先輩の眼鏡はよく似合う
ムラサキハルカ
ぐらーす
「君、いい目をしてるね」
四角いフレームの眼鏡をかけた少女の自信満々な物言いを
取り壊すと言って何年も放置されている通ってる高校の木造校舎。よくある、幽霊がいるいないの噂が流れているせいもあってか、人なんて肝試しシーズンくらいしかやってこないと中学の頃から良くしてもらってる
短く整えた髪にどこかふてぶてしい顔立ちをした少女は、紺色のブレザーに赤いネクタイ、チェックのスラックスを着ている。同じ色合いのネクタイとリボン、スラックスとスカートは任意に選べるものの、女子でネクタイとスラックスなのは比較的少数派だったため、髪の短さも相まって、勘太郎は一瞬同性なのかと勘違いしかけた。
「おっ、悪い子発見」
眼鏡越しに悪戯っぽい目を向けてきた少女は横合いからグイっと顔を寄せてきたのを見て、しまったな、と感じつつも、まだけっこうな長さが残ってたせいもあって、無言で煙を吐きだした。
「こらこら、無視しないでよ。先生に言っちゃうぞぉ」
小学生か。そう心の中で突っ込みつつも、実際に言われれば面倒なことになるのは間違いない。とりわけ、こっそり煙草をくすねさせてもらっている母親には、申し訳なかった。
「なにが望みっすか」
「おっ、話が速いね。そういうのぼくは嫌いじゃないよ」
言うや否や、少女は勘太郎の顔をしげしげと眺めはじめる。う~ん、と唸り眉間に皺を寄せる顔立ちは、近くで見ると異様に整っていた。それに加えて、眼鏡の角ばりが、カッコ良さを強調している。きっと、モテるんだろうな、なんて感想を持った。
しばらくしてから、少女は一人で満足げに頷いてから、
「君、いい目をしてるね」
こんな具合に、事はふりだしに戻る。
「ぼくの遊び相手になってよ」
「君、よくこんなものを好き好んで吸えるね」
「馴れっすよ、馴れ」
実際、半ば惰性で吸っているきらいはある。なんとなくうまい気がする、くらいがずっと続いているような感じがした。
勘太郎の物言いに、柚宮は、そんなものかい、とよくわからないといった体で受けいれてみせたあと、
「話を戻そう。ぼくの気が向いた時に遊んでくれればいい。それが条件だ」
どや顔で煙草の先端を向けてくる。勘太郎は危ねぇな、と思いつつも、
「そもそも、先輩も煙草を吸った時点で取引、成立してなくないっすか」
さしあたってツッコんでみた。むしろ、逆に弱みを握った分、こっちの方が有利なのではないか、という気がする。
しかし、柚宮は大袈裟に肩を竦めてみせ、
「甘いね。角砂糖を十個入れたコーヒーより甘い」
そう叫んだ。それはもうコーヒーというより角砂糖を融かしたなにかではと思ったものの、話が進まないので口を噤む。
年上の少女は自身の膨らんだ胸と勘太郎の平べったい胸を指さしながら、
「君は不良。ぼくはこう見えて、クラス級長かつ成績優良。信用度が違うよ」
自慢気に言ってみせた。決めつけるような言葉に、薄らと腹が立った。
「むしろ、それって弱みにならないっすか」
「自信があるなら訴えてみるといい。最悪でも共倒れだと思うけどね」
むしろ、余計な肩書がなくなってすっきりするかもしれないし。楽し気に口にする、柚宮を見ながら、端的に言って頭がおかしいんじゃないか、と思う。とはいえ、実際に密告したところで勘太郎にたいしたメリットなどないだろうというのも理解できた。
「一応、俺にも外せない用事があるかもしれないんで、そこら辺を考えてくれるんだったら」
色々と言いたいことはあったものの、勘太郎はこの少し頭のおかしい眼鏡女の要求を呑むと決める。
途端に柚宮は喜悦を露にしてから、
「良かった良かった。善良な若者の未来を犠牲にしないで済んだ」
などと言いながら、空いてる手でバンバンと勘太郎の肩を叩いた。思いのほか強い力と固い感触に、痛ってぇな、と感じていると、
「瀬山君」
年上の少女が呼びかけたあと、
「君はぼくのおめがねにかなった。誇りに思うといい」
眼鏡越しに凄絶に笑う。その強く温かな眼差しに、一瞬だけ息を呑みそうになったが、
「意味わかんないっすよ」
素っ気なく応じる。眼鏡で遮られていてくれて良かったかもしれない、なと感じながら。
柚宮はカラカラ笑う。
「そうかそうか。君は頭が悪いんだな」
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