ったか! 所詮はアホの鳥風情がッ! 目が良いんなら……こいつを食いやがれ!」
ダチョウが砕きまくった地面の破片、砂を俺は握りしめていた。それをダチョウの顔めがけて思いっきり投げる。
「ッ!」
ダチョウは第3のまぶた、とも呼ばれる瞬膜を水平方向に動かして砂粒をシャットアウトした。
「それだよ! それ!」
俺はダチョウに飛びかかり、ダガーを目に差し込んで太い首に腕を回してガッチリと掴みかかり、背に乗った。
大暴れするダチョウに振り落とされそうになりながらも、ダガーで滅多刺しにする。
1分以上は刺し続けたと思う。いきなり叫んでいたダチョウがグッタリと倒れて消滅した。
「どうだ、参ったか……あ〜死ぬかと思った……お、何か落としたな」
ドロップアイテムがあった。それは黒い石の入った指輪だった。それがダチョウの目っぽくて、ちょっと気持ち悪いなとは思ったが、これは俺が苦労して得たアイテムだ。
もちろん拾う。
「なんか効果とかあんのかな……別に変化はないな?」
指にはめてみるが、特に身体に力が溢れるとかそんな変化はない。それはダチョウを殺した瞬間にあったし、力もかなり上がった感覚があった。
「ハズレか? まあ、良いや。後から調べたら分かるかも知れんしな」
取り敢えず、指輪をはめたまま氷室さんのところに向かう。
「お待たせ〜ちょっと苦戦したけど安全地帯行けるぞ〜……」
「……曲直瀬君、大丈夫かな……」
「あれ? えーと、氷室さん……無視? 置いていったの怒ってる感じ?」
「……」
え、無視されてんのか俺? 彼女の前で手を振ってみるが反応がない。だが、意図的に無視してる感じではなかったので、念の為、肩を叩いてみる。
「ッ!? 何ッ!?」
……これ、もしかしなくとも俺のこと見えてないのか?
そう思い指輪を外す。
「キャッ……ま、曲直瀬君ッ!? いきなり現れて驚かさないでよ!?」
大声で叫びたいが、ここがダンジョンであること、そもそも叫ぶ力もあまり残ってないことから彼女は叫ばなかった。
「やっぱりか、モンスターのドロップアイテムのこの指輪つけてたら、俺のこと見えないみたいだ」
「それ、かなりレアなアイテムなんじゃない?」
「だろうな、聞いたことないし。へへ、ラッキー……ってそれより、安全地帯に行こう。何の為にあのダチョウと戦ったのか忘れかけてた」
***
再び、氷室さんに肩を貸しながら、なんとか安全地帯に入り込む。
「ふう、これで一息つけるな……大丈夫か?」
「あんまり大丈夫じゃない……」
水は彼女の体調が悪くなる前にペットボトルに入れて用意していたので少しある。
お互いに喉を潤して、すっかり粉々になったお菓子の量を確認し、後どれくらい持つかの計算をする。
氷室さんの首に濡らしたタオルを巻きつけて、体温の低下を狙う。これくらいはスキルがなくとも知識として応用が可能だ。
もう少しタオルがあれば、太ももや脇の下なんかの血管を冷やせるんだがタオルは一枚しかない。
「ちょっと寝ておいた方が良いな、俺が一応見張りするから休んでてくれ」
「お言葉に甘えさせてもらうよ……」
「ああ、別に寝てる間に何もしねえからさ」
「さっきの件、自分から掘り返すの? 別に怒ってないって女子同士でたまにふざけて触られることあるし」
「性別違うだろ、その……マジですまんかったと思って一応な……謝っておく……そして絶対に誰にも言わないでください! 学校生活終わります」
「この状況で学校生活の心配するなんて、曲直瀬君ある意味大物だよね」
「あ? ああ、そりゃそうか。まずは太陽を拝めるかどうかって話だもんな。それよりもマジでそろそろ休んだ方がいいぞ、寝れる時に寝ないとな」
「うん……おやすみ」
「おやすみ」
糸が切れたかのように彼女はスウスウと寝息を立て、長いまつ毛に見惚れかけた頃、正気を取り戻した俺は脇腹に走る痛みに気がついた。
「おお……なんか変色してるじゃねえか……これ内臓逝ってね?」
恐る恐る服の下を確認すると、腹の一部が青黒くなっていた。アドレナリンの噴出で痛みに気がついていなかっただけで、ダチョウにしっかり攻撃されていた。
