もあ
それからというもの、勘太郎は定期的に柚宮に呼びだされるようになった。
ある時はいつも通り旧校舎で煙草を吸っている途中、
「知ってるかい。裏山にツチノコがいるらしい。捕って一儲けといこうじゃないか」
そんなことあるわけないだろうと思う勘太郎を無視して、年上の少女に山の中へと引っ張りこまれ、無尽蔵の体力でたっぷり日が暮れるまで付き合わされた(当然、ツチノコはみつからなかった)。
またある時は、蒲郡先輩と廊下で歩いている時のすれ違い様に、
「次の日曜日は、朝から隣町のゲーセンに集合ね」
囁かれ、渋々行ってみれば、軍資金をたっぷり持った柚宮の格ゲーのコンボ練習の的にされ続けた(勘太郎がそれなりにやりこんでいたゲームだったにもかかわらず、ひたすら黒星を重ね、自信を喪失させられた)。
時には下駄箱にハートマークのシールで閉じられた封筒が入れられており、中身を確認すれば丸文字で『屋上で待ってます♡』とさもラブレターのような文面が綴られており、ついに春が来たか、どきどきワクワクしながら向かえば、
「さあ、行こうじゃないか」
当然のごとく仁王立ちした眼鏡女が待ち構えていて、今度はどこに連れていかれるかと思ったら、海にやったことのない夜釣りに乗りだすこととなった(二人ともオケラでそれはそれは惨めな帰り道だった)。
といった具合に、手を変え品を変え、柚宮は勘太郎を呼びだし、遊びに遊んだ。毎度毎度『遊び』の中身が事前に予想ができないのもあり、心身ともに疲労困憊にさせられた。救いといえば、眼鏡女が高校において、それなりに責任のある立場なのもあってか、遊びと遊びの間の日数が空いていることくらいか。
人の形をした嵐。それが勘太郎が柚宮に抱いている印象だった。
「そっか。お前も大変だな」
放課後、勘太郎と同じように旧校舎に休憩をしに来た蒲郡は、柚宮との交流についての話題に、さほど興味がなさそうにそう言った。
取り立てて治安が悪くないこの高校において、いくら指導されても逆モヒカンを止めない典型的な不良少年な先輩に、ええまぁ、と相槌を打って応じた。
「それにしても柚宮がねぇ。あの真面目でお堅いやつにそんなおもし……子供みたいなところがねぇ」
「やっぱりあの人、普段はちゃんとしてるんですか」
興味本位に尋ねれば、蒲郡は煙を吐きだしながら、
「真面目も真面目だ。一年の時、同じクラスだったが、だいたいいつもキリっとしてるし、毎日この髪型を直せってうるさかったしな」
まあ、この髪は魂だから死んでも変えるつもりはねぇがな。目を細め、ピアスの嵌った鼻を鳴らす先輩のジャガイモみたいな顔面を見ながら、なぜ、この格好のまま校内を歩き続けられるんだろう、という謎を深める。
「俺の知ってる柚宮だったら、煙草吸ってるお前をみつけたら、一も二もなくセンコーに突きだしてるだろうよ」
逆モヒカンの先輩の言葉は、強く頷けるものだった。というよりも、出会いの瞬間の状況からすれば、柚宮は最初、勘太郎を真剣に引っ立てるつもりだったんじゃないだろうか。では、どこで心変わりが起きたのだろうか。ぼんやりと煙を吸い考えるが、答えは出てこない。
「とにかく今は遊んでるだけなんだろう。だったら、あいつの気が済むまで付き合ってやりゃいいんじゃねぇか。お前もどうせ、暇だろうし」
「他人事だと思って」
「そりゃ他人事だしな。まあ、俺だったら、しっかり上下関係をわからせてしつけてやるが」
ニヤニヤ笑う蒲郡の言葉を聞かなかったことにした勘太郎は、柚宮は自分のどこを気に入ったのだろう、と思いを巡らせる。言葉通りにとれば、いい目をしている、からだが、果たしてまっすぐに受けとめていいのかわからなかった。
「いい目っていうのは、そうだなぁ。とっても素直そうみたいな感じかな」
梅雨時の放課後、通り雨に襲われる河原でのエロ本・DVD探しに付き合わされている途中、本人に初対面の時の、いい目、について柚宮に直接尋ねたところ、こんな答えが返ってきた。
「もっと言うと、犬みたいな。飼ってる子にそっくりなんだ」
「帰っていいっすか」
踵を返しかける勘太郎に、年上の眼鏡女は誉めてるんだよ、と笑う。
「あの時……いや、今もか。とにかく、君は高校生の癖にどうしようもないヤニカスなファッション格好つけ野郎だが」
「やっぱり帰っていいっすか」
「もうちょっと付き合ってくれよ。とにかく、不良っぽくはあるが、その分、素直だし、打てば響くところがある。そういう、裏表のない素直なところを、ぼくは君の目から感じとったのさ」
あらためて言葉にされたところで、どうにもピンと来なかった。
「もしかして、暗に俺を馬鹿だって言ってますか」
「そういう見方もあるかもな」
やっぱり帰るかと思ったが、どうせ、家に帰っても、夕食の手伝いをするか風呂洗い辺りが待っている。それも別に悪くはなかったが、真面目にエロ本探しなんてやるのは今日くらいだろうから、もう少し付き合ってもいいだろう。
「先輩、今気付きましたけど」
「なんだい」
「箱に入ってるDVDとかはともかく、エロ漫画とかはこの雨でびしょびしょになって使い物にならないんじゃないっすかね」
途端に黙りこんだ柚宮は差していた傘を下し、ひとしきり雨を浴びたあと、雫だらけになった眼鏡越しに勘太郎を見つめながら、
「手に入らないからこそ尊いものもあると思わないかい」
決め顔で告げる。
