第2話 ダンジョン とマンション


 両親のいない自宅はガランとして寂しいものだった。料理も家事も全部自分でなんとかしなくてはならない。


 父方の祖父が一応後見人となってくれたが、病気の為、実質、一人暮らしをすることになってしまった。


「学校か……キツイけどちゃんと通わないとな」


 しばらく休んでいたが、そろそろ通わないといけない。担任は気を遣って来たいと思えたタイミングで良いと言ってくれたが、もう2週間は休んだ。成績も落としたくないし、来年には受験だ。


 ハンターなんかになれない俺じゃ、勉強して大学に行くしか道はない。


「曲直瀬、もう良いのか? ……その、残念だったな」


 俺に対してどう扱っていいのか分からず困っているのが察せられるほど、担任の鷹村先生は遠慮がちに俺に話しかけた。

 職員室に来ると、他の先生がヒソヒソと話しているのが聞こえる。まあ、有名人の子供が久しぶりに登校して来たのだからこんなものだろうとは思うが、不快だ。


「先生出来れば、普通に接してください。特別な配慮とか必要ありません」


「そうか……分かった。じゃあ普通に接するが休んでいる間に進路調査をやっていたんだ。もう2月だからな、今後どうしたいか教えてくれるか?」


「……正直、将来のこととか分かんなくなりました。俺じゃあハンターは無理だし漠然とレベル高い大学に受験するべきなのかなって。

 でも、それで本当に良いのかってね」


「戦闘向きのスキルがなくともハンターしている人はいるが……その、ご両親の仕事を継ぎたいとかそういうことか?」


「そうは言ってませんが、両親が何をして生きて来たのか、俺を育てて来たのか、改めて向き合いたいとここ数日考えるようにはなっています」


 何故か、自分自身でも驚くような言葉が出た。大学に普通に受験するつもりです。そういうつもりだったのだが、それを否定するような言葉が出てしまっていた。


「……もう少し時間をください」


「あくまで希望に沿ったサポートをする為に聞くものだから、慌てる必要はない。じっくり考えるように」


「はい」


 俺は困惑しながら職員室を出た。何故あんなことを言ったのか分からないままに。


 ***


 教室に入ると全員が俺のことを見た。だが、誰も話しかけてこない。


 元々空気のように扱われたスキルのない俺だが、皆ニュースなどで知っているんだろう。腫れ物に触るような態度ですぐに無視をした。


 これで良い。下手に同情なんかされたらキレてしまうだろう。


「なあ、曲直瀬。良い武器とかあったらどうせ使わないだろうし、俺にくれね? 勿体ないからな」


「おいおい八島……それは流石にヤバいでしょ! あ、でもくれるなら俺にも!」


 八島、世良、この学年ではハンターとして活躍するのは確実だろうと言われている調子に乗った有望株の二人が不躾にも程がある、図々しいことを頼んできた。


「……誰がお前らみたいなカスに渡すかよ。死ね」


「ハア? お前何様だコラ? もう守ってくれるパパとママはいねえんだぞ、そんなセリフで誰がビビるかよ?」


 俺は八島に胸ぐらを掴まれて足が地面から浮いた。常人ならざる身体能力強化のスキルを持つ八島であれば、体重55キロ程度の俺を片手で持ち上げるのも容易だろう。


 ミチミチとシャツの繊維が千切れる音を立てながら、鼻から下が、持ち上げられたシャツで隠れて息がやや苦しかった。


「ッ!? あっぶね〜! お前イカれてんのか!?」


 俺は手に持っていたボールペンで八島の顔を貫いてやろうと思ったのだが、防がれてしまった。反則的な反応速度だ。


 こんなカス野郎に一矢報いてやることも出来ないのかと非力を呪う。


「何やってる!」


「チッ……鷹村か」


 鷹村先生が教室にやって来て、八島がパッと手を離したことで俺は無様に地面に落とされた。


 ボールペンを持っていた方の手は骨は砕けるまではいかないが、かなり痛みがあった。八島の馬鹿力で掴まれていたせいだ。


「曲直瀬、お前後でボコボコにしてやる」


「やってみろ。なら、俺は後でお前の家に火つけてやるよ。馬鹿力でも消火は出来ねえもんな?」


「八島、やめとけこいつならマジでやりかねねーって……」


「世良、お前の家も焼かれたくなかったら、この馬鹿を抑えてろ」


「調子乗んなよ曲直瀬ぇッ!」


 今度は世良が殴りかかって来た。速い、全く反応出来ずに殴られた。