「だからあれほどブランカに回避回避って言われてたんだよなあ……あ〜こりゃ、帰ったら説教されるわ」
俺は割と気が短くてカッとなりやすい。攻撃的になって視野が狭くなる。
それがダンジョンのような注意が必要な場所では命取りになる。そう口酸っぱく耳が痛くなるほどに言われていたので、攻撃はしっかり避けていたつもりだった。
だが、結果はこれだ。攻撃する力があっても、ダンジョンにはそれを回復する手段がない。そういうスキルかアイテムが無ければ不可能。
そして、回復には金がかかる。
一流のギルドはヒーラーと呼ばれる回復が出来るスキルを持った人員を確保して超高待遇で雇っているのも頷ける。
鍛えて一瞬で殺せる力がついても、怪我は鍛えても治らない。この非対称性を俺はまだまだ甘く見ていたと言うことだろう。
「あ〜痛くなってきた……」
水の入ったペットボトルを当てて冷やしてみるが、氷でもないし効果はない。
でも、ハンターってこんな感じで死ぬんだろうなあ。
何となく、理解した。こんな薄暗い空間で詰んだ状態でどうにも出来ずに死の予感だけは大きくなっていって、寂しさと不安で押し潰されそうになって最後は意識を失う。
父さんと母さんはどうやって死んだんだろう。こんな感じだったんだろうか。
事故、としか聞いておらず詳細が分からない。死体を他のハンターが発見したらしいのだが、その瞬間は見た者がいないのだから仕方もない。
ハンターとは人知れずに孤独にダンジョンで死ぬもの。
華々しく散れるのは運が良い方だとも聞く。
「眠くなってきやがった……クソ……」
そんなことを考えているうちに意識が遠のいていくのを感じる。身体も重いし、まぶたも上がらない。
え〜、俺の人生こんなんで終わんの? 納得いかねえよなあ………………。
***
目が覚めた。どうやら死後の世界ってやつではなさそうだ。何せ体中が痛いんだから、これが死後の世界なら神様とやらに文句を言いに行きたい。
ああ、なんか声が聞こえるな……ここは病院か? 消毒液とか病院特有の匂いがするなあ。
俺に話しかけてるのか……? 白人の女の人だ、ってことはスペインの病院のどっかで俺は助かったんだな。
気絶してる間にハンターの救助が間に合ったらしい。
でも、スペイン語が分からんし、なんかチューブみたいのつけられてて喋れねえ。
あ、看護師さんどっか行っちゃった。いや誰か事情説明してくれよ。
機械が俺の脈を確認してるのかピッピっという音だけが部屋に響いて、誰もいない病室は俺を心細くさせた。
スペイン語でもいいから、近くにいてなんか話しかけてくれる方が心強いんだな。
「曲直瀬君、目が覚めてホッとしましたよ」
誰? 理事長とか担任の鷹村先生とかなら分かるけど、このおっさん誰?
ホッとされても俺は全然知らんぞお前。
「私はね、大使館の者です。檜山って言います。ああ、話したいんだね……」
大使館のおっさんは、俺が震える手で口を指差すと意図を察してくれて、挿管されたチューブを外しても大丈夫かと看護師の人にスペイン語で確認してくれたようだった。
流石大使館のおっさんだ。スペイン語ペラペラだ。
このチューブ、抜くのがめちゃくちゃしんどかった。吐き気はするし、痛いしで涙が自然と出てきた。
「口渇いてるだろう、ほら水飲んで……」
「…………状況の説明をお願いします。まずは一緒に居たはずの氷室さんから」
「意外と冷静だね……流石曲直瀬夫妻の息子さんか……ご両親は残念でしたね」
「そういうの良いから、氷室さんのこと教えてください」
「あ、ごめんね。彼女も無事で隣の部屋で今は休んでるけど今日には退院出来るよ。君は結構重症だったから手術したしもうちょっと入院だね」
「良かった……」
それを聞いてホッとする。そして檜山のおっさんは俺が眠っていた間のことを教えてくれた。
まず、サグラダ・ファミリアにダンジョンが突如現れてその場にいた観光客やスタッフが飲み込まれたこと。
それを聞いて政府がハンターを派遣して救助に向かい、安全地帯で意識を失った俺と氷室さんを発見して病院へ。
ダンジョンの時間の進み方は、ダンジョンの方がゆっくりだったことから救助が間に合ったらしい。流石豪運スキル、持ってるね、俺。
