第31話 最強賢者、新魔法を試す


「一旦『マジック・オーラ』を切るが、大丈夫か?」


 俺は遠くに離れたラケルに、拡声魔法を使ってそう尋ねる。

 なんだか離れ過ぎな気がするが、まあ安全性という意味では多めに離れておいたほうがいいのだろう。


「大丈夫だ。索敵魔法を使ってみたけど、周囲に魔物はいないみたいだからね」


 俺はラケルの言葉を聞いて、マジック・オーラを切る。

 すると、魔力が自分の身体に戻ってきた。


「マジック・シールド」


 言われた通り、ちゃんと防御魔法も発動しておく。

 全力で魔法を使うなら、身体能力はすべて『ソウル・リコンストラクト』に捧げ、感覚も全て失った状態で撃つ必要があるのだが……今回はテストなので、普段のパーティー戦の状態で行くか。

 この状態での威力なら、一瞬だけマジック・オーラを切るだけで使えるので、パーティー戦の途中でも使う手があるかもしれないしな。


「レイジ・オブ・イフリート」


 俺が魔法を発動すると……今までに見たこともないような白い光が、目の前を覆った。

 とっさに目を閉じるが、まぶたによる覆いさえ貫通して、光に目を焼かれそうになる。

 たまらず手で目を覆うと、着弾地点から轟音が聞こえた。


 地面が揺れ、遠くから魔物の声が聞こえる。

 だが『ソウル・リコンストラクト』によって強化された防御魔法は、なんとか持ちこたえてくれたようだ。

 目をあけると、目の前には焼け焦げた破壊痕が残っていた。


「……マジック・オーラ」


 俺はひとまず強化魔法を再発動しながら、カリーネ達のほうへと向かう。

 近付くにつれて、カリーネとラケルの声が聞こえてきた。


「僕の索敵魔法が正しいとすれば……今のアレスの魔法で、30体ほどの魔物が巻き込まれて死んだよ」

「どんな攻撃範囲だ……」


 どうやら遠くから聞こえた魔物の声は、断末魔の叫びだったようだ。

 狭い迷宮の中で、しかも道のひとつを俺の防御魔法がふさいでしまったので、余波が散逸せずに遠くまで届いたのだろう。


「ラケル、今の魔法をボスに打ち込むとしたら、何層まで倒せそうだと思う?」


 カリーネが、ラケルにそう尋ねる。

 すると……ラケルは少し考え込んでから、口を開いた。


「うーん、難しいね……95層くらいまでは一撃で倒せてしまいそうに見えるけど、実際に僕は95層の魔物を見たことがないんだ」


 確かに、見たこともない魔物の強さを判断するのは難しいか。

 しかし『魔法使いの教科書』と呼ばれるラケルが数字を出す以上は、それなりに根拠がある数字のはずだ。

 95層まで行くには結構な日数が必要だと思っていたが、これを使えば短縮できるかもしれない。


「別に一撃で倒す必要はないわけだから、この魔法があれば95層もすぐだな」

「……僕たちがついていけるかのほうが問題になりそうだね。ボスは『レイジ・オブ・イフリート』で瀕死に追い込めるとしても、道中の魔物だって95層クラスなんだ」

「もしかして私達がいても、アレスの脚を引っ張るだけなんじゃないか?」


 どうやら『栄光の導き手』の主力パーティー達は、自分たちが足手まといになっていないかを気にし始めたようだ。

 彼らが足手まといだなどというのは、とんでもない勘違いなのだが……自分を足手まといだと勘違いすることに関しては、俺も人のことを言えない立場かもしれない。


 だが俺はベルドと違って、その勘違いを放っておくことはない。

 自分だけの力で迷宮の深層を攻略することなど不可能だと、理解しているからだ。


「まさか俺一人でボス部屋にたどり着けると思ってるのか……?」

「いけそうな気がするぞ」

「なんとかなるんじゃないかな」


 いや、無理だが。

 確かに今の魔法が無限に連発できるなら単独で階層を攻略できる可能性もあるが、現実はそうではない。


「レイジ・オブ・イフリートの再発動に何分かかるか知ってるか……?」

「魔法使いと賢者でかかる時間が同じだとしたら、10分だね」

「その間、どうやって戦うつもりだ?」


 賢者の戦闘職としての最大の弱点は、攻撃スキルの少なさだ。

 魔法使いであれば『レイジ・オブ・イフリート』を撃った後も『フレイム・ブラスト』『ファイア・サークル』『ファイア・ボム』『ウェーブ・オブ・フレイム』などといった中級魔法をいくつも使えるので、そこまで深刻な火力不足を感じることはないだろう。

 炎属性に限らなければ、他にも沢山の魔法がある。

 いずれも再使用に必要な時間は10秒から数十秒といったところで、そういった魔法を交互に使っていけば、『フレイム・アロー』など撃つ必要すらないと言っていい。


 だが賢者の場合、『レイジ・オブ・イフリート』の次はいきなり下級魔法だ。

 90層くらいならできるだけ交戦を回避しつつ、どうしても戦わなければならない相手だけ倒す、あるいは脚を潰すなどして機動力を奪いながら逃げることもできるが、それ以降の階層では厳しい。

『深淵の光』では『道が分からない』などと言えば即追放されかねない状況だったので、92層までは気合で全ての道を調べたのだが……何度も死ぬような思いをしたので、二度とやりたくない。

 たとえ『レイジ・オブ・イフリート』を習得しようと、あの魔法を使えない10分間の戦力は、今上がった1レベルの分しか変わっていないのだから。


「あのやたらと強い『フレイム・アロー』で……」

「90層台で、視覚と防御力を同時に捨てろと……?」


 どうやら彼は、俺に対して過剰な期待を抱いているようだ。

 残念ながら賢者は、単独でまともな戦闘ができるような職業ではない。

 たとえ上位魔法をひとつ手に入れたとしても、そのことに変わりはないのだ。


「アレスなら、なんだかんだ単独で攻略できそうな気もするが……安全性を考えると、賛成はできないな」

「……まあ、可能かどうかで言えば可能な気もするけど、実行には移さないほうがよさそうだね。アレスを失うリスクはできるだけ避けたい」


 やはり、単独攻略は行わない方向になりそうだ。

 まあ運がよければ攻略できる可能性もゼロとは言えないかもしれないが、運任せの攻略をしなければならないほど、このパーティーは弱くない。

 6人で真面目に攻略すれば、ほぼ運とは関係なく攻略ができるだろう。

『マジック・オーラ』というスキルの最大の強みは、その強化幅というより、パーティーの5人をまとめて強化できることなのだから。


「現実的なところでいくと、ボス部屋に入る直前……今は僕が『レイジ・オブ・イフリート』を撃っているタイミングで、アレスが撃つ形がよさそうだね」

「賛成だ」


 攻略法はだいたいまとまった感じだな。

 道中の雑魚に関してはある程度のセオリーが確立されている。

 地図も作らずボス部屋へ直行するような野蛮な方法ではなく、少しずつ地図を作りながら敵による包囲を避け、安全に進める範囲を増やしていく方法だ。

 今の戦力であれば、1つの層を攻略するまでに3日もあれば十分だろう。


 早速エコーに今日の成果を報告して、明日以降の計画を立てるとするか。

 ……深層の攻略とは別に、エコーに提案したいこともあるしな。


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