第12話 修学旅行2日目──スペインに到着
大体21時くらいにバルセロナの空港に到着した。空から景色を眺めていたが、実はついさっきまで明るかった。
日没の時間が日本とは全然違うのだ。それに、上空から見える木の色や山の形なんかも違う。なんというか日本は青い。スペインは緑や黄色が強いといった印象か。
一目瞭然なくらいに別の世界、国に来たのだなと分かり、一同はテンションが上がりながら無事にフライトを終えて拍手が起こったくらいだ。
飛行機を降りて、空港で入国に関する手続きを行うが空気が変わったとすぐに認識した。
まず、乾燥していてカラッとしていたし、空港内は香水の混ざった匂いがした。日本人よりも強いものを使っているせいだろう。
これが異国情緒というやつか?
たどたどしい英語、それに挨拶くらいはスペイン語を使い、空港職員に入国の目的なんかを答える。正直、通じているのかは分からないが通してもらえたので大丈夫だったんだろう。
グラシアス、アディオスと言って去ったが、後からちょっとカッコつけて浮かれてる自分がいたなと自覚して急に恥ずかしくなった。
なんというか、空気に流されて自然と出てしまったのだ。
すぐにバスに乗ってホテルまで向かう。皆疲れてグッタリしていた。まあ1日近く飛行機の中にいたらそりゃ疲れるよな。
俺たちはエコノミークラスだったが、ファーストクラスだろうが、所詮は柔らかい椅子に軟禁なのだから疲労感は然程変わらないだろうと思う。
***
「おお〜結構綺麗だな」
ホテルでは、槙島がルームメイトとなる。カードみたいな鍵で部屋に入り、早速荷物を置いてちょっとした探検をした。
槙島は窓を開けて外の眺めを見ろと俺に言ってくる。
フワッと外の匂いが入り込んできて、外の喧騒もそれなりに聞こえる。人の声が日本よりは大きく感じるか?
ブロック状の綺麗に区切られたバルセロナの街独特の眺めが一望出来る。
「見ろよ曲直瀬、変な形のコンセントだ。パラレルワールドに来たみたいだな」
確かに変な形のコンセントだ。丸っこい形でその中に丸い穴が2つ。
「槙島は浮かれてるな、そんな楽しみだったのか?」
「いや俺も実際、こんなにテンション上がるとは思ってなかった。暴走したら止めてくれ」
「了解っと……ビュッフェ食いに行く時間だから荷解きはそこそこにして、行こうか」
夜ご飯にしては少し遅いがこれからビュッフェを食べに行くので1階のロビーに集合しろと言われてる。はしゃぐ槙島を抑えて部屋を出た。
***
「う〜ん、スペイン料理結構美味いな」
俺はビュッフェを堪能していた。好みは多少あれど、日本人でもスペイン料理は楽しめると思う。
特にトルティージャ、スパニッシュオムレツと呼ばれるジャガイモの入ったオムレツが気に入った。
ケチャップをかけたら何個でも食えそうだ。
教師陣はちょっと酒も飲んでるな。大人になったらそういう楽しみもあるのは羨ましい。サングリアとかいう果実酒は美味そうだ。
「明日はどうなるんだったか?」
「明日は基本的にガウディの建築巡りだな。明後日は午前中は美術館で、夜はサッカー観戦だ。実は俺はサッカー観戦が一番楽しみなんだよ」
「槙島はサッカーが好きなのか?」
「ああ。スキルに頼らず活躍する選手見てると励まされるし、人間の限界、可能性を感じられるからな。スペインのサッカーリーグのレベルは世界最高峰だぞ?
