第8話 これも投資か
修学旅行が明日に迫っている。荷物の準備は既に完了しており、ブランカが食事出来るように食材もしっかりと買い揃えた。
葬式やなんやかんやと、忙しく修学旅行の最終的な調整を学校で出来なかったので、あまり情報の共有が出来てない。
自由行動の班割りも、知らない間に決まっていたしスケジュールも同じ班の人任せになってしまっている。
八島や世良は厄介な連中だが、クラスメイト全員が悪人ってわけでもない。むしろ被害者もそれなりにいるので、停学になってホッとしている人もいるだろう。
申し訳ないので、班の人には飯一食分ほど奢ろうかと考えている。
つい先日、陛下がやって来て家賃を支払ってくれた。口座には高校生が持っているような額ではないお金が入っている。
「マスター、ご両親のお金に手をつけたくないのであれば、貯金ではなく投資などをして資産を増やせば良いのでは?」
「投資か、高校生でも出来るんだっけ?」
「お祖父様に許可を取れば可能ですよ」
「でも減る可能性もあるんだよなあ、それは嫌なんだが」
「ダンジョン資源関連の投資なら私がいればまず負けることはないと思いますよ。実質、マスターが最もダンジョンの仕組みを知っているのと同じですから」
「ダンジョンコアに意識があって、ダンジョンマスターになれるなんて世間じゃ誰も知らないことだもんな」
一般的には知られていないことも、ダンジョンコアであるブランカは知っている。その情報を元に今後の市場の動きもある程度予測出来てしまうと言うのだから反則だ。
確か、インサイダー取引とかってやつになるんじゃないか? 本当は。
「万が一の時の為に、ご両親から譲り受けた資産は貯金して、マスターの家賃収入を投資してみますか?」
「そうだな……ちょっと考えておくよ。ゼノフィアス社をぶっ潰すにしても金はいるだろうしな」
ゼノフィアス社。俺の両親の装備品を買った大手のダンジョンの利権を握ったハンターの集まる会社。
俺はここから、装備品を取り返したいと考えている。
アリとゾウくらい力の差がある現状では手出し出来ないが、手出しするには相応の資金も必要なはずだ。
少しでも働かずに増やせるのであれば、増やしたいのも事実。
投資は結局のところ、元手がないと大きくは増えないと言うし、今後も収入が増えると思うと投資で更に増やす選択は悪くない。
「そうだ、スマホちゃんと使えそうか?」
「私は異世界人ではないので、スマホの操作などは教えて頂かなくとも問題ありません」
旅行中に異世界からの来訪者が発生した場合、転移で戻るのではなく、ビデオ通話などでやり取りできれば良いなと思い、スマホをブランカに渡した。
俺じゃ携帯会社と契約は出来ないが、端末の購入だけなら出来る。Wi-Fiがあるから、外に出ないブランカにはそれで十分だ。
「じゃあ、陛下が来たら用意しておいた本とか頼むな」
「はい、お任せを……マスター、丁度来訪者ですよ」
「陛下か?」
「いえ、違いますね」
「明日から修学旅行だってのにタイミングが良いのか悪いのか……」
ブランカが来訪者を感知したようで教えてくれる。旅行中よりはマシかと部屋に向かった。
「……」
「マスター?」
扉を開ける前に、立ち止まっている俺にブランカが声をかけた。なんてことはない、来訪者を損得勘定で受け入れることなどないが、もっと直接的に強くなれるキッカケが切実に欲しくて、ドアノブにかけた手に自然と念をこめてしまっていたのだ。
「なんでもない」
「行くぞ」
***
「ん? 誰かおるのか?」
「この土地の持ち主ですよ。あなたは?」
「なんと、戦場におったかと思えば、気がつけば見知らぬ場所におったのだ。わざとではないにしろ、勝手に入ったこと謝罪する。俺はグードバーン、グードバーン傭兵団の団長だ。グードと呼んでくれ」
そこにいたのは、背丈は2mはありそうなほどの筋骨隆々の金髪の男だった。
だが、礼儀正しい態度だし悪い人ではなさそうだ。
「グードさん、俺はシオンと言います。いきなりのことで驚いたでしょう」
俺はここがどう言った場所なのか、グードバーンに簡単に説明した。
「と言われても、あまりに突飛な話だ。信じられんが……事実か。ハハハッ! 生きていればそんなこともあるか!」
「話が早くて助かりますが……その、戦場に戻らなくても良いんですかね?」
「なーに、ここに来たのには理由があるはずだ。ならば慌てて帰っては意味がない! 恐らくは窮地に立たされた俺の傭兵団に差し向けられた天の助けだろう。
そこでだ、シオン。助けてくれ」
随分と割り切った性格をしている。そして初対面の俺に助けを求めるって、団長なんだからもっと体面とか気にするものだと思うが。
「ここの住人になってくれたら助けられるかも知れませんね」
「ああ、それは俺も考えていた。金ならあるが、兵糧が足りん。補給部隊がやられたらしく孤立無援だ。金など時と場所によっては何の意味もないからな」
「食べ物ならこの世界は溢れ出るので用意出来ると思いますよ」
「そうか! なら仕入れに行くとしよう! 案内してくれ。うちは大食いばっかりだから結構な量が必要だ」
胸をバンっと叩くグードバーンだが、腹がギュルルと鳴った。
「……まずは何か食べてからだな。団員には悪いが、食える飯があるなら、食っておくべきだ。力が出なけりゃ荷物を運べないしな! ハハハッ!」
明るいなあ、この人。結構味方がピンチの状況なんじゃないのか?
