第11話 修学旅行1日目──出発


 まだ太陽も登っていない薄暗い朝と夜の間の時間帯に起きて家を出る。


 いよいよ、修学旅行だ。空港にて現地集合なので、始発の電車とバスを利用して空港まで向かう必要がある……のだが、電車に乗っている途中で気がつく。


 パスポートを忘れた。絶対に忘れないようにリビングの机の上において、出発前に首から下げて行こうと思っていたのだが、日課のランニングをしていたら忘れてしまったのだ。


『成長の種』の効果を早く実感したくて、そっちの方に気を取られた。


 普通に往復していたらもう確実に間に合わない。


 そこで、裏技のダンジョンに転移をして一度帰宅。パスポートをケースに入れてしっかりと首に下げて、再び家を出る。


 ブランカには呆れられたが、いかんな、強くなれる嬉しさですっかり浮き足立ってる。


 実際、起きた瞬間から身体の調子が違っていた感覚があったのだ。旅行だからと浮かれているのか、俺の勘違いかは分からないが、ランニング中もいつもより身体が軽かった。


 電車に乗り直して、その後はタクシーを利用して空港に向かった。


 ***


「おお、曲直瀬遅かったな寝坊か?」


「パスポート忘れて取りに戻ったらこんな時間だ」


 空港に到着し、旅のしおりに記載されている集合場所になんとか時間内に間に合うと、同じ班の槙島 透が声をかけて来た。


 ヒョロ長くて、比較的大人しい常識人なので、特に仲が良いってわけでもないが、そこそこ喋れる数少ないクラスメイトだ。名簿も一つ違いなので話す機会がある。

 槙島も八島や世良に絡まれたことがあるので、停学でホッとしている一人だろう。


「はは……ありがちだな、そろそろ点呼だってよ」


「ちょっと飯買いたかったんだがな」


「点呼終わってその後搭乗手続きがあるけど、多分その間ならちょっと時間あるかな。並んで待つ時間があるから」


「だったらその間、ちょっと荷物見てもらっていいか? なんか、奢るから」


「ああ、それくらいなら全然良いんだが……俺の隣に座るんだから飛行機の中で吐くのは勘弁してくれよ?」


 それは槙島の指摘通りの懸念だ。馬鹿みたいに食べて吐かれたら最悪だからな。だが、朝食をまだ取ってないからとにかく腹が減ってる。


 何か食べないと逆に空腹で酔いそうなのだから仕方ない。


 点呼を終えて空港内のコンビニにダッシュした。猶予は30分弱。


「ガッツリ食べたいな……この『デカ盛りミートソースパスタ』とチキンとおにぎりにしておくか」


 温めてもらい、イートインスペースですぐに食べ切る。ちょっとした、おにぎりなんかじゃ空腹感を満たせない。

 これが成長の種の代償か? ランニング後に飯食っても腹が減るペースがいつもよりも早いな。


 既に強くなっていると言うよりは強くなる前に栄養を与えておく必要があるってことだろうか。


 栄養バランスなんかも考えないとダメかもしれないし、それはブランカと相談して様子を見る必要があるな。


 飛行機内で食べる用のお菓子なども追加で購入しておき、またダッシュで戻る。


 ***


「コンビニ行くだけでやけに時間かかってたな?」


「イートインでちょっと食ってた」


「じゃあ、その手に下げてるのは何だ?」


 搭乗手続きで列に並ぶ槙島に、結構なボリュームのあるレジ袋を指差された。


「これ、飛行機で食べるやつ。一応班の皆の分も買った」


「にしては多いな。そんな大食いだったか? いつも昼休みはパン1、2個とかだった気がするが……てか、それリュックに入れられないと没収されるぞ。手荷物にも制限あるからな?」