ぶっちゃけ、ダンジョン配信は俺にはどうにも楽しめないな。計算系のスキル持ってる俺じゃどう頑張っても活躍出来ないし」
スポーツにおいて、競技中のスキルの使用は禁止されている。戦闘は身体を動かすことに向いているスキルを持っていたら、ハンターに。
身体を動かすのが好きだが、それに適したスキルがない場合はスポーツ選手に。と棲み分けは出来ている。
槙島も中学まではサッカーをやっていたらしいが、そもそもスキルのあるなしに関係なく運動そのものが苦手らしく、プレイヤーとしては諦めたと言っている。
俺も似たようなもんだな。運動得意じゃなかったし、ハンターに向いたスキルもなかったから勉強に逃げたって感じだからな。
***
「え、マジで? スキルでそんなこと出来るのか?」
「逆に俺のスキルの使い道なんかこれくらいしかないぞ」
ビュッフェを食べ終わり部屋に戻って、一息つきながらテレビをつけた。
スペイン語で何を言ってるかは分からなかったが、サッカーの試合の結果をニュースでやっているということは理解出来た。
そんな時、槙島のスキルの凄さを思い知ったのだ。
槙島は数字を特別な方法で認識する。色や匂い、温度が感じられて、槙島の言葉を借りるなら立体的に把握出来るようだ。
紙や画面ごしに絵を見ても、視覚的な情報しか入らないが、槙島の場合はその絵の中に入っている状態、と言えば良いのだろうか。とにかく、数字に対しての感覚が違うらしい。
故に、スコアや分析された数字から普通の人間よりも有利不利、傾向なんかを鋭く掴めるようで結果を予測する精度が高い。
「いや、普通に凄えだろそれ。投資とかしたらめちゃくちゃ儲けられそうなスキルじゃないか?」
「ああ、出来るだろうな。親に絶対やめろと言われてるけどサッカーの試合結果予測するクジあるだろ? あれだけで生計立てられると思ってる」
おいおい、俺と同じ不遇組かと思ったがベクトル違うだけでお前も十分凄いだろ。ダンジョンマスターになった今だから素直に賞賛出来るが、以前の俺なら心折れかけてたぞ。
「進路どうするつもりなんだ?」
「最近じゃあ、データを分析して勝利に役立てる仕事ってのもあるからな、プロチームの分析官になれたら良いなあって思ってる。まずはその為に大学に通うけどな」
「趣味と特技の両立が出来てる良いチョイスだと思うな。あ、だからクジはやるなって言われてるのか」
「そうそう、関係者がやったら規約に違反するからな。手出したら絶対のめり込んでやっちゃうから禁止されてるわけよ……曲直瀬はどうするつもりだ?」
「俺はハンター……になろうかなと思ってる。ハンターに関わる仕事かな」
「そうか、反対はしないけど心配ではあるな。戦いには向いてないスキルなんだろ?」
無理だろ、と笑われることはなかったが、やはり俺では難しいと思っているんだろうな。かなり気を遣った返事だった。良いやつだな。
「でも最近強くなれる方法っていうか、使い方? を見つけたから俺次第なところはある」
「まあスキルって役に立たないと思ったらそんな使い方が!? ってなること割とあるしな。大人になってから伸びる人もいるくらいだし、ご両親の跡を継ぎたいって思うようになった、そんなところか」
「だな。重い話で悪いんだが、死んだことがキッカケで俺のハンターに対する認識も変わった。親がどういう仕事をしていたのか知りたいって気持ちも出てきたんだよ」
「ならデータさえよこしてくれたら俺が分析してアドバイスしてやるよ。友達割引で10%お得だぞ」
「もうちょいサービスしてくれよ」
「はは、冗談だよ。5%だ」
「下がってるじゃねえか……そろそろ寝ようぜ、明日早いし」
槙島と話しこんでいて、ふとテレビを見たら24時前だった。明日は7時に集合だからそろそろ寝ないといけない。
「シャワーでいいよな? 水の硬度が違うから髪がゴワゴワするらしいぞ」
「てか、なんか喉と鼻がイガイガしねえか?」
「乾燥してるからな……そうだ、熱湯を出して放置したら湯気が部屋に流れ込んで加湿されるんじゃないか?」
「おお、流石秀才の曲直瀬だ。そのアイデア採用だ!」
湿度が低くてやたらと喉が渇くし、鼻の中が切れてる感じがする。このまま寝たら起きたら喉が死んでいる可能性がある。
ビュッフェ解散後に、飲み水を一人1リットルずつペットボトルで与えられた。日本みたいに水道水をそのまま飲むわけにもいかない。一応飲めるらしいが、腹を壊す可能性があるからやめとけと言われた。
乾燥した地域では常に飲み物を持ち歩くのが普通なようで、ホテルの冷蔵庫にも水が入っていたがお金がかかるから、勝手に取るなと言われ配布されたのだ。
シャワーを浴びた後は湯気で部屋を満たして……満たし過ぎたな、霧かがってしまった。
だが、これで乾燥対策はバッチリだろう。
修学旅行、実質1日目は名残惜しさもあるが、疲れからか槙島はすぐに眠ってしまった。
「……筋トレ、忘れてたな。今のうちにやっておくか」
眠ってしまった槙島の邪魔にならないようにベッドから出て基礎的な筋トレをしておく。
やはり、同じ回数をやっても負担が違う。これは成長しているのか?
スキルの効果なのか、普通に筋トレを続けていたらこんなものなのか、イマイチ判断は難しいが効果は出ている。
飛行機で身体が鈍っていたこともあり、いつもより多めに数をこなした。
汗を流したのでもう一度シャワーを浴びる。
「シャワー浴びる前に筋トレすべきだったな」
単なる二度手間だ。しかもそれで槙島が一瞬起きてしまった。日課の筋トレをするのを忘れていたので、やって汗をかいたと正直に伝えたら、「そんな脳筋キャラだったか?」と笑われてしまったが、ハンターになるならトレーニングは必要だもんな、と許してくれた槙島は再び眠ってしまった。
ブランカ、どうしてるかな? 時間の進みが違うからあいつの方が俺と会ってない時間は短いはずだが、一人暮らしがダンジョンコアに出来るのだろうかと若干の懸念もある。
後は来訪者だ。よっぽど緊急の問題が起きない限りは戻れない。戻ったら俺はスペインで行方不明になったと大騒ぎになってしまう。
何事もなく、この旅行が終わることを祈ろう。
俺はベッドでぐっすりと眠り、気がつけば一瞬で朝になっていた。
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