第6話 ブランカ


「さて、『豪運』とやらの効果を早速確かめてみるか。コア、どんなものか教えてくれ」


【『豪運』はスキル所持者に発生する事象の確率を変動させます。常時発動するものではありません、所持者が特に重要であると強く認識している事象に対して因果律が操作されますが、結果を思い通りに変更することは不可能です。また、所持者に発生する不幸を回避するものでもありません】


「……? よく分からんが、例を示してくれよ」


【例えば、交通事故に遭ったとします。交通事故を未然に防ぐこと、回避することは出来ませんが、『奇跡的に』深刻な怪我をすることがない。といった内容です。1日に最高で1度までしか発生しません】


「便利、とまではいざという時にあって良かったと思えるスキルか。ミュリエルも襲撃を受ける不幸があったが、俺と出会えて助かったと考えると確かに豪運だな」


 ハンターならダンジョンで役に立つ場面もあるだろう。強さも必要だが、自分でコントロール出来ない部分を補ってくれるのはありがたい。


 でも宝くじで1等を狙って出せるようなスキルではなさそうだし、これを利用して何かするってのは無理かもな。


 次の来訪者は戦闘系のスキルを所持者してるやつが来てくれないと自衛が出来ないから困るか。


「なあ、俺が留守にしている間に異世界人が来たら困るんだが、タイミングで調整出来ないのか?」


 修学旅行が迫っている。旅行中に異世界人が来て呼び戻されるのは面倒だし、どうしても戻れないタイミングだってあるだろう。


 ミュリエルはただタイミングが良かっただけだが、下手したら部屋の中にしばらく閉じ込められてしまうじゃないか。


 ああ、だから『豪運』なのか彼女は。やっぱり凄いスキルだな。


【ダンジョン・コアをマナリソースを使用して受肉させ来訪者の応対をすることは可能ですが、許可しますか?】


「そんなこともリソースで可能なのか頼む」


【容姿の設定をしてください】


「俺も人型の方が会話しやすいしな、容姿か……ゲームのキャラクリエイトみたいな設定だと助かるんだがそういうインターフェースの表示、出来るか?」


【このような画面のことですか?】


 俺の目の前に画面が現れた。目や鼻、髪型など複数の項目があり、スライダーで位置や大きさを調整出来るようなインターフェースだ。


「これで良い。しばらく時間をくれ。リソースはどの程度使用する?」


【現在、数字に変換すると約150000ポイントです。受肉には10万ポイント、維持に1日あたり100ポイント必要です】


「結構使うな……1日に補充されるポイントは?」


【約1000ポイントです】


「赤字にはならないが、今後のことを考えると収入の10%は割と大きいな……節約出来ないのか? 俺や来訪者がいない時は肉体を使用しないとか」


【可能ですが、その度に肉体を消して、再出現させるのにもリソースの消費が発生し、効率が悪いのでオススメは出来ません。ただし、受肉した際の肉体の維持はマナリソースではなく、人間と同じ食事で賄うことは可能です】


「へえ、リソースを無駄遣いするくらいなら日本円の消費の方が良さそうだな。現状、現金は貯められるがマナリソースは他のダンジョンに行かない限りは集められないし……その方法で頼む。コアは料理とか自分で出来るのか?」


【料理は出来ますが、ダンジョンの外を出ることが出来ませんので購入してここに備蓄していただく必要があります。マナリソースを使用して食事の用意は可能ですが、管理人の意図からそれは本末転倒かと】


