第9話 グードバーン


 俺はグードバーンを連れて焼肉屋に入った。注文は完全に俺任せだが、かなりの量を頼んだ。

 明日飛行機に乗るってのに焼肉臭いのはちょっと迷惑だろうか。


「くぅ〜腹が空いてくる良い匂いがしてやがる!」


 肉だけじゃなくて米も頼んだ方が良いな。下手したらこの店の肉食い尽くされてしまうぞ。


 タッチパネルでどんどん注文していく。


「それで、グードさんの傭兵団は誰と戦ってるんですか?」


 念の為の確認。まさかとは思うがミュリエル陛下の国と争ってる相手なら今後の問題になりかねないからな。


「ん? 言っても分からんだろう?」


「それはそうですけどね、ある程度事情が分かったほうが手助けしやすいですから」


「なるほどな……今はドノブルスって国に雇われて隣国のズラッガってところと小競り合いしてる。今はちっせえが領地ももらっててな、戦争で武功上げまくってそのうち王様になってやるつもりだ」


「へえ、王様になりたいんですか」


「そりゃあ男なら王は誰だって夢見るだろうが! お前も無理だって笑う方か?」


 肉を焼きながら、グードバーンの野望を聞いていた。


「いえ別に笑いませんよ。ただ、傭兵が一国の主になるって発想がこの世界では一般的ではないので驚いただけです」


「俺について来てくれる奴らも故郷がないからな。皆の故郷を作りてえんだ……クァ〜ッ! こいつは良い! ビールとか言う酒気に入った! これは持って帰って飲ませてやりたい!出来るか!?」


