眼鏡キャラ普及委員会 その弐


「先輩! 起きて下さい! 風邪引きますよ!」


 俺は、ベッドの縁で力尽きたように眠りについている鳴川先輩に、背中を軽く叩きながらそう呼びかけた。


 先輩は、床に座り込んだ状態で、ベッドに伏せて眠っており、辛うじて着ていた衣服は脱いでいたものの(キッチリ畳んであるのが先輩らしい)、寝間着に袖を通すまでは叶わなかったようで、下着姿で、その上眼鏡を掛けたまま眠ってしまっていたのだった。


 いつもは僅かな乱れもなくややつり上がった切れ長の瞳を覆っている赤い極細フレームのオシャレな眼鏡が、布団と先輩の頭に挟まれ形を歪ませ悲鳴を上げている。


「先輩! 眼鏡壊れちゃいますよ! 先輩!」


 幾度目かの呼び掛けに、先輩はようやく目を覚ましたのか突然ガバッと身を起こした。


 そして、まるで機械仕掛けの人形みたいにキキ~っとこちらに顔を向ける。


「せん……ぱい?」


 ズレ曲がった眼鏡の奥のその瞳には光がなく焦点も合っていない。まだ完全には覚醒していないようだ。


 そのまま暫く俺の顔をぼんやりと眺めていた先輩だったが、十秒程経ったところでようやくゆっくりと口を開いた。


「……あ……」


「あ?」


「あと五分」


 そしてパタッと元の体勢に戻る先輩。


「ちょ、ちょっと先輩! せめてベッドで寝て下さい!」


 ホントは2人で映画を見に行く予定で、先輩に迎えに来るように申し使っていたのだけど、今のこの先輩の様子じゃ、どうせ一本目には間に合わないだろう。


 まさか先輩がこんなに寝起きに難があるとは思わなかった。


「ほら先輩……ベッドに昇って……」


 先輩はなんとかベッドによじ登り、そのまま布団の上にバタリとうつ伏せに倒れ込む。


 俺はその様子に苦笑を浮かべながら、ベッドの足元の方に綺麗に畳まれていた毛布をそっと先輩に掛けてやった。


 先輩はムニャムニャと幸せそうに再び眠りにつく。


「まさか先輩にこんな一面があったとはね……」


 いつもクールで斜に構え、何事にもキッチリクッキリの普段の先輩の姿からは、今のこの姿は想像できない。


 俺は再び苦笑を浮かべながら、そっと先輩の髪の毛を掻き上げる。


「あっと……」


 まだ眼鏡を掛けたままだった。


「先ぱ……」


 い、と俺が言葉を続けようとしたところで、先輩はゆっくりと寝返りをうった


 毛布が邪魔して胸元が見えないことを少し残念に思いながら、僕はそっと彼女の眼鏡に手をかける。


(なんか……寝てる女性から眼鏡を取るのって、服をはぎ取るみたいで滅茶苦茶興奮するな……)


 ゴクリと唾を飲んでゆっくりと眼鏡を外していく俺。


 耳受けがこめかみを通り抜け、艶やかな黒髪の下を滑りながらスルリと外れて素顔が露わになったの瞬間、まるで裸の彼女を目にしたような(毛布の下は半裸だけど)錯覚をおぼえ、俺の中の興奮は遂に最高潮を迎える。


(やべ……滅茶苦茶可愛いんですけど……)


 俺は再びゴクリと唾を飲み、素顔が晒された彼女の寝顔に声もなくじっと魅入る。



 そして……



 俺はゆっくりと顔を近づけ……



 先輩の湿ったその唇に、自分の唇を押し当てたのだった……。


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