眼鏡キャラ普及委員会 その参

斑鳩柊一いかるがしゅういち



ザワザワザワ



 ホームルーム前でざわめいてる教室内で、僕の視線の先だけがある種の静けさを醸し出している。


 昨日までその席にいたのは、それなりに顔立ちは整っているものの、背が低いこと以外は取り立てて特徴のない平凡な少女だったはずなんだけど……。


「柊一、どうした?」


「……あれ」


 声を掛けてきた友人に、僕は顎を指して応える。


「……漫研の姫野じゃん。あれ? あいつ眼鏡掛けてたっけ?」


「うんにゃ。昨日までは掛けてなかった」


「ふ~ん……只でさえ地味な奴なのに、眼鏡なんぞ掛けたら益々影薄くなり……な、何だよ?」


 思いがけないその台詞に、思わずマジマジと友人を見詰めてしまう僕。


 そうか……世間じゃあれを地味だと言うのか……通りで周りが騒がないはずだ。


「いや、何でもない」


 そう、おざなりに返事をして、僕は『姫野結菜ひめのゆいな』に視線を戻す。


 藪をつついて蛇を呼び出すようなまねはすまい。ライバルは少ない方がいい。


 身長は多分150も無いだろう。


 体型は太くもなく細くもない……バストも人並み。


 髪の長さも、長くもなく短くもない。その髪も特別結い上げてるわけでもなく、ただ無造作に後ろで束ねられているだけだ。だけど決して不潔な感じがするわけではなく、むしろ艶やかに光るダークブラウンのその髪が、彼女にある種の清涼感を見る者に与えている。


 成績も並、運動神経も並、手先はあまり器用じゃないようだけど、その声は思いの外澄んでおり、聞いていると……う~ん、やっぱり印象に残らない。


 友人はそれなりにいるようだけど、あまり連んで遊んでる様子はない。


 つまり、どんな角度から見ても、中の上から中の下に収まる平均的な女子高生……それが姫野結菜ひめのゆいなの印象だ。


 表情も乏しく、クラスでは他の個性あるクラスメートに埋もれてしまっている存在ではあるが、僕の脳内センサーには以前から引っかかってはいたのだ。


 髪型にしても顔立ちにしても容姿に関しては、背が低いこと以外は目立った個性がない……だから寧ろ、その個性の無さが個性に見えていたのだろう。


 でも、今日の彼女には、その顔に昨日までには見られなかった個性が一つ、燦然と輝いて僕の目に映っている。


(眼鏡を掛けただけで、あんなにも印象が変わるもんなんだな)


 決して派手ではない……寧ろ地味目な眼鏡だ。落ち着いた色のセルフレームで、たまごのような形の所謂オーパル型ってやつだけど、それがかえって彼女の良さを総合的に高めているようだ……って、ぶっちゃけ僕は彼女が気になってるって事なんだけどね。


 あ、誤解の無いように言っとくけど、僕が彼女を気にしだしたのは結構前のことだ。眼鏡を掛けたからじゃない。


 だから今回は『気になる』というよりは『さらに気になる』もしくは……


「はぁ……」


(こんなごちゃごちゃ言い訳がましく言ってるようじゃ、僕もまだまだお子様だよな……)