ただ、死んだやつもそれなりにいたらしい。
スリは死んだようだ。ざまあ見ろ、しょーもねえことして生きてるからそういうことになるんだよ。
悪いことしてない人に関しては残念だが、正直知らない人間なので、そこまで感じるところはない。氷室さんが無事だという事実が大きい。
そして修学旅行だが、俺と氷室さん、他にも数人巻き込まれたらしいがうちの生徒は全員無事となりつつも、もちろん中止。
即座に帰国となった。いや〜俺のせいってわけじゃないけど修学旅行中止は申し訳ないね。俺も普通に旅行したかったよ。
俺は3日も寝てたらしいし、それはもう既に過去のこととなっているようだが、日本の高校生が海外でダンジョンに巻き込まれた事故ってなもんで、割と大騒ぎになったようだ。
ニュースであの曲直瀬夫妻の息子さんも行方不明者にってしっかり報道されたらしい。ふざけんなよマジで、勝手にうちの親の名前使って儲けてえだけだろうがウジ虫どもが。俺の心配なんかしてねえくせに。
これ、帰国したらまた報道のやつらウチに来るぞ。あーもう既に億劫になる。
「あっ……ダガーと指輪……あったと思いますけどあれは……」
「指輪? そんなのあったかな……? もしかして大事なものだったりしますかね?」
「ポケットに入れてたんですけど」
「多分、着てた服がそこの袋に入れてあるから、まだポケットに入ったまんまじゃないかな」
俺は着ていた服の入った袋からズボンを取り出して指輪があることを確認した。大方、檜山のおっさんは親の形見か何かだと思ったんだろう。ちょっと慌ててたな。
「ダガーは……?」
「ああ、あれね。一応検査したけど危険なものじゃないから君の持ち物として保管されてるよ。それにしても装備なしで生き残るなんて凄いね、何か戦闘系のスキルがあるんですか?」
「いや、殆ど氷室さんに助けてもらっただけで俺は……」
「それでも彼女から話聞いたけど頑張ったんだって? 発見が数時間遅かったら死んでらしいですよ」
「まあ、運が良かった、それだけですよ。ダガーは彼女のものなのであっちに返してあげてください」
「そうそう、あれは君にあげるって言ってましたよ。お礼らしいですね」
「そうすか……じゃあありがたく貰っておきますけど……空港じゃあれ没収されるか……」
「ダンジョンで得たものは君に所有権がありますからね……と言っても登録もしていないハンターでもない高校生ですから、本当はスペインのものになるんですよねえ。
でも、スペインもダンジョン事故に巻き込んでしまった高校生が命かけて拾った武器を法の力で没収なんて公に知られたら都合悪いですからね、没収するって話は聞いてないですから大丈夫ですよ。
あっ、帰りの飛行機は政府が用意してくれたんで退院許可取れ次第、帰国です」
「至れり尽くせりですね……その、檜山さんもありがとうございます」
「これ、私の連絡先です。仕事があるんでずっとは居られないんですけど、何かあれば大使館か、私の携帯に電話してください。コミュニケーションはスマホの通訳アプリとかで大丈夫だと思いますよ、日常レベルの簡単な英語なら高校生なら出来ますよね?
スペイン訛りの英語は日本人でも聞き取りやすいから大丈夫でしょう、結構ノリで通じますよ。日本人は話すのビビっちゃうけど、文法はしっかりしてるからこちらの意思は割と通じますんでね、それじゃお大事に」
「あ、はい……」
捲し立てられて、気がついたら檜山のおっさんは病室を出て行った。
まあ、スマホもあるしなんとかなるか。充電してくれたみたいだ。
「うわ……通知やばいことになってるな」
色んな人から心配の連絡が来ていた。
そして、特に酷かったのがブランカからの鬼電、鬼メッセージ。
出来るだけ早く連絡して無事を知らせないと後が怖いな。
だが、取り敢えず生き抜けた。ダガーと指輪というトロフィーも俺のものだ。
初めての……2回目か、のダンジョンにしては中々上出来の成果じゃあねえか。
俺は指輪をベッドの上で弾いてキャッチした。
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