第14話 修学旅行3日目──変化の兆し


「そもそも、ここが何階層あって、今どの階層か分からないのが痛いな」


「看板とかないかな」


「馬鹿、そりゃある程度ハンターに開拓されてしっかりマッピングされてる公開されたダンジョンの話だ。

 ここは明らかについさっき出来たダンジョンなんだから誰も全容が分かっていない」


「馬鹿って……その通りなんだけどキツイなあ。でもマズいよね、救助するにしても未知のダンジョンなら攻略は簡単には進まないはずだし」


「後はランクだ。低いランクのダンジョンならまだ良いが、高難易度のランクだった場合俺たちの脱出は絶望的になる」


 ダンジョンには便宜的にランクが設定されている。数字ではなく、アルファベットで一番下がG。そこからF、E、D、C、B、A、S、Xの9種類。


 規模、モンスターの平均的な強さ、その他様々な要素を複合的に鑑みて、ランクが決められる。


 そして、一般的にランクの高いダンジョンほど寿命が短い。


 ある時急に消えてしまう。これについては原因不明だが、ダンジョンは生き物であり寿命あるという説の一因でもある。


 だが、ダンジョンマスターとなった俺には仮説がある。


 恐らくだが、管理人が不在のダンジョンはマナリソースの消費を計算していないんじゃないか、という説だ。


 俺のダンジョンは1日に得られるリソースを超えるコストの消費はしない。


 だが、高ランクダンジョンはコストがかかるモンスターやアイテムを無秩序に生産しており、供給が追いつかないことで消滅、となるのではないか。


 例えば、その配分をダンジョンは自ら決定出来ない。だからこそ、俺のような管理人が必要。と考えれば雑ではあるが筋は通る。


 元々持っているリソースの差、1日に得られるリソースの差、1日に消費するリソースの差があり、ダンジョンのランクが低くとも、実際のところは元々持っているリソースは高ランクダンジョンよりも多い。

 なんてこともあり得るんじゃないかと思う。


 それらが上手く噛み合って、偶発的にランクの差というものが生まれているのではないか。


 氷室さんをあまり脅したくはないが、状況を楽観視するようなことは言えない。


 ──ただ、俺には『豪運』がある。これを説明するわけにはいかないが、絶体絶命的なピンチには陥らない、万が一陥っても切り抜けられる何が用意されるのではないかと思っている。


 もしかすると、彼女と一緒にダンジョンに落ちたということ自体が豪運なのかも知れない。


「時間の進み方も問題よね」


「ああ、ここが現実よりも時間の進みが速いタイプのダンジョンなら……もうここに来て体感で1時間か、あっちでは1分。なんてこともなくはないからな。

 最悪、氷室さんは俺を食ってでも飢えを凌ぐ必要があるかも知れない」


「……えっ!?」


「冗談だよ……一応リュックにお菓子がちょっと入ってるから切り詰めれば2日は持つかと思う。水はスキルで用意出来るだろ」


「心臓に悪いから、そういう冗談……」


「悪い悪い、でも冗談でも言ってないとやってられねえよ……またモンスターがいるな、今度は俺が殺すからバックアップを頼む」


 警戒しながらダンジョンを探索し続けて、またモンスターを発見する。今のところエンカウント率はそこまで高くない。

 モンスターを出す設定が低いか、強いモンスターかアイテムなんかにリソースを割り振ってるいる設定なのか、分からないが、そのおかげで素人2人でも生存は出来ている。


 ドロップしたダガーで二匹のゴブリンを不意打ちする。


 一匹の攻撃はリュックを盾にして吹っ飛ばし、もう一匹の喉を切り裂く。


 ……? 自宅ダンジョンのゴブリンより弱い? いや、ダガーの切れ味が良いのか?


 刃越しでも結構な硬さを感じたゴブリンの皮膚だが、野菜を切る程度の感触しかなく、スパッと刃が通った。


 そして、ズルルっと何かが俺の中に入るような感覚がする。


「ッ!? なんだ!?」


「曲直瀬君ッ! まだゴブリンがッ!」


「しまッ……」


 その感覚に気を取られて、もう一匹のゴブリンから意識を逸らしてしまっていた。棍棒を振り下ろすゴブリンの頭に氷室さんが発射した氷の槍が突き刺さる。


「油断したらだめだよ!」


「悪いッ! 助かった!」


 何だったんだ……あの感覚は。ゴブリンの攻撃……いや、身体には異変はない。痛みもない。気のせいか?


 だが気になる、データを集めなくては。


 ***


 ゆっくりと、しかし着実にダンジョンを探索しながら倒せそうなモンスターは倒す。戦闘経験を積めるところで積んでおき、連携を高めるべきだというのが共通の認識だった。


 そして、先ほどの疑問は何匹かのモンスターを倒したところで確信に変わる。


 倒す度に身体が軽くなり、力がみなぎってくるのだ。これはもう間違いがない。俺はモンスターを倒すことで強くなっている。


 とは言ってもだ。ハンターとして活躍するには無理がある。だが、昨日の俺よりは強い。その程度の微々たる差ではあるが、筋トレよりは効率の良さがあった。


 逆に氷室さんは疲弊し始めている。スキルは無制限に使えるものではないし、極度の緊張、ストレスから本来ならばもっと省エネで倒せるモンスターに過剰な力を注いでしまっていた。