 ビールジョッキを持ち上げて全て一気に飲み干してしまったグードバーンが興奮している。


「まあ、金くれたら買えますけど飯の方が大事なのでは?」


「それはそうなんだがな、戦場に酒は欠かせねえよ。まだガキのお前じゃ分からんか……13歳くらいだろ?」


「俺、17歳ですよ。もうそろそろ18歳ですが」


「おいおいマジで言ってんのかよ!? もっと飯食った方がいいぜ!?」


 17歳……? と俺がからかってるかのように疑いの目を向けてマジマジと顔を見て来た。


「周り見てください。グードさん並みにデカい人いないでしょ、この国では俺の身長は普通ですよ」


「でもヒゲも全然生えてねえじゃねえか」


「それは人種の違いですね、この国の人は大人でも胸毛とか生えてる人少ないくらい体毛が薄いですから」


「そんな種族がいるとはなあ、あれだ、ドワーフの逆だな! ガハハ!」


「ドワーフって言うと、背が低くて金属加工とかが得意な種族ですか?」


「なんだ、こっちにもいるのかよ」


「いえ、いませんよ。物語の中に出てくる架空の種族です」


「なんだぁそれぇッ!? こっちじゃ存在しねえのに俺たちの世界にいるドワーフは知ってるって変な話じゃねえか」


「確かに変な話ですね……肉が焼けましたよ食べてください」


「おうよ! このちっこい陶器は何の為にあるんだ?」


「肉にタレをつける為のお皿ですね。果実の汁なんかをつけるんです。まずは何も無しで、次にこうやって少しつけて食べてみてください」


 彼のお皿にレモン汁やタレ、醤油を入れてあげる。


「ところで、その棒みたいなのを使うのはこの世界じゃ普通か?」


「この国と、その近くの国では使うところもありますね。箸って言うんですけど」


「なんでそんな面倒なことする? 手かフォークでいいだろ?」


「なんで……なんでですかね……当たり前過ぎて考えたことなかったですけど」


「そんなもんか……うめっ! うめぇ!」


 グードバーンにはフォークを用意してもらっている。外国人もそれなりに来るだろうし、珍しがられることもない。


「一つ一つが薄くて食べ応えがねえが、肉の臭みは全然ないな。結構高いんじゃねえのか、この店? 払いは大丈夫か?」


「決まった値段を払えばどれだけ食べても料金は変わらないシステムなんですよ」


「ハァ!? それでどうやって商売が成り立つんだ!? 俺だって傭兵団仕切ってんだ金勘定ぐらい出来るんだぜ、あり得ねえだろうが」


 食べ放題というシステムは聞いたこともないらしい。ちなみにグードバーンには酒の飲み放題もつけてある。

 それにしても、意外と細かいところに気がつくな。もっと大雑把な性格と思ったが、傭兵団の団長は力だけじゃ無理ってことか。


「大体一人が食べる量を考えて、損にならない値段を設定してます。客全員があなたくらい食べる人なら成立しないと思いますけどね」


「なら、大食いの俺は得してるってことかッ! なるほど、食う量が少ないやつのおかけで俺は得するんだな、最高じゃねえか! 酒も飲み放題って神の国かよ!」


 こんな人が集団で来たら店潰れるからな。イレギュラーとして見逃して頂きたい。でも次からは出禁になりかねないな。3人分とかの値段払っておいた方が良いかもしれない。


「この米も一緒にどうぞ」


「この白いやつか? 麦みたいなもんか?」


「この国では主食ですよ。麦もありますけど、米の方が一般的ですね。腹持ちが良いし甘みもあって肉に合いますよ」


「確かに! この組み合わせは手が進むな! おい、シオン肉が無くなった! その魔法の道具で追加してくれ」


 嘘だろ、10人前は注文してるんだぞ。いくら1人前が少なめの量だからって早過ぎるぞ。肉を焼くのが追いつかないじゃないか。


 俺は慌てて追加で肉の注文をする。


「そういえば、魔法があるんですか?」


「は? 当たり前だろ」


「ないですよ、この世界」


「じゃ、じゃあどうやって戦争するんだよ、無けりゃ無理だろ。魔獣だって殺せねえだろ」


「まず、魔獣はいません。魔獣がどんなものか知りませんが。弓なんかが更に進化した兵器で戦いますし、それも魔法じゃないですね。全員が魔法使えるわけじゃあないんでしょ? こっちは魔法が使えない人でも戦えるんですよ」


「まるで違う世界だな、いまいちピンと来ねえよ」


「ああ、水は貴重とか言ってましたけど、魔法があるならそれこそ魔法で水を出せるのでは?」


 シャワーを浴びた時、飲み水や傷を洗う為の水を用意するのも大変だと言っていたのを思い出した。


「水を出す魔法だって魔力がいるから傭兵団全員に十分に量を確保するのは結構キツイ。それに魔法を使わなくても用意出来るなら魔力は戦いに残しておいた方が良いからな。水は高えぞ、酒の方が安いし傷の消毒も出来る。だから戦場に酒は必要なんだ」


「なるほど……」


 だったら消毒液とか、そういうのも用意した方が良さそうだな。ビールじゃ度数が低いから効率が悪いだろう。

 確かスピリタスとかって酒はかなり度数が高いし飲むのにも消毒にも使えるだろうな。


 でも薬局でアルコール買った方が良いか。


 俺じゃ酒は買えないからパスポート作っておいて正解だったな。


 ペットボトルの水を買うべきか? そのあたりは後で相談しよう。


 ***


「あ〜久しぶりに腹一杯食ったな」


「食い過ぎで死ぬかと心配しましたよ」


 飢えた傭兵エグ過ぎる。店の人も新記録ですと青ざめた顔で言っていた。ほんと申し訳ない……次からはこの人にちゃんとお金用意してもらって食べ放題じゃなくて一品ずつ頼むから許してくれ。


 米だけで5合くらい食ってなかったか? プラス肉と酒は一体どこにどうやって収まるんだよ。


「さあ、俺は食ったしあいつらの為に食料を集めるかシオン任せたぞ」


「分かってますよ……でも、次来た時はお金ちゃんと用意しておいてくださいね?」


 今回は取り敢えず俺が立て替える。金自体はあるようだが、傭兵団のところに置いて来たらしいから支払いは次回にまとめて請求する。

 いや、マジで傭兵団の飯奢るほどは金ないからな。それも定期的にとなると。


「要するにだ、この国では当たり前でもあっちで商人に高値で売りつけられるものがあれば、俺が間に入ってラクに稼げる。

 つまり金のことはさほど心配しなくていいってことだよ」


 ああ、そこまで考えてるのか。普通に商人としてのセンスがあるんだな。傭兵団の稼ぎから出すんじゃなくて、ここを利用して稼いでその金で傭兵団を食わせるって計算をしてたのか。


