眼鏡になっても君が好き……とは言ったけど、マジで眼鏡になるとは思っていなかった件

黒味缶

眼鏡になっても君が好き

 夕暮れ時の帰り道。俺と恋人は手をつないで、ゆっくりと歩いて帰る。

 待ち合わせして一緒に登校して、放課後に一緒に帰って、週末小遣いに余裕があればデートする時もある。

 高校生とはいえささやかなお付き合いを続けて1年たったある日の今日。俺の恋人である吉山喜咲は少し言いづらそうにしながら、ある話を切り出した。


「わ、私さ、眼鏡になろうかと思って」


 喜咲はそう言いながら俺の顔色をうかがう。

 表情筋が仕事をしないと言われがちな俺の顔を見ても、多分喜咲の欲しい答えはないと思う。


「そのね、あの……中学の頃から微妙だったけど、今回の視力検査でもういい加減誤魔化せない感じの結果になっちゃってさ……その、コンタクトとかのがいいかもだけど、怖くて……」

「目に物入れるのめちゃくちゃ怖いのはわかる」

「だっ、だよね?! ……だから、その……私が眼鏡になっても好きでいてくれる?」

「もちろん。眼鏡になっても君が好きだ」


 間髪入れずに返した言葉に、喜咲が目をぱちぱちと瞬かせた。かわいいな。見た目が変わって俺にどう思われるのか気になる、それ自体がかわいい。

 ……眼鏡は顔の印象を大きく変えるだろう。だけど、俺が喜咲のことを好きになった理由は今の顔面だけではないと自信を持って言える。

 だから、俺は自信をもって言い切った。顔に出ない分、ちゃんと声色に出るように。


「俺からしたら、眼鏡ぐらいだったら好きな料理をちょっと味変する程度だと思う。喜咲が怖くない方法で、喜咲に似合うと思うものを選ぶといいと思う」

「そっか……ありがと、実也」

「明日からつけてくるのか?」

「ううん、まずはメガネ屋さんに行かなきゃだし、レンズとか注文するから時間かかるみたい。お父さんが新しく眼鏡作った時が確かそんな感じだった」


 家は裸眼一族だから、喜咲の言う眼鏡事情にビックリする。即日できるものじゃないのか。

 しかしそうなると……なんだか焦らされるみたいでワクワクしてくるな。


「そうなんだ。楽しみだな、喜咲の眼鏡姿」

「えへへ……そう言ってくれるなら、どんな姿になるかは見た時のお楽しみって事にしようかな♪」


 悪戯っぽく笑う喜咲の笑顔が眩しい。

 彼女にはどんな眼鏡が似合うだろうか?喜咲が新しい服を着たり髪型変えるのも好きだしドキドキするから、きっと眼鏡をつけてきたのを見た俺は滅茶苦茶ときめくに違いない。


「ああ、楽しみにしてる。だから、喜咲も心配しなくていい」

「私は真剣に不安だったんだからね?もー……これでガッカリしてきたら、しばらく口きいてあげないんだから」

「どんな姿になっても君が好きだよ」


 敢えてまっすぐそう言ってやれば、喜咲は赤らめた顔を俺からそらした。

 だがこの時の俺はまだわかっていなかった。自分にとって、喜咲の眼鏡姿というのがどれだけ衝撃的な物なのかという事を。



 それから数日。

 いつものように登校の待ち合わせ場所でスマホを見ていると、喜咲が声をかけてきた。


「実也、おはよっ!」

「ああ、おはよ……」


 声を失う。いつもの喜咲ではない――喜咲の首から上に通常の人間の頭部はなく、ただ眼鏡が浮いていた。

 赤くて細いフレーム。視野をなるべくカバーするためか、丸くて大きいレンズ部分。


「流石だな喜咲。自分に似合う眼鏡を完璧に理解している」


 俺基準の採点だが普段の喜咲にかけるなら100点の眼鏡を前に、思わず称賛の声を上げていた。


「や、やだ、そんな普通に褒められたら照れるじゃん」


 もじもじと照れる仕草も、声も間違いなく喜咲のもの。

 つまり、頭部の消失というよくわからない状態になっていても、彼女は間違いなく俺のかわいい彼女の喜咲だということだ。

 正直、誰かが成り替わったとかではないことが確信出来たことで少々困惑している。

 眼鏡になるってのが眼鏡をかけるようになるんじゃなくって、眼鏡そのものになるんだとは普通思わないじゃん。


「……ねえ、本当に、ガッカリとかしてない?」

「まだ見慣れてないのは結構あるし、多分それ由来だけど残念な部分もある。喜咲のコロコロ変わるかわいい表情がわかりづらくなってしまったし、目が合っている感じがしない」

「そ、そっか……」

「これから慣れていこうと思う。慣れるためにたくさん見たいから写真撮っていい?」

「私もまだかけ慣れてないし、眼鏡姿見られ慣れてないんだけど……いいよ。ぴーす」


 推定ほっぺの横にピースサインを添えるようなポーズをとる、異形頭と化した喜咲。

 それをスマホで撮って確認する俺。スマホの画像でもやっぱり眼鏡と化したままに見える。

 でもそれはそれとしてピースサインもどこかぎこちないし、もう片方の手はギュッと握りこんでグーになっちゃってるのがかわいい。緊張が伝わってきて良い。普段の彼女フォルダに入れてる喜咲はもっと写真慣れした感じなのにちょっとギャップがある。