「……よし!」


 僕は一つの決意を胸に秘めて勢い良く立ち上がると、唖然としている友人をその場に残して、彼女の席へと足を進めたのだった……。





姫野結菜ひめのゆいな


「……はぁ…」


 私は、鏡の中の自分の姿を見て、思わず深い溜め息を吐いた。


「なんで結膜炎なんて起こすかなぁ……」


 コンタクトレンズ愛用派の私は、そのせいで不本意にも眼鏡を掛けて学校に来なくちゃならなかったのだ。


 一応、眼鏡屋さんに勤めている響姉さんに選んでもらった眼鏡なんだけど……寄りにもよって何でこれ?……って感じの地味ぃな眼鏡を選んでよこした響姉さん。


『心配ないって。あんたにゃこのくらいの眼鏡の方がかえってしっくり来るんだって』


 なんて無責任に言ってたんだけど、どうせ予備に作った眼鏡だからと、文句の言葉をグッと堪えてこの眼鏡を受け取ったのが間違いだったなぁ……。


「失敗したなぁ……はぁ……」


 元々、地味な容姿をどうにかしようと、中学生の頃に眼鏡からコンタクトレンズへと切り替えて、それから今日の今まで過ごしてきた。


 そりゃ、劇的な変化ってわけでもないから、クラスメートからは思っていた程の反応は無かったけど、それでも以前のように地味だという理由でからかわれることはなくなって喜んでいたのに……また、このせいでからかわれ出したらどうしよう……。


「はぁ……戻るか……こうしていても何も解決しないし……」


 一瞬、早退しちゃおうかとも考えたけど、そのせいで自分が楽しみにしていた時間を手放してしまうのは勿体無い……今日の科学の授業は科学室での実験なのだ。


 科学の授業では、いつもと違うグループ分けが成されていて、普段決して関わることがないあの人の側に一時間だけだけどもいることが許される、私にとっては貴重な時間だ……私の好きなあの人……『斑鳩柊一いかるがしゅういち』くんの側に……。


 何時好きになったのか、何処が好きになったのか、未だに自分の中で答えを見いだせないでいるけれど、この想いは紛れもなく恋心……この想いを成就させるだなんて大それた事は考えていない。ただ、ほんの一時間だけでも側にいて、ほんの一言二言だけでも会話が出来れば、私はそれでもう満足……。


「……でも、斑鳩くんにも笑われちゃったらどうしよう……」


 そんな不安を胸に眼鏡を装着すると、私はトボトボとトイレを出て教室へと足を進める。


 教室までは時間にして約十秒ほど。


 だけど私は、その倍近い時間を掛けてようやく教室の入り口へと到着する。


 ふぅ、と大きく息を吐き、ガラッと引き戸を引き開ける私。


 教室に入ると、一斉にクラスメートの視線が私の体に突き刺さる。


 ざわざわとざわめくクラスメート達。


(やだなぁ……変に思われてないかなぁ……)


 自意識過剰だと、自分でも思う。でも、なんだかみんなから品定めをされているみたいで居心地が悪い。


 私は極力みんなと視線を合わせないようにしながら、足早に自分の席へと向かった。


「……」


 席についても、恥ずかしくて顔を上げられない……。


 意味もなく携帯を開いては、取り留めもなくケータイ漫画に視線を走らせる……内容なんてちっとも頭に入ってこない……。


 その時だった。


 俯く私の元へとやって来る一つの人影……。


 私は、その人影に気付いて視線を上げたのだった。


「っ!!」


 その人影と、バッタリ視線がかち合って声にならない悲鳴を上げる私。


(な、何!? 何で斑鳩くんが私の所まで来てるの?!)


 ずり下がった眼鏡を指で直し、パニックに陥ってる思考を無理矢理整理しようとするけどちっとも思考がまとまらない。


(わ、私何か斑鳩くんの気に障るようなことした?! それともやっぱり私の事、笑いに来たの?! やっぱりこの眼鏡可笑しい?!)


 顔が熱くなっていくのが分かる。その場から逃げ出したい衝動にかられているのだけれど、上手く力が伝わらず思うように足が動かない。


(え?! 何?! どうして?! え?!)


 斑鳩くんは、私の前に来ると、前の席の椅子に跨って、背もたれに両肘を突いてこちらにジッと視線を向けてきた。


(キャァァァァァ!! 斑鳩くんが……斑鳩くんの顔が目の前にぃぃぃぃぃぃ!!! どうしよう…どうしよう! どうしよう!! どうしよぉぉぉぉぉ!!!)


 挙動不審な私の様子を気にする風でもなく、斑鳩くんは私に向かってその薄く引き締まった唇を開いて話しかけてきた。


「姫野って……眼ぇ悪かったんだ?」


(え?! 今、斑鳩くん、私の名前呼んだ?! やっぱり私に用があって来たんだよね……答えていいんだよね!?)