「マジか……詰めるの手伝ってくれ!」


「無理だ、入りきらないぞ……仕方ない俺のところに少し分けて入れろ」


「すまねえ……」


「いや、曲直瀬もこういう時あるんだな……最近元気なかったからちょっと安心した」


 自分のリュックに丁寧に効率を求めた入れ方で俺が買ったものを詰めながら、槙島はポツリと言った。


 学校でも俺のこと心配してくれる奴いたんだな。八島と世良のせいでピリピリしてたけど。これが普通の反応か……ありがたいな。


 ***


 何もトラブルめいたものは起こらず、無事に飛行機に乗り込んだ。俺は通路側、槙島は窓側。


 隣には同じ班の女子3人がいる。挨拶程度しか話したことがないが、色々と迷惑をかけているしこの旅行中に少しでも良い関係を築きたい。


 険悪な雰囲気で旅行はお互いに楽しくないからな。


「雨野さん、小泉さん、氷室さん、これ休んでたせいで今日まで迷惑かけたと思うからお詫びのお菓子なんだけど……」


「えっ! いやいや、全然気にしなくて良いのに……」


「そうだよ、お家のこと大変だったんだから仕方ないって」


「でも受け取った方が曲直瀬君も気が楽になるんじゃない、せっかくだからもらおうよ」


 渡す時に少し緊張した。面倒がられるかとも思ったが遠慮しながらも受け取ってもらえて、すぐに食べてくれた。


 これで少し安心だな。険悪な雰囲気で自由行動ってことにはならなさそうだ。ちょっと考え過ぎていたのかも知れない。


 正直、槙島以外のメンバーをよく知らない。俺の左隣にいる氷室さんがハンターになれる素質を持っていてそういう進路希望だと聞いたことがあるくらい。


 実際強いし、美人だと評判なので学校では有名人な方ではあるが、本人があまり派手好きではないのか、比較的大人しい生徒と連んでいる印象を受ける。


 だから、何が好きとか、どういう性格かとかはよく知らない。まあ、俺が役に立つスキル持ってないからって馬鹿にするほど性格が終わってるということはなく、普通に接してくれる人ではある。


 多分だが、八島は彼女のことが好きだ。もしかしたら俺と班が同じだから絡んできたのかもな。

 でも、女子と男子の組み合わせは確かくじ引きで決められたって聞いたから、俺悪くないよな?