「その通りだ、分かった食事は俺が用意する……よし、こんなもんでいいか」


 会話をしながら、コアの容姿の設定をした。


 頭の中で聞こえてくる声は中世的だが、どちらかと言えば女性の声のイメージがあったので出来るだけ違和感のない女性型に決定した。


 見た目は俺の好みだな。アシスタントって感じだから真面目そうなメイドにした。

 これならば、来訪者からもここの主人ではないと一目瞭然だろうとの配慮もある。


「じゃ、この『作成』を押せばいいか?」


【はい】


 俺は『作成』ボタンを押下する。光の粒が集まっていき、目の前に設定した通りの姿をしたコアの肉体が出てきた。

 白い髪に、金色の目である見た目はダンジョンコアのイメージだ。

 インターフェースがCGっぽい見た目だったので、リアルになるとちょっと印象が違ったが誤差の範囲だな。


「管理人、こうして目を合わせて会話をすることが出来て光栄です」


「よろしく。やっぱ会話はこうじゃないとな、頭の中に響くって変な感じするんだぜ?」


 背は俺より少し低いくらいで年齢は同じ。異世界人のミュリエルの見た目を参考にして人種は日本人よりは彫りの深い顔立ちにしている。

 その方が異世界人の驚きも少ないだろう。


 異世界人と言っても俺たち日本人っぽい顔をしている人もいると思うが、全人種対応の顔なんてありえないしな。


「そう言えば、名前とかつけてなかったよな。コアじゃちょっと無機質過ぎるか? 後、俺のこと管理人って呼ぶのもなあ」


「ご主人様、マスター等の呼び方も可能ですが」


「そうだな……来訪者のことを考えるとマスター・シオンとかが良いだろうか」


 俺とコアの関係性が分かり、俺の名前も分かるからな。


「基本はマスター呼び、客人が来てる時は出来るだけマスター・シオン呼びにするか。それでお前の名前か、ブランカで良いか?」


 白い髪くて、修学旅行先がスペインだからスペイン語で白を意味するブランカ。女性の名前としても一般的だしそんなに変じゃないだろう。パッと思いついた。


「マスターのお好きなようにお呼びください」


「じゃ、ブランカで」


「かしこまりました」


 ブランカはスカートを引っ張り、メイドっぽい所作でお辞儀をした。


「ブランカ、その肉体で戦闘とか出来んのか?」


「リソースを使用して強化は可能です」


「なら時々俺と手合わせして訓練に付き合ってくれよ」


「では、あらゆる格闘技の情報をインプットしておきます」


「へえ、助かるな。海外は日本よりは物騒だから多少でも護身術みたいなの、身につけた方が良いかもしれないしな」


「……マスター、申し上げにくいのですが2週間足らずで得た知識を万が一の事態に使用するのは逆に危険です」


「そりゃそうだな。戦わずに逃げるようにするけど、訓練自体は付き合ってくれ。戦闘スキルを手に入れた時に格闘技や身体の使い方を知っておくだけで効率は違うはずだ」


「マスターの癖や得意不得意なども分析出来ますが指摘しますか?」


「頼む、俺は強くならないといけないからな」


 ***


「グオオ……痛え……」


 驚いた、ブランカの身体能力は見た目相応にセーブされているはず。なのに俺は手も足も出ず、現在地面に顔を叩きつけられ、関節を決められている。


「マスターはまず、回避することから始めるべきです。警戒心や恐怖心が無さすぎて致命的な攻撃を避ける事が出来ていません」


「間合いか」


「ダンジョン内で足を止めていたらモンスターに殺されますよ。毒を持っている相手なら迂闊に触れれば麻痺させららることもあります。

 攻撃を受けない。それが最善です」


「一発くらい当たると思ったがなあ」


「マスターは攻撃すること、それを当てることに注意を向け過ぎです。目や距離感を鍛えなくては当たるものも当たりませんし、その前に攻撃を受け死にます」


 俺はナイフなんかで人を殺すことは出来るが、ナイフを防ぐ力はない。

 つまり、俺がナイフなんかの攻撃をまず回避する立ち回りが出来なければ戦いが成立しない。


 防御に特化したスキルがあればそのまた可能な野だろうが生身の無力な柔らかい肉をした人間だ。


 ブランカの言う通り攻撃は後から訓練でも良いだろう。


 そこからはとにかく避ける練習をした。まず、間合いを測る。相手の射程圏内に簡単に近づかないこと。


 致命傷となるような部位に触れさせないこと。


 俺の体格じゃ服を掴まれたら確実に逃げられないと言われたので、掴まれないように注意する。


 ブランカが集めた小石を投げ、それをフットワークと上半身の動きで当たらないように身体を動かし続ける。


「き、休憩しよう……」


「ダンジョンで休憩したい時に休憩など出来ません。休憩出来る時に休憩するものです」


「クッソ……!」


 こいつ、結構スパルタじゃねえか。息も上がって汗でグッショリとシャツも濡れて、足がふらつく俺に容赦なく石を投げてきやがる。


 言ってることは正論でしかないから、限界までやるんだが……。


 そうか、やっぱり俺はハンターってものを甘く見てたんだな。元々強いからなれると思っていたが、常に優位を取れるはずがない。


 危険な時に諦めない不屈の精神も必要だ。


 これより凄い冒険して日本でトップクラスだもんな、うちの親は偉大だ。もっと尊敬して話聞けば良かった。


 もう足が動かない、筋肉が痙攣して地面を踏み締める感覚がない。

 それくらい疲弊して、半ば気絶のように倒れた。


 俺の頭をコツンコツンと殴り続ける小石が止まらない。


「倒れたからってモンスターは容赦しませんけど?」


「ブランカ……お前鬼かよ……」


 絶対いつか、こいつに参りましたって言わせてやる。もっと体力をつけないと回避もままならねえ……ランニングだ。走り込んで心臓と肺を強くしねえと。


 ああ、吐き気がする、酸素が足りねえ……ダンジョンだったらここで死んでたな。


「お疲れ様ですマスター。酸素濃度の調整と電気刺激とマッサージで損傷のケアが必要ですか?」


「た……頼む……」


 ああ、気持ち良い……こんなことまで出来るなら、さっさとマナリソース使って受肉させれば良かった。


「電気刺激で疲労が抜け、筋肉の増強が見込めますよ。効果はごく僅かですが」


「ないより良いや、マッサージってこんなに気持ち良いのか」


「マスターはもっと柔軟性を上げるべきですね。硬い身体のせいで回避も無理な姿勢をしてしまうので負担がかかりますよ」


「いででででッ! 死ぬッ! 筋肉が千切れるって!」


「ただのストレッチです。マスターを怪我させるような失敗はしません」


「段階を踏めよ! 段階を!」


「段階の話をするのでしたらある程度身体が出来てから実戦形式の訓練をするべきでは?」


「それを言われると反論のしようがねえ! だが早く強くなりてえからこの痛みを甘んじて受け入れようじゃあねえかぁ!」


 軋む筋肉の音が聞こえてきそうな痛みと闘いながら俺はマッサージとストレッチを受けた。


「マスター、修学旅行の準備は出来ているのですか?」


「ああ? お前に関係あるかよ」


「私の生活に必要なものも揃えていただく必要がありますが」


「生きた人間と実質同じだったか……明日から買い出しに行こうと思ってたから丁度いいが」


「では必要なものはリストアップしておきます。旅行で一般的に用意するべきものも調べますか?」


「それくらい自分でやるからいらん」


「かしこまりました……私の生活費の上限はありますか?」


 なんだそれ、遠足のおやつ代みたいに聞きやがって。


「じゃあ月5万くらいまでで」


「困りましたね……検討のお時間を頂きます」


 何買うつもりだお前……。馬鹿みたいに高級な食材とか要求したらただじゃおかねえぞ。


 だが、そろそろ旅行の準備はしておくべきだな。まずはキャリーケースか……。

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