眼鏡キャラ普及委員会
@remwell
眼鏡キャラ普及委員会 その壱
「ユユユユ、ユーノ・コドルフィスです! よ、宜しくお願いします!」
その女性が吃りながらもなんとかそう言い切って勢い良くぴょこんと頭を下げると、その頭の向こう側から、1本に結ばれた長めのおさげが弧を描いて勢い良く飛び上がり、そのままくるりと落ちてきてポコンと彼女の顔を痛打した。
「痛っ!」
そう声を上げて、頭を下げた体勢のまま、髪を纏めるゴムが当たった鼻を抑えるその女性。
「……」
「……」
机を挟んで向かいあわせという微妙な距離を保って対峙して座っている俺と彼女間に、一瞬にして気まずい沈黙が舞い降りる。
彼女がゆっくりと体を起こすと、まるで丁髷のように頭の天辺を縦断していたそのおさげが、ゆっくりとその頭上を滑り落ち、小さな肩へとぽとりと落ちる。
そこで彼女は耳まで真っ赤に染め上げて、半泣きの表情で眼鏡をクイッと持ち上げながら、気まずそうに視線を逸らした。
俺は自分の眼鏡の鼻受けに指を当てながら、手元の履歴書に視線を落とす。
(……年齢……28才……)
140cmにも満たない小柄な体躯に、化粧っ気のない幼い顔立ち……
その幼い顔立ちを覆い尽くすように自己主張している、極細フレームのまん丸銀縁眼鏡……
その眼鏡のレンズの奥で目尻に涙を滲ませながら、彼女はまるで幼子のようにその身を縮めて打ち震えているのだ。
(誰がどう見たって小学生にしか見えねえだろうが!)
心の中でそう毒づくが、軽く視線を上げてよく見れば、彼女が歴とした大人の女性であることが、目の肥えた俺には瞬時に理解できた。
(バストは……Eはいってるな……)
だが、その事が俺が彼女を大人と断じた理由では決してない。
彼女の内から滲み出る妖しい色香を、俺の直感がビビビと察知したのだ。
(さてと……どうしたもんか……)
俺は、しがない街にある、以前はしがないレストランであったこの店の店長を任されている、カルフ・レナーというものだ。
俺がこの店に配属されてから、この店は嘗て無いほどの賑わいを見せており、既に「しがない」の冠が解かれて久しいこの都市随一のレストランとして名を馳せている。
そう呼ばれるに至った一つの要因が、この俺の直感に寄る人事術だ。
子供の頃から鉄面皮で表情に乏しく、たまに笑顔を浮かべれば、人殺しの算段をしていると疑われるほど印象の悪い俺だったが、天は俺を見捨てたりはしなかったようで、一つの大きな才能を与えてくれた。
それがこの「人を見る目」だ。
俺が面接をして採用した人材は、例外なく何かしらの偉大な才能を持ち合わせており、俺はその人材を適材適所で扱うことに長けている人間なのだ。
その俺の直感が彼女を雇えと訴えている。
だが……
(本当にいいのか?)
今までの慣例に従えば、彼女はこの場で即採用だ。
俺は、自分の直感に疑いを持つことは自分の存在意義を否定する事に等しいと思っている。
だが……その俺にして、少女のようなこの女性の採用に躊躇いを覚えてしまうのだ。
俺の視線の先で彼女は、視線を受けて居たたまれなくなったのだろう、瞳をギュッと閉じてその身を堅く縮こまらせている。
その時点で、普通の企業なら即不採用決定だろう。
(……はぁ……)
理性と直感との間で自問自答を繰り返すが、どうやったって答えは出ない。
俺は目先を変えるため、この長い沈黙に耐えかね始めている彼女に話し掛けた。
「……何故ウチを選んだの?」
その質問を投げかけた途端、彼女の表情が一変する。
唐突に、光が射し込んだように全身から明るさが滲み出し、華が咲いたようにその顔に笑顔が浮かび上がる。
その笑顔が、彼女の顔の一部と化しているかのような眼鏡と絶妙なコントラストを描き、彼女の中に内在する瑞々しいまでの美しさをより一層引き立たせているのだった。
「は、はい! 以前こちらでディナーを食べたとき……」
何やら彼女が語り始めたが、俺はその笑顔に囚われて、少しも内容が頭の中に入ってこない。
嬉々として語り続ける彼女の笑顔を見詰めながら、俺は自分の直感が決して間違ってなどいないということを確信し始める。
30分にも及ぶ彼女のウチの店に対する、愛情に近い賛辞の言葉を聞き終えると、俺はその場で彼女に採用を伝えた。
彼女は両手で口元を覆いながら、涙を流してそれを喜んだのだった……。
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