 それが積み重なって、疲れが得られるはずの戦果を上回ってきている。


「大丈夫か?」


「ハァハァ……ごめん、ちょっと休憩させて……」


 顔が赤いし息も荒い、彼女はまるで風邪をひいたような様子だった。


「凄い汗だな……タオルがあったはずだ。これで拭いた方がいい」


 俺はリュックに入れていたタオルを渡す。


「ごめんね……洗って返すから……私、スキル使い過ぎると熱出ちゃうんだ、氷使いのデメリットだね」


「いや、洗わなくてもいい。洗濯くらい自分で出来る。にしても、冷えるんじゃなくて熱が出るのか」


「汗臭いタオル男子にそのまま返せるわけないでしょ……」


「汗臭いとかは気にならんから大丈夫だ。その、熱はしばらくしたら下がるのか? そっちの方が心配だ」


「大丈夫じゃないよ……女子は普通、気にするんだからそういうの」


 鼻が曲がるかってくらい臭い傭兵がうちに来るから、ハッキリ言って彼女の汗など臭いにカウントされない。むしろシャンプーか柔軟剤か知らんが、フローラルな臭いが汗とともにフワッと香ってきているくらいだ。


 流石にそれを本人に言うと恥ずかしがるだろうし、俺が変態ぽいから言わないが。


「熱はちょっと時間をおけばゆっくり下がっていくけど……またスキル使うと上がっちゃう……私みたいなスキル持ってる人は冷却用の装備を揃えてダンジョンに行くみたいだね」


「ああ、あるなそういうの。強化ではなく、スキルの欠点を補う為の装備か……」


 しかし、何の準備もせずに急にダンジョンに来ているわけだ。彼女の疲弊具合からしても、しばらく移動は無理だろう。


 ダンジョンには安全地帯と呼ばれる何故かモンスターが入ってこない場所がある。俺たちは出口と共にそこを探していたのだが、見つける前に彼女がダウンしてしまったか。


 さて、どうする? 見捨てるか……いや、あり得ない。


 多少強くなったからと言って、普通に戦えば彼女の方が全然強い。俺は対人ならまだ可能だが集団戦が出来る力がない。


 数がいれば、氷室さんに大技を使ってもらわないと死ぬ。逆に彼女は小物ならば俺に殺させた方が良い。


 考えろ、思い出せ。父さんや母さんの会話の中で何か役に立つようなことを言っていなかったか、記憶を辿るんだ。


 一流のハンターなら日常の会話にだってヒントはあったはずだ。


『紫苑、テストだってモンスターと一緒で出てくるところに傾向はあるんだ。そこを掴めば攻略は難しくない』


 これだ! 俺が中学で初めて定期テストを控えて勉強していた時に父さんが言っていたこの言葉。


 モンスターの出現の傾向か。


「曲直瀬君……?」


 俺は紙とペンを用意して、これまで遭遇したモンスターの位置と数を書いていく。そして図にすることで見えてきたものがある。


「この方角はモンスターが多い……モンスターが少ないところに安全地帯はあるというのがダンジョンのルール! こっちに進めば安全地帯があるはすだ!」


 考えてみれば、落ち着いていればすぐに分かったこと。全部既に知っていた知識。


 しかし、非常事態故に失念していた。マッピングによる傾向の把握、知らないダンジョンであろうとモンスターの生態は基本的に同じという常識。


 やるべきことをやれていなかった。


「氷室さん、疲れてるところ悪いが俺の読みが正しければこっち側に安全地帯があるはずだ。まずはそこに向かって安全を確保してから休もう。最悪の場合はそこで籠城だ」


「分かっ……た……」


 返事にもあまり元気がない。無理もないな、熱があるなら病人と実質的に変わらない。今は彼女を戦力としてカウント出来ないから、俺が守らないとだめだ。


「立てるか? 肩貸すから、頑張って歩いてくれ」


「ありがと曲直瀬君……あっ……」


「なんだ? ……あ……悪い……」


「い、いや……いいけど恥ずかしいから、ちょっと位置ずらしてくれる?」


「そ、そうだよな……」


「…………」


 フラフラしていたので、しっかりと彼女のことを支えないとと思い掴んだのだが場所が悪かった。


 まず、力が抜けている人間の身体は結構重い。日頃の筋トレと謎のレベルアップにより多少馬力は以前よりはついた。


 だが、抱えて走れるほどの力はない。


 背中と腰の間くらいを持って支えようとしたのだが、丁度手にフィットする突起を鷲掴みしていた。


 要するに、胸を思いっきり揉んでしまっていた。気まずい……わざとじゃないが、それはあっちも分かっているだろうから余計に気まずい沈黙が続いた。


 しかし、思っていたよりは柔らかい感触ではなかった。下着というのは案外硬い。だからこそ、気付くのに一瞬遅れが生じていたのだ。


 俺は彼女に肩を貸しながら、無様にもしばらくの間、腰が引けた状態で、安全地帯を目指すことを余儀なくされた。


 ***


「あれだ、あれは間違いなく安全地帯だ……」


「でも、モンスターいるよね……」


「あくまで少ないだけで全く寄りつかないってことはないだろうからな……ちょっと危険だが、あいつを殺さんことには休憩も出来なさそうだ。隠れてろ、行ってくる」


 30分ほど歩いて見つけた安全地帯を守るようにタイミング悪くモンスターがいた。


 しかも、コボルトやゴブリンのような雑魚モンスターではなく、名前は知らないがダチョウみたいなデカい鳥タイプのやつで、ちょっと強そうだった。


「勝てるか……? だが、勝ったら強くなれそうだな」


 モンスターの強さによって殺した時の肉体の強化される感覚が違った。強いモンスターほど、その強化度合いも高い。


 まだまだ弱い俺だが、強いモンスターは既に美味い経験値、エサのように見えていた。

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