「やめろ! 世良! 八島! お前ら停学だ、今すぐ指導室来い!」


「へへ……内申に傷がついたなあ? これじゃ大手のハンターギルドは雇ってくれるのか……」


「こいつッ!」


 馬鹿が! お前らみたいなやつはずっと相手してんだよ。今更スキルの差でビビる訳ないだろうが。むしろ停学くらいで済んで良かったな。


 ***


「あ〜痛え」


 殴られた頬が腫れて熱を帯びている。保健室でもらったアイスパックをあてながら帰宅した。


「……そういえば地下室に仕事道具とか置いてたけど、何か残ってないかチェックしておくべきか」


 八島に言われて思い出したのはムカつくが、確かに何か残っているか知っておきたい。

 殆ど盗人まがいの親族に持っていかれたが、もし残っているのであれば大事にしたい。


 そう思って地下室に降りた。


 電気をつけると、そこにあったはずの武器などは何も無い。空っぽになった棚なんかが目立つ。


「荒らされてんな……あいつらいつか報いを受けさせてやる。隠し金庫みたいなもの、あっても不思議じゃ無いが……お? これ、もしかして?」


 しばらく捜索していると、本棚の裏側に妙な出っ張りがあった。押してみると壁が扉になり、開いた。


「すっげ……って、部屋じゃなくて穴? 妙な構造だな」


 扉の先に道が続いていると思ったがそこにあったのは下方向に開いた穴だった。


 穴なら最初から床に細工していれば良いと思うのだが、扉の先に穴とは奇妙だと思った。


「金庫か秘密の修練場ってところかな。ここは荒らされてなさそうだ」


 人工的な整った階段などはなく、雑に作られた段差と言うべき足場を踏みしめて進んだ。


「なんだここは……何も無いな……てか、使った形跡すらない」


 スマホのライトで先を照らすと学校のプールよりもやや大きい程度の空間が広がっていた。


「ギャッギャッ……」


「ん……!? は!? ゴブリン!? ここダンジョンなのかよ!?」


 何か音がしたので、その方向に光を向けると画面越しでしか見たことのなかったゴブリンらしき生物が棍棒を持って歩いて来ていた。


「ヤバいッ!」


 俺は慌てて走り地下室に戻って、扉を閉じた。ダンジョンに住むモンスターはダンジョンから出てこないと聞くが、自宅の地下からモンスターが溢れたら大変だ。これは無視出来ない。


「ハアハアハア……父さん! 母さん! これくらいは言っといてくれよ! 結構大事なことだろ!」


 どう考えても国に申請していない違法ダンジョン。まさかそんなものが自宅にあるとは想像出来るはずがない。


「いや……後から自然発生して気が付かなかったパターンもあるか? それで金庫か何かが飲み込まれてしまった……あり得るな」


 おいおい、ふざけるな。ダンジョンなんか俺には何の役にも立たないし、ハンターとしてやっていくなら有用な武器とかを残しておいて欲しかった。


 そんな気持ちがあった。


「……でも、放置して家荒らされたら嫌だからなあ……この家は俺が守る……よし、あのゴブリン殺すか」


 そうと決まれば、使えそうな道具を揃える必要がある。


 武器の類は全部持っていかれており、包丁と物干しを使った槍を用意。漫画雑誌を胴体に巻き付けて鎧とし、肘や膝にはスケボーに使うサポーターを。頭はバイク用のヘルメットで守る。


 ケミカルライトと懐中電灯で照明を確保。


 今出来るだけの万全の装備で再び、地下のダンジョンに向かう。


 ポキッとケミカルライトを折って出来るだけ広い範囲の光源を確保する。


「グギャッ!」


「勝手に俺の家の地下に住みつきやがって……家賃払えテメェゴラァッ!」


 槍でゴブリンの脇腹をブッ刺す。意外と硬いッ!


 手にジーンと痺れる感覚が残る。


「ギャッギャッ!」


「何匹かいやがるな! 不法侵入だぞテメェらッ!」


 距離を取ってゴブリンを刺しまくる。何度か槍を掴まれて奪われそうになった瞬間は冷や汗が走った。見た目以上に硬いし力も強い。人間とは全く違う生命体なのだとすぐに理解した。


「ハアハア……全部死んだか……?」


 どのくらいの時間が経っていたのかは分からないが、1時間以上は慎重にヒットアンドアウェイを繰り返して、気が付けば5匹のゴブリンの死体が転がっていた。光の粒子みたいなものが死体から出て来ていて、そのうち消滅するのは教科書で学んだとおりだ。