「そこで、何か俺たちの世界で売れそうなもんはねえか? 出来れば持ち運びしやすくて高価になるものがいい」


「何でしょうね……経済や文化のレベルは食べながらある程度聞いてましたけど」


 時代的にはミュリエル陛下と恐らく同じくらい。でも世界は別の場所っぽいなと思う。微妙に常識が違うし、同じ世界でも相当距離の離れた国だと思う。


 持ち運びしやすくて、高価なものか……何があるだろう。まあ香辛料なんかは高級品ではあるが、まとまった量が必要だろうしコスパは悪いかも知れない。


「うーん、壊れにくく、腐ったりなんかもしない方が良いだろうし……濡れたりしたらダメなものもアウトか」


「俺が見て回った方が早いかもな、取り敢えず色んな店連れてってくれ」


「分かりました……どうしました?」


 グードバーンが立ち止まり、何かを見ていることに気がついた。


「いや……なんだか揉めてんなあと思ってよ」


 こんな昼間から喧嘩をしている連中がいるようだ。結構激しいぞ、一人が囲まれてボコボコにされてる。


「ちょっと止めてくるわ。集団で戦うのは戦場なら常識だが、喧嘩ならタイマンだろうがよ! 全く卑怯な奴らはどこにでもいるもんだぜ」


 いや、喧嘩自体したらダメなんだけどな。俺が言うのもなんだが。


「おぉいっ! やめねえか! この馬鹿タレがあっ!」


「ウォッ!? なんだこのデケエ外人は!」


「お前には関係ないだろうが!」


「大丈夫ですか……警察呼びます?」


 グードバーンにビビりながらも突っかかってる如何にも輩っぽい連中に殴られていた人に声をかけた。


 あーあー、殴られて顔が腫れてら。下手したら死ぬぞ加減ってものを知らねえのかよ。


「大丈夫……痛っ……! 肩がぶつかったと言って因縁つけられてたんですよ……」


 見た感じ、20代後半くらいの真面目そうなスーツを着たサラリーマンだ。因縁つけて来た方は高校生……いや、大学生くらいのやつか。

 頭悪そうな顔で人数が多いからって気がデカくなってる勘違い連中っぽいな。


「シオン、こいつらなんて言ってる?」


「あー、肩がぶつかったのに態度が悪いからどうとか。グードさんは関係ない外国人だから引っ込んでろって言ってますね」


「こんなに豊かな国でもしょーもねえ奴が争いをふっかけてくるとは泣けてくるな。俺の進もうとしてる道の結果がこれならやってられんぜ、おい……。

 シオン、このアホ共に文句があるなら俺が相手だと伝えてやれ」


「一応言っときますけど、あなたが殴ったらこいつら死にますからね加減してください。この国では喧嘩でも捕まりますよ」


「加減ぐらい出来るっての……」


 俺は文句があるならこの人が相手になるって言ってるとそのまま伝えた。


「俺も弱いもんイジメは好きじゃねえからな……5秒だけ全員俺を好きに殴って良いぜ? 伝えてくれ。もしそれで俺を倒せたら金は払ってやるし、そんだけ強いなら俺の傭兵団に入れてやるよ」