「え?! あう……あ、えあ……コ、コンタクトが……結膜炎が……眼が……」


 キャァァァァァ! しっかりしなさい姫野結菜ひめのゆいな!! それじゃ、変な娘に思われちゃうって!!


「……? ……あ、結膜炎でコンタクト付けられないんだ? それで眼鏡か……」


(……やっぱり、眼鏡が変だったんだ……)


 私は泣きそうになるのをグッと堪え、そっと眼鏡を外して机の上に置いた。


「……やっぱり……変だよね……」


「……? 何が?」


「だ、だから、この眼鏡……」


「うんにゃ?」


 斑鳩くんは、机の上で私が手を被せて隠していた眼鏡をひょいっと抜き取ると、俯き頭を上げられない私の顔に優しくその眼鏡を掛けてくれた。


「え?!」


 一瞬、何をされたか理解できなかった私は、慌てて視線を上げて斑鳩くんのその整った顔立ちの中にある、やや細めで目尻が僅かにつり上がっている瞳をマジマジと見詰めてしまう。


「似合ってるって」


 照れたような笑みを浮かべながら、そう言葉を続ける斑鳩くん。


(え? ……今……なんて言ったの? ……似合って……る? 似合ってるって言ったの?!)


「い、いいいいやだって、じ、じじじ地味だよ?!」


「まぁ確かに眼鏡自体は地味だけど……」


「あぅ……じ、地味な眼鏡が似合うって事は、私自身地味だって事で……」


「そうか? 僕はそうは思わないけど……そもそも地味な事がそんなにいけないことか? いーじゃん地味で。少なくとも僕は、眼鏡掛けてる姫野の事嫌いじゃないよ? ……あ、姫野……」


「な、何?」


「その眼鏡ってどこで買ったの?」


「え?! え~と……お姉ちゃんが眼鏡屋さんで働いてて……お姉ちゃんに……」


「へぇ~。じゃあ、お姉さんがその眼鏡選んだんだ? ……今度その店連れてってよ。僕も眼鏡欲しいんだ」


「え?! あ……う、うん……私で良かったら……」


「サンキュー。じゃあ、今度姫野が空いてる時間教えてよ。僕は、休みの日は大抵空いてるから……」


 そう言ってにっこり笑うと、斑鳩くんは立ち上がって自分の席へと戻っていった……。


 ……これは……少し自惚れてもいいんだろうか……。


 私、地味だし馬鹿だしこんな経験したことないから勘違いしちゃうよ? いいの? ……斑鳩くん……。






斑鳩柊一いかるがしゅういち


「……ふぅ……」


 僕は、自分の席にたどり着くとドサリと座って軽く息を吐き出した。


(……唐突にあんな事言って、引かれちゃったりしないかな?)


 ふと、そんな思考が脳裏を掠めたけど、今の僕にはその事をじっくり考える余裕はない。


 何とか携帯の番号くらいは知りたかったけど、僕の細くて弱い神経ではあれ以上は耐えられなかったのだ。


(……当日……大丈夫かな?)


 弱い自分が情けなく、そしてとても心配で、思わずそんな栓のない事を考えてしまう。


(……ま、なるようになるさ)


 どうせこれから日程を決めたり、それこそ携帯の番号を聞いたりしなくちゃならないんだ……直に慣れるだろう。


(……つーかそれぐらい慣れてなくてもやれよ斑鳩柊一いかるがしゅういち


 この先に待ち受ける困難と、そして淡い希望に想いを巡らせながら溜め息を吐き、僕はもう一度、姫野結菜ひめのゆいなに視線を向けたのだった。








 そして、二人の想いは近い未来に優しく重なり合う……でもそれは、また別の物語……。










fin








お題が眼鏡との事でしたので、眼鏡キャラ普及委員を名乗る以上、参加しないわけには行かないと、過去に書いた超短編を何話かアップしてみましたよーっと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

眼鏡キャラ普及委員会 @remwell

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