「ゴブリン5匹でこんなに命がけ……もっとヤバいモンスターと戦ってたと思うと……うちの親半端ねえな。悪いけどそりゃいつ死んでもおかしくないって……」


 雑魚中の雑魚である、ゴブリンにこんなに苦戦した。実際のダンジョンはもっと危険なはずと考えると俺にはハンターは無理だと思い知る。


「だが……家を守った! やってやったぜチクショウ!」


 死の恐怖からアドレナリンが大量分泌されて興奮した俺はデカい声を出した。


 すると、突然奥の方から光る物体が現れた。


「何だッ!? またモンスターかッ!?」


 すぐに槍を構え直して慎重に光る物体に近づく。


「……モンスターじゃなさそうだが、ドロップアイテムってやつか?」


 モンスターを倒すと一定の確率でもらえる景品。それがエネルギー資源だったり、戦闘力を強化するアイテムだったりする。人々はそのドロップアイテムを利用し、売買して金を稼ぐ。それがハンターの仕事であり、社会意義だ。


 すっかり刃こぼれしたボロボロの槍でツンと突いてみるが、反応はない。大丈夫そうだ。


「何なんだこれ……取り敢えず持って帰ってみるか……!?」


【『管理人』の所持者を確認。マナセ・シオンをダンジョンの管理人として登録しました】


「はぁっ!? な、何だぁ……!?」


 突如、俺の頭の中に響いたのは機械的な音声だった。


【ダンジョンの改造を行いますか?】


「え〜っと、はい……?」


【ダンジョンの改造の方向性を以下の候補から決定して下さい】


 ・マンション

 ・洞窟

 ・火山

 ・遺跡

 ・森林

 ・湿地

 ・迷路


「画面……? マンションだけ浮いてやがる……でも一番安全そうな気もするな。よし、マンションだ!」


 目の前に半透明のパネルが表示されたが、何となくこの声の主の意図は分かった。俺がここの管理人として認められて、改造が出来るらしい。マンションと書かれた部分をタッチする。


 これって、俺のスキル『管理人』が影響してるんだよな? 恐らくだが。最初に管理人の所持者を確認って言ってたから。


 てか、ダンジョンって管理人いるものなのか?


 ダンジョンは企業とか国が所有してるけど、こんな光る物体を触れた後にダンジョンの管理人が決まって改造出来るなんて話は聞いたことがない。


 そんな事を考えているうちに暗かった空間がパッと明るくなった。


「確かに……マンションだけどよ……1階だけかよ!?」


 てっきりデカいマンションが建つのかと思ったら、まさかの地面からワンフロア分だけが不格好に生えていた。


「5部屋か、何かしらの条件を満たしたらちゃんとしたマンションになるんだろうか……いや、そもそもこんな地下にマンションあっても意味ねえだろ。失敗したかも」


【住人に部屋を貸すことが出来ます。賃料として管理人はその住人の力を複製し所持することが可能です】


「うわ、もうビックリするなぁッ! ちょっと待て、今かなり凄いこと言ってなかったか?」


 住人の力を所持? 凄いだろ、これ強い奴を住まわせたら俺も強くなれ…………。


 そこで俺は大きな問題に気がつく。


「俺の自宅にマンションあるんですよ、すみませんか? なんて言える訳ねえじゃねえか……クソッ! 欠陥住宅どころの騒ぎじゃねえぞ! 俺が困るわ! 一回俺の家出入りする必要あるのは大問題だろうが!」


【この世界の人間ではなく、別世界の人間にマンションを貸しますか? 選択すると今後、ダンジョン内のモンスターを召喚することは出来なくなります】


 また声がした。


「別世界の人間だあ? でも、モンスター召喚してここを守っても仕方ないしな……えーと、はい。で」


【確認しました。呼び出す住人の条件を設定してください】


「えーと、悪意あるやつは来て欲しくないな。ここを借りる必要に迫られてかつ、俺に危害を加えない何かしらの強さがあるやつに限定……って出来るのか?」


【可能ですが、対象範囲が狭いので候補は絞られます。また、住人候補がいつ来るのかは予告不可能ですが、構いませんか?】


「それで頼む。変な奴がいきなり来ても俺としても困るからな。てか、お前の名前は? なんて呼べばいいんだ?」


【ダンジョンコアという名称です】


「あっそ、じゃあコアな。これ、放置しても問題ないのか? 維持に何かしらのコストかかるとか?」


【維持のコストはマナを吸収することで可能ですが、成長させるには外部からマナストーンをダンジョンコアに与える必要があります】


 マナストーンとはダンジョンのモンスターが持つ宝石のような動力源のことだ。これを破壊されるとモンスターは死ぬ。


「ここでマナストーンを得る事は出来ないのか?」


【可能ですが、成長させることは不可能です。ダンジョンごとにマナストーンの波長は異なっており、同じ波長のマナストーンでは成長は出来ません】


 よく分からんが自分のうんこ食っても栄養にはならない。そんな感じか?


 ということはここを成長させるには……そもそも成長させる必要があるのかは現時点で分からんが、他のダンジョンのマナストーンがいるのは理解した。


「取り敢えず、マンションの中を確認してみるか」

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