なるようにしかならないって達観してるのか知らないけど、聞いてる限りじゃ多少焦るだろって思うが。
とにかく大柄だ。父さんの服は七部丈みたいになって悲鳴を上げるだろうし、うちの食料も根こそぎ食われそうだ。
せっかく運び込んだんだから、減らしたくない。
「グードさん、取り敢えず水浴びしてもらっていいですかね、かなり臭いんで」
「仕方ねえだろうがよお、戦場で呑気に匂いなんて気にしてられるかよ」
「汗とかじゃなくて血とかの死臭がヤバいんですよ。俺の街に出たら間違いなく取り調べされます。お湯も使えるんでサッパリしてください」
「湯まで使えるのか! ありがてえ!」
グードバーンが風呂の使い方を教えて、使ってもらっている間に着替えを用意しておく。
「今後は色んな体格の人が来ることも考慮して服のサイズも取り揃えておかないとダメだなこりゃ」
「マスター、彼の食事は外でお願いします」
「分かってるよ。俺とブランカの食事量を基準にして買ってるからな。腹を空かしたあんなデカい傭兵の男なら全部食いかねない……焼肉の食べ放題でも連れて行くよ。予約しておくか。業務用スーパーにも行かないとな……なんか買い物してばっかりだぞ、最近」
「まあまあ、落ち着いてください。彼は契約に乗り気ですからスキルを一つ獲得出来ると考えたら悪い投資ではないはずです」
俺がやや、うんざりしたように話すとブランカがものは考えようだとアドバイスしてくれる。
丁度さっき投資の話もしていたからな。
「これも投資の一つか……増えるのは金だけじゃないもんな。強そうだから戦闘系のスキルが期待出来そうだしな。戦い方なんかも教えてもらえるかも知れない」
「私だけでなく、色んな相手と経験を積むのも成長への道ですからね」
「だな。グードさんを飯に連れて行くのは良いけど……目立つよなあ。そうだ、パスポートみたいな身分証って
管理人のスキルで生成出来るんだっけか? 国籍は……アメリカとかで大丈夫か?」
「出来ますよ。ただ、マイナーな言語のヨーロッパから来たということにしておかないと、英語ではないと流石に日本人でも分かるでしょう」
「ああそうか、俺はあの人と会話出来ても他の人から聞いたら謎の言語で会話してることになるもんな。
しかもアメリカ人って言っちゃうと、英語じゃないだろって突っ込まれる恐れがあるのか」
「ギリシャ語やチェコ語なんかは使用者が比較的少ないですね。ただ、ギリシャ人だからギリシャ語しか喋れないなんてことはなく、英語は結構使える人がいるでしょう」
「俺はギリシャ語が喋れる謎の高校生に見えてしまうわけか。ミュリエル陛下の持ってた指輪、あれ欲しいなあ。あれなら異世界語じゃなくても会話出来るから辻褄合わせやすいし」
「マナリソースを使用して複製することは出来るのですが……」
とても良いアイデアだと思うが、ブランカの歯切れが悪い。
「なんだ? だめなのか?」
「マスターはこのダンジョンで生産されたアイテムを使用出来ません。それがダンジョンマスターの欠点でもあると言えます」
「ああああっ! そうだった……!」
前に聞いていたんだった。ダンジョンリソース使って俺をどんどん強化出来るんじゃねと思ったけど、ダンジョンマスターの場合は別のダンジョン製品じゃないと無理だと言われてたんだった。
そりゃなんでも思うようにはいかないよな。ちょっとズルな感じもあるしな。
「ただ、それをグードバーンに与えて日本語を話すようにすることは可能です」
「それだぁ! 親日の外国人でいける! 説明が面倒だからアメリカの元軍人が遊びにきたって設定で外出だ!」
別に俺がつける必要はなかった。ちょっと修学旅行でスペイン語無双出来るかもと欲を出して、勝手にガッカリしていたが、言語の問題は普通に解決法があった。
でも、やっぱり指輪はちゃんと陛下から購入させてもらおう。何個か欲しいな。こっちだって本とか用意してる訳だし、異世界ビジネスやったって良いだろ。
「ふぅ〜久しぶりにサッパリしたなあ。シオンそれじゃ行くか」
「グードさん、服着ないと……」
ブランカは女に設定してるから、裸はマズイって思わないのか? 異世界人、裸への抵抗が異常にない印象になりつつあるぞ。
逆か? 俺たちが気にし過ぎているのか?
それはともかく、まずは食事に連れて行かないとな。
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