第4話 女王陛下ミュリエル


 ダンジョンの管理人となって2週間、調べ物をしつつ俺は身体を鍛えるという基本的なことを始めた。


 運動は苦手ではないが、クラスで一番になれるほど得意ではない。

 といっても、クラスで一番のやつは身体能力が向上するようなスキルを持っている奴ばかりなので、単に得意というだけでは一番になれないのが辛いところだ。


 だが、スキルがあるなしに関らずハンターとしてやっていくには基礎を底上げしておく必要はある。


 有名なハンターでも、俺の両親だってスキルにかまけずに常に訓練をしていたのだから、弱い俺も、いや弱い俺だからこそ訓練しないことは強くなれないだろう。


 腰がぶっ壊れかけるほどの重さの筋トレ用の機材を必死でダンジョンまでなんとか運んだ。しかし、触れてさえいればダンジョンまで転移することで運べるとコアに後から教えられた時は怒りで叫びかけた。


 先に言えよな、マジで。でも確かにそうじゃないと転移する度に俺は全裸になってることになるだろうから、考えて見ればそれもそうかと思える。


 なんて言うか、俺って知識があってもそれを応用するのが下手な気がしてきた。これじゃあダンジョンで咄嗟の時に上手く対応出来ないんじゃないかという疑念が湧いてくる。


 いや……慣れだ、こんなもん。と言い聞かせる。


「98ッ! 99ッ! ……ヒャアアアクッ! ハアハア……今日のノルマクリア……たかがスクワット100回でこの息の上がり方、これは先が思いやられるな」


 まだ始めて1ヶ月も経っていない。最初の数日は筋肉痛で動くのも辛かったが、徐々にマシになり気持ち程度の効果を実感している。


「シャワー浴びるか。空いてる部屋使えばすぐにシャワー出来るから結構便利だな。ジムまで徒歩0秒と考えると本当に良い場所だ」


 管理人が部屋のことや住み心地を把握していないことには上手く交渉が出来ないと思って、調査を兼ねて角部屋を私的に利用している。


 使っているうちに、管理人のスキルとして、妥当だなと思う効果があった。使用したものや破損、汚れ等の現状復帰が可能だった。


 これは管理人っぽい。他の効果がおかし過ぎるだけなんだが、使い方が荒っぽい人に住まれても交換の心配をしなくていいのは嬉しい発見だった。


「ふ〜最近あったかくなってきたから、シャワーで湯冷めしないのは助かる…………え?」


 ドアを開けて、部屋に入ると人が居たので驚きで心臓が跳ねた。


「なんじゃお前は?」


 壁を触っていたのか、手をついて俺に向かって振り向いた髪の赤いやたらと豪華な服を着た女は態度がデカかった。


 態度だけじゃなくて身長や胸、あらゆるものがデカかったから、異世界人がやっと来たのだとすぐに察せられた。


「この建物の持ち主だが? そっちこそ誰なんだよ」


「余はミュリエル。ふふ、この名を聞けば流石に分かろうて……いや、分かってないなお前」


「分かってないな。多分高貴な身分なんだろうということは分かるが……」


「そうじゃ。余はアシュフェリア王国の女王ミュリエルじゃッ……と言っても名乗ってもその不敬な態度を続けるということは、ここはアシュフェリアやその近郊の国ではないな?

 旅の道中に奇襲をかけられ気がついたら何やら奇妙な空間に辿り着いていたのだ」


「女王……えーと、今更だが、敬語使うべきでしょうか陛下」


「好きにせい。それよりここは何じゃ? 見たこともないものばかり、この壁にしても全く知らぬ材質よ」


 一応偉い身分の人っぽいから、変に機嫌悪くされるよりは丁寧に扱った方が良さそうだ。だが、明らかなおべっかを使っても見抜かれて気を悪くされる気もするから、対等よりも、やや遜った、話し方にしておこう。


「ここはニホンと呼ばれる国でして、陛下の住む世界とは別の世界です」


「別の世界とは、別の国というのとはどう違う?」


「あ〜っと……異世界の概念がないのか? どう説明すれば……どれだけ時間をかけても普通に移動してはたどり着けない国、そのような理解で良いかと」


「なるほどの、少しだが理解した。して、お前の名は?」


「名前はシオン。苗字はマナセです」


「そうかシオン、余は共の者とはぐれて2日ほど何も食べておらぬ故、死にそうじゃ」


「何か食べたいってことですか?」


「そう言うおるじゃろうに」


「いや言ってませんけど……残念ながら食べるものはないので、外に行く必要がありますね」


「そうか、では案内せい」


 ミュリエルはマントをバサっと靡かせ、腹を抑えて、少し恥ずかしそうに言った。王としての威厳を保つのも大変なもんだな。

 直接的な物言いをしないのが王なのだろうか。分かりにくいから普通にお願いしてくれ。


 だが、チャンスだな。ここを気に入れば契約てもらえるかも知れない。


 見たところ、こちらの世界よりは文明が発展していないと見える。味わわせてやるぜ! 世界に誇る食に狂った民族の文化の底力をな!