「あ〜この人が、5秒だけ殴って倒せたら金払うって……」


 傭兵団の下りはカットした。流石に異世界に拉致されたら困る。


「はぁ? デカいからって素手で殴ってノーダメージとでも思ってんのかこのおっさん」


「舐め過ぎだろ」


「でも俺らもイライラしてたからボコっていいってんならボコらせてもらうけど……まあ、終わったらその後はお前とそいつだからな」


 完全に調子乗ってるなこいつらな。俺でも勝てないって分かりそうなもんだが。


 でも、万が一があったら俺まで殴られるのか、関係ないだろうがよ。


「あ〜グードさん、あなたがやられたら俺まで殴られるそうなのでよろしくお願いしますよ」


「分かってる分かってる、アホの言うことは言葉が違っても何となく分かるもんだなガハハッ!」


「何笑ってんだコラッ!」


 一人が太ももにローキックを入れた。格闘技とかやってんのかな、それなりに慣れた動きだった。


「ッ! 痛ってぇ〜〜ッ! こいつ鉄骨みたいに硬てぇ!?」


 ローキックした男は蹴った方の足を押さえて涙目になっている。俺も裸みたけど丸太みたいに太い足だったからな。


 魔法的な要素で強化されてるに違いない。


「全員で行けッ! こいつマジで殺すッ!」


「ハハハ、女みたいな蹴りだな」


「女みたいな蹴りだって笑ってるよ」


「ふざけんなよ……オラァッ!」


 今度は別のやつが鳩尾にパンチ。俺ならゲロ吐いてるだろう。


「だあああああっ!?」


 だが、殴った方の腕から変な音がした。折れたな。


「クソックソッ! なんで笑ってんだこいつ!?」


「痛覚ねえのかよ、脛をつま先で蹴ってもビクともしねえ、こっちはブーツだぞ!?」


 はたから見たらグードバーンはボコボコにやられてるだろう。だが本人は痒い痒いと言わんばかりに笑いながら5秒待機どころか、もう10秒以上殴る蹴るの暴行を受けまくっても呑気にしている。


「なんだぁ? もう息が上がったか? だらしねえ鍛えてないな。ちょっとお仕置きしてやるか」


 グードバーンは肩で息をして、手や足を痛そうに押さえている連中の頭を一人、片手で押さえた。


 おいおい、まさかとは思うが握りつぶしたりしねえよな?


 流石にないとは思うがそう思わせる迫力があった。


「オラッ!」


 デコピン。親指でタメを作って中指を弾いただけの非殺傷的な攻撃。いや、攻撃ですらない。普通であれば……だが。


 バチィンッ! っと、デコピンの音かよってくらいエグい音がした。うわっ……デコの皮めくれかけてんじゃん。


「は……? 嘘だろ? これだけで漏らして気絶しちまうかぁ?」


 頭を掴まれた男は失禁してガクリと力を失っていた。


「バケモンかよ……」


「まあ、一人だけってのも不公平だからな全員に食らわせてやる。これで大人しくなるだろう」


 そして残り全員にデコピンを食らわせた。気絶は一人しかいなかったが、意識が飛びかけたやつはいる。


 これ、後遺症とか大丈夫だよな? 下手したら頭蓋骨が砕けるぞ。


「シオン、さっさと買い出しの続きだ」


「あ、あの……ありがとうございました……今日ちょっと仕事ですので……連絡先だけ……後日改めてお礼をさせてください……」


「この人観光で来てるだけなんで明日には帰るんですよ、だから気にしないでください」


「そういうわけにも……」


 サラリーマンが名刺を渡してきたのだが、面倒だ。グードバーンもまず断るだろうと俺が独断で断る。


 当の本人が殴られてたサラリーマンを全然気にしてないからな。


「じゃ、これで失礼します」


「おい、にいちゃん! 気をつけて歩けよ、勝てねえなら走ってでも逃げな!」


「彼はなんと?」


「危ないと思ったら次から走って逃げろって言ってます」


「そうします、ありがとうございました」


 サラリーマンは呆気に取られながらもお辞儀をして去っていった。


「俺たちもそろそろ移動しましょう。人目につかない場所とはいえ、長居してたら面倒なことになりそうですからね」


「衛兵みたいなのが来るか?」


「来ますね、そしたらあなたがこの世界の人間じゃないってバレかねないので」


「それは困る。団の皆にメシ持って行かないといけないからな。さっさと行くぞシオン!」


「もう揉め事があっても介入しないでくださいよ」


「分かって分かってる。この世界のやつらの強さが気になっただけだからな」


 戦闘狂にも程があるだろ。ナイフとか出されてたらどうするつもりなんだよ……いや、待て。ナイフとかは流石に刺さるよな?

 刺さらないとかある? まさかな……。


 俺はディスカウントストアにグードバーンを案内した。

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