「可愛く撮れた」

「も、もー!!からかわないでよね!ほら、学校行こう!」


 俺の背中が、喜咲に押される。照れているのか、それ以降学校につくまで喜咲はいつもと違って黙っていた。

 背中にかかる力に抵抗することなく学校に歩みを進めながら、俺は思う。

 いったいどうしてこうなったのだろうか、と。


 行動自体はいつもどおりに、喜咲のクラスまで喜咲を送ってから俺のクラスに行く。

 それでもやはり、異形頭の喜咲を見慣れることができるとはちょっと思えなかった。


 その後、今日一日の学園生活はそこそこ穏当に過ごせたと思う。

 休み時間喜咲を見つけてちょっとギョっとしたり、喜咲に過剰反応しているのを「宵口って眼鏡フェチの気あったんだな」とか友人にからかわれたりという一幕はあった。

 一方その喜咲は、友人らに囲まれていた。確かに友人の多い彼女だが、ここまで囲まれてるのは流石にちょっと見ない。

 ……でも多分眼鏡の事を言われているんだろうな。たまに頭の位置にある眼鏡に触れる動作をしてたし。

 今まで特に顔のあたりに手を持っていく癖のなかった喜咲には珍しい動作だ。これからは頻出する動作になるんだろうけど、こういう仕草も新鮮でかわいいなと思った。


 そんなこんなで、部活も終えて下駄箱で合流して一緒に帰るいつもの流れになった。


 今日一日、衝撃と言動の可愛さで眼鏡そのものになったことを問う機会を完全に失ってしまった。だがその分、今日一日『どうしてこうなったのか』に関して考える機会は多々あった。

 俺以外の人は、俺のように喜咲が異形頭になったように見えてなさそうだった。あくまで新鮮なだけの対応をしていたように見える。

 あとなにより喜咲はちゃんと常識があるほうだから、仮に本当に眼鏡になってしまっていたのなら俺のそれをスルーする言動にちゃんとツッコミを入れるはずだ。

 つまり喜咲が眼鏡になったように見えるのは、俺の問題である可能性が高い。

 

「なあ、喜咲」

「どしたの実也?」

「実を言うと今日、見慣れないせいか眼鏡の印象が滅茶苦茶先行してるのに気づいたんだ」


 多分この見え方の問題は、マジで俺が眼鏡姿の喜咲を見慣れないためのバグみたいなものなんだと思う。

 しかしそこまでわかったなら、どうすればいいか簡単だった。


「眼鏡になったって喜咲は喜咲だと分かってたけど、どこか納得しきれていないみたいな感じ。だから……」

「……やっぱり外したほうが好き?」

「ううん。いつも喜咲にしているようにしたい。抱きしめたり、頭撫でたり……沢山触れ合って、ちゃんと喜咲が喜咲だってもっと実感すればいいと思った」


 「え、えぇー?」と可愛い声を出しながらきょろきょろと周囲を伺う喜咲。

 そして周囲に人がいないとわかると、小声で「いいよ」と許可を出してくれた。


「ありがとう」


 抱きしめる。腕の中に納まってくれる彼女が、愛おしい。そのまま喜咲の肩に頭を預けるようにすると、ちゃんとサラサラの髪の毛が俺の頬をくすぐる。

 頭を撫でる。今日の髪型は、俺が好きだと言って以来よくやってくれるお団子ヘアーだったらしい。もっとちゃんと見たかったな。

 そうしてたっぷり触れてから少し体を離したら、先ほどまでは見えなかった輪郭がはっきりと見えた。夕日に照らされた以上に赤い耳と頬。俺に預けてくれてはいるが、緊張しているのがわかる体。

 いつもの喜咲だ。かわいい喜咲だ。


「ん」

「んぅ?!」


 あまりに愛おしかったからついでにキスもした。軽いキスだったけれど、顔を離したときに驚いた喜咲の目と、俺の目がしっかり合った。


「き、キスまでするって!いってなかった!」

「ごめん、あまりにかわいくて。あとやっぱりいつもの喜咲だなとおもったらちゃんと見れるようになった。めちゃくちゃ似合うねこの眼鏡」

「ばか!」


 俺を突き放して、それからポカポカと叩いてくる。

 不意打ちの代償としてその心地いい衝撃を受け入れながら、俺は改めてこの子が滅茶苦茶好きなんだなと自覚した。


 喜咲が疲れるまでそこまで痛くない攻撃を受け、謝って謝られてちょっといいお菓子を奢って買い食いして、そして「また明日」を言い合って別れる。

 また明日、という約束をちゃんとしてくれてちょっとほっとした。これはいつも約束してくれることにほっとしているので恒例行事だ。


 そうして歩く一人の帰り道。ふと気になって今朝撮った写真を確認する。

 そこには、珍しくガチガチに緊張した様子の喜咲の姿がおさめられていた。もちろん、頭部はちゃんと存在する。


「やっぱりあれか、白昼夢とかそういう感じのやつか」


 俺の認識が元だったとしても、またずいぶんな幻覚を見てしまったなと思う。

 その一方で、喜咲のかわいい様子を強調して見せてくれた眼鏡の白昼夢にちょっとだけ感謝してもいいなと思っていた。

 多分俺は、本当に喜咲がどんな姿になってもきっとそのまま愛せる。次からはどんなイメチェンが来てもきっとまっすぐ見ることができる。


 そんな、妙な自信を得た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

眼鏡になっても君が好き……とは言ったけど、マジで眼鏡になるとは思っていなかった件 黒味缶 @kuroazikan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