 俺が凄いわけじゃないが、まずは日本を知ってもらおう。


「陛下、そのお召し者では高貴なる身分と……あまりにも露骨なので、こちらの一般的な服に着替えていただけますか?」


「ふむ、道理だな。良かろう準備せい、しばらく待つ」


「ああ、お水くらいでしたら用意出来ますので少々こちらでお寛ぎください」


 俺はコップに水道水を入れて渡した。


「見事な器、水が溢れるそれは魔道具かの?」


「魔道具? いえ、恐らく思っているものとは仕組みが違いますが、それはまた後ほど」


 自宅に戻ってミュリエルが外に出られるような服を探す。


「サイズ的には母さんのは小さ過ぎるし……かと言って父さん──おっさんの服を女王に着させるのは申し訳ねえよなあ。俺の服ちょっとキツイと思うけど我慢してもらうか」


 大きめのジーパンとシャツを持ってダンジョンに戻る。


「陛下、お召しものをお持ちしましたよ」


「そうか、では頼む」


「……は?」


「何しておる、早よ支度して何か食べさせよ」


「あの〜服脱がせたら裸が見えると思うんですけど俺で良いんですかね?」


「側仕えが他におらんのだ。他に誰がやる?」


「自分で着替えるとかは……」


「余は王ぞ、着替えなど自分でする訳がなかろうが。その程度で怒ったりはせぬ」


「そうですか……」


 ***


「ん……お前の国の服はキツイな」


「陛下、変な声出さないでください……」


 刺激強すぎ。俺、17歳だぜ? 流石に緊張するしエロい気分よりも無防備過ぎて罪悪感の方があるわ。


 妙に疲れた。筋トレよりも疲労感がある。


「では行きましょうか。俺の国は恐らく陛下とはまるで違うので驚くと思いますが、出来るだけ目立たない方が良いかと思うので、あまり表情に出したり……」


「くどい。それくらい言われなくとも分かるわ。キョロキョロしたり顔に出すなと言うのであろう。全くシオンお前は余の乳母や爺やのようでかなわん」


 眉間をピクッと動かしてミュリエルは俺の注意をうるさそうにする。危ない危ない、親切心から言ってんのに思わぬところで機嫌を損いそうになるのが女王様か。


「失礼しました、それでは行きましょう」


「うむ、取り敢えず腹に入れば良いでな、あまり待たぬものにせよ」


「仰せの通りに……陛下、剣は置いていってください。帯刀するのが許されていない国です」


「不用心ではないか?」


「日本は非常に治安の良い国です。武器など持っていれば陛下自体が治安を揺るがす者と思われてしまう程に安全ですから、どうかお願いです、剣は置いていってください」


「では何かあれば、余の騎士となれよシオン」


「その心配は本当にないんですけどねぇ……まあ見たら分かりますよ」


 ***


 地下ダンジョンを出て、目につくものの説明を片っ端からしていく。

 ここまではまだ人目のない自宅の範囲だから問題ないが。


 玄関から一歩外に出たらミュリエルからすれば完全な別世界だ。アスファルトの地面、電柱と電線、自動車、珍しいものばかりだ。


 事前に注意していたから、出来るだけ視線だけを動かして目立たないようにしてくれていた。


「あれはこの国では一般的な乗り物です」


「馬に引かせるのではなく、鉄の中に馬を入れておるのか」


「いえ、あれは生き物ではなく……陛下の国がどうなっているのか知りませんので、上手く伝わるか分かりませんが道具の類です。ああ、水車とかありますか?」


「水車とは水の力で動く歯車のことか? 舐めるなよ、それぐらいあるわ」


「まあ、その水車のように生き物ではない力で動いているものです」


 彼女の国がどうなっているのか俺には全く分からないので、比較や比喩で伝えることも難しい。

 勝手に昔のヨーロッパ的な文明と考えているが、もっと進んでいるかも知れないし、会話の節々から推測すると魔法的なものがあるっぽいから、全然違うものが常識になっているかも知れない。


 今のところは凄い美人の派手髪の外国人のお姉さんが観光していて、日本の物珍しさに驚いている範囲で済んでいる。


 多少、注目されているがそれを少し振り返って二度見する程度だ。まあ仕方ないだろう。


「そう言えば、余にはここの民の言葉や文字が分からぬが何故シオンと言葉が通じておるのだ?」


「あ、言われてみれば……なんでか分かるかコア?」


 指摘されて初めて気がついたが、最初から何の違和感もなく話せてたな。


【管理人は住人候補との意思疎通をする為に翻訳能力を与えられます。ただし、管理人であるシオン・マナセが異世界人と会話出来るだけであり、ミュリエルに翻訳能力が与えられるわけではありません】


 だそうだ。コアが話しかけてきた。


「誰と話しておる?」


「ん〜俺の使い魔みたいなもので物知りだから色々教えてもらえるんです。どうやら俺の力で陛下と会話が出来ているようですね」


「ほう……使う機会がなかったが、これを使うて見るか」


 ミュリエルはポケットに入れていた指輪をつけた。


「それは? 」


「異国の者と会話出来る魔道具じゃ。旅に必要かと思って用意したが、考えてみれば余が直接話すことなどないので役には立たなかったがの……おお、文字が読めるぞ、意味は良く分からんがな」


「へえ、それ凄いですね……便利そうだなあ」


「それほど珍しいものではないが……?」


「この国ではその指輪はとても価値があるものですよ。そちらの世界も凄いのですね」


「水の少ない土地では水の価値は上がる。場所によってものの価値が違うこともあろうな」


 確かにその通りだ。だが、指輪というかミュリエルの世界のことを褒められたと感じたのか胸をツンと張って得意気な表情になったのを見逃さなかった。


 可愛い女王様だ。


「陛下、好まないものや、戒律などで禁じられたものはありますか?」


「ない。だが、肉が食いたい」


「では、この店にしましょう」


 俺はミュリエルを連れて駅前のトンカツ屋に入った。

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