 ちょっと他人に興味を抱かなさ過ぎたな。客観的にみたら俺ってクラスから浮いてたんだろうと、考え方が変わって違う見え方も出来るようになった。


 変に気を遣われるのはお互いに疲れるし、出来るだけ自然な会話が出来るようになってこの旅を終えたい。


 ***


 最初は機内も騒がしかった。興奮して先生に怒られてるやつもそれなりにいたが、何せ約20時間も乗るわけだからそのうちに皆落ち着き、飽きてくる。


 映画を見たり、雑談したり、そして最終的にはほぼ夜に起きて集合したこともあり皆寝る。


 しかし、到着したら夜の21時頃とのことで、7時間の時差に対しどのタイミングで寝るべきかは結構重要だろう。



 俺も映画を見ていたらいつの間にか眠ってしまっていて、機内は薄暗くオレンジ色のライトが少し点灯されている程度だった。


 もう日本は夜だろうが、時間の進み方とは逆の方向飛行機は進路を取っている。何とも不思議な感覚だ。


 って、ダンジョン程ではないか。


 そう言えばヨーロッパって何故かダンジョンが多いんだよな。難易度の高いダンジョンも日本より面積あたりに対して割合が高いし。中東圏もそうか。


 後は中国、ロシア、アメリカは単純に国土がデカいから数も多い。


 両親も時々遠征に行ってたっけ。難易度の高いダンジョンは放置してるとモンスターが増え続けるから定期的にしっかり狩らないと資源の確保すら難しくなってしまう。


 基本的には自国のダンジョンは自国のハンターで処理するし、優秀なハンターを抱え育成するのも国力の一つとして考えられている。


 そう考えると国ではなく、金のある個人や企業がダンジョンを購入、所持出来るって問題だな。


 つい最近中東の国に日本のダンジョン買われて結構物議を醸していたもんな。


 でも、外国から呼ばれるって凄いよな。俺もいつかそれくらい強くなれたら良いんだけど。


「曲直瀬君も起きたんだ」


「起きたってか、いつの間にか寝てたのに驚いた」


 そんなことを考えていると氷室さんが寝ている人の迷惑にならない声の大きさで話しかけてきた。


「なあ、この間進路調査あっただろ? 氷室さんはやっぱりハンターになりたいのか?」


「別になりたいって訳じゃないんだけどね。稼げる力があるなら親を楽させてあげたいなとは思うからさ……」


「それってご両親的には賛成してるわけ? うちはむしろ辞めとけって感じだったからさ」


「う〜ん、大手に行けるならって条件つきかな。やっぱりパーティの質の差って安全に直結するしね」


 大手のハンターを雇いダンジョン攻略をする会社はギルドなんて名前をつけているところが多いので便宜的にギルドと呼ぶが、大手は優秀な人材が多く死亡事故も少ない。


 人数と質を揃えられるというのは大きい。バディで仕事してたうちの親がおかしいだけだ。メディアではやはり人数の多さが安全に繋がるなんて話題がまた沸騰していたし、皮肉にも氷室さんのご両親の懸念材料に、うちの親がなったんだろう。


 そして、それを言った後「しまった……」とちょっと慌てている彼女に気にしなくて良いとフォローしておく。


 話振ったの俺だからな。別に悪意あってのことじゃないし、当たり前の意見だからそれは気にしてない。


「18歳になったらダンジョン入れるけど、インターンとか行くの?」


「うん、6月生まれだからもうすぐ行けるよ。行くつもり」


「まあ、氷室さんくらい優秀なら書類落ちなんてことはないだろうしなあ。羨ましいよ」


 昔は年齢制限って法として定められてなかったが、10年くらい前に18歳からってことになった。だから同じ学年でも生まれるのが早かったやつが有利となる。


 優秀でも3月生まれじゃ高校卒業までにギルドの体験、インターンに参加は出来ないからな。授業や塾で訓練は出来るけど本物のダンジョンは全然別物だろう。

 その体験を一足先に出来るという点でも生まれが早いと有利だ。


 最近じゃあ妊娠のタイミングを調整する夫婦も多いらしいし。それもどうなのかなと思うが。


「……曲直瀬君のスキルってどんなやつなの? あっ、答えたくなかったらいいよ」


「今のところ戦闘には全く役に立たないスキルだよ。知ってると思うけど」


「でも他のことには役に立つ?」


「まあ……立つっちゃあ立つかな。使い方次第かも知れないが努力次第ってところ。基本的には自分の土地でしか発動しないから外に出たら意味ないし」


「色んなスキルがあるもんね……場所が限定されるって不思議だね」


「確かに、変だよな」


 ダンジョンで活躍出来るようなスキルを持つのは統計的に人口の0.1%程度。後は勉強が得意とか、背が高いとか、個性の範疇。誤差として認識されている。


 中にはハンターとは全然関係ない分野でそのスキルを発揮して稼いでいる人もいるから、戦闘力だけが全てではないが、ハンターが一昔前で言うスポーツ選手みたいに花がある仕事とされているのも確かだ。


 彼女のスキルは大気中の氷をある程度操作することが出来る。俺もそんな分かりやすいスキルがあれば両親が反対することは無かったのかも知れない。


 そして、役に立たないと思っていた俺のスキル『管理人』だが、変過ぎる。だが、このスキル俺一人だけとは考えていない。


 誤差はあれど、中身はほぼ同じスキルというのはいくらでもある。特別な存在だと思っていると足を掬われる可能性があるし、俺と同じスキルがあるやつはかなり厄介な存在だと思われる。


 警戒してアンテナを張っておくべきだと言うのがブランカとの共通見解だ。


 その後、氷室さんと雑談をしばらくしてまた眠りについた。腹が減ってしまうのでお菓子は結構食べていたが。

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