二人とも馬鹿だな、と勘太郎は苦笑いした。
期末試験前、柚宮に木造校舎に強制連行された勘太郎は、
「中間の成績を見させてもらったが、酷いものだったな」
いつになく深刻な顔で告げてくる柚宮を見て、事態の深刻さを悟った。
「とはいえ、連れ回したぼくに大部分の責任がある。なので、ちゃんと付きっきりで面倒を見ようじゃないか」
各種一年の教科書に加えて、山積みになった参考書の数々に、普段から勉強嫌いの勘太郎は震えあがる。
「なんで、俺まで巻き込まれてるか、聞いてもいいか?」
隣の席で、物怖じせずに手を上げる蒲郡。その態度が気に障ったのか、
「君はもっと危機的状況だろう。下手すると留年どころじゃすまないぞ」
柚宮は烈火のごとく怒りを露にした。しかし、蒲郡の方は、気だるげに鼻をほじりながら、
「どうせ、なんとかなるだろ」
能天気そのものだった。
直後にバンッと机を叩いた柚宮は青筋を立てながら、
「これはわからせてあげないといけないみたいだねぇ」
凄絶に口の端を弛める。眼鏡越しに見える目はちっとも笑っていなかったが。
……こうして当初は巻きこんだはずの勘太郎が、蒲郡の巻き添えを食うかたちで、一週間ほどみっちりとしごかれた。その成果もあって苦手な数学以外の教科で平均点以上をとることに成功し、赤点は一つもなかった。なお、逆モヒカンの先輩は全教科真っ赤かで、勘太郎はまたもや、眼鏡の先輩の怒りに巻き込まれることになった。
夏休み。柚宮の誘いで、青春十八切符を片手に旅に連れていかれた。切符代は払うと告げる眼鏡の先輩に、さすがにそんな高いものは受けとれないと勘太郎は断ろうとした、
「ぼくが行きたくて連れ回すんだ。これくらいは必要費用だよ」
決め顔で言った先輩は頑なに支払いを拒否したため、一旦立て替えてもらう、というかたちに落ち着いた。
目的地はなかったらしく、どこかのバラエティよろしく、どこで用意したかわからないサイコロに従って、電車で行ったり来たりを繰り返す。
ある時は青々とした海辺。またある時はビル街。そのまたある時はどこかもわからない自然だらけの土地。とにかく色々なところに行った。その多くは、一人では行こうともしなかったし、行けもしなかっただろう、と勘太郎は思う。
「勘太郎君はなんで不良の真似事をしてるんだい」
高い山を登らされて頂上。二人しかいないのをいいことに最高の一服を味わってる最中に、柚宮に尋ねられた。
「不良やってる気はないんすけど」
「その年で煙草を吸ってる時点でその言い逃れは賢明じゃないなぁ」
「不良じゃなくても興味本位で吸うやつはいるんじゃないっすか」
「おまけに、ど不良の蒲郡君ともつるんでるし」
「あれはまあ、なりゆきに近いなにかなので」
そもそも、中学の時に今と変わらぬ逆モヒカンにビビらなかった勘太郎が、珍しがられて気に入られたというだけの話だ。反論を聞いているのかいないのか、眼鏡をかけた少女は一人で何度も頷いてみせる。
「更には成績も悪い。これは数え役満じゃないかな」
「勉強できる不良もいると思いますよ。あと、先輩のおかげで並くらいにはなってます」
もっとも、次も同じように行くとはかぎらないが。
柚宮は、まあなんだ、とこちらを窺うように見ながら、
「聞いてる感じ、家族との不和みたいなものもないみたいだしな」
「ええ、そうですよ。母親にいたっては煙草、分けてくれますし」
「うん、やっぱり問題ありありだな」
即座に訂正する柚宮に、勘太郎は苦笑いを返しつつ、
「全部、好きでやってるだけっすよ」
それらしい答えを返し、吸いこむ。とても沁みる。
「なんとなくやってきて、どれもこれもしっくり来てるからやってるだけ」
行動の理由は、あるにはあるのかもしれないが、突き詰めて考える必要性を感じない。今、満たされているならそれでいいんじゃないか、と。
柚宮は、ふむ、と考えるように顎に人差し指と親指を当てる。
「正直、君にはもう少し、まともになって欲しいんだが」
「先輩、鏡って見たことあります」
「失礼な。ぼくほどまともな人間は、探すのが難しいだろうさ」
いつも通り自信満々に告げたあと、
「とはいえ、勘太郎君には勘太郎君なりの考えがあるのはわかった。不本意ではあるが、そう言うところも君の一部であるんだろうしね」
納得したように言った。なぜだか、ほっとする。許された感じがした。
「わかっていただけたようでなによりです」
「もっとも諦めたわけじゃないけどね。君もあのど不良もある程度は清く正しく生きて欲しいものだよ」
「あの人こそ放っておいた方がいいのでは」
我が道を行くの最上級だし、注意してどうにかなるレベルを超えているだろう。しかし、柚宮は、いやいや、諦めないよと、首を横に振った。
「手始めに、先生方に蒲郡君の夏期補習を手伝うように頼まれてるからね。その時に、少しでもいい方向に行くよう、精いっぱいつとめさせてもらうよ」
その後は、と柚宮はこれ以上にない笑みをみせる。
「一緒に夏祭りに行こう。きっと、労働の後の遊びはとてもとても楽しいだろうさ」
今からワクワクするよ。眼鏡越しの浮かれた目には、不覚にもドキリとさせられた。
早く、夏祭りが来ないかなぁ、と旅の途中なのに今か今かという気にさせられた。
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