第30話 最強賢者、新たな魔法を手に入れる

「気を取り直して、攻略といくか」


ベルド達を見送った後。

俺はそう言って、ボス部屋のほうを見る。


「あんなことがあった後なのに、大丈夫か?」

「薬草が集まらないと大変なことになる。止めるわけにもいかないからな」


俺はそう言いながら、ボス部屋のほうに歩き出そうとする。

だが、カリーネがその肩を掴んだ。


「『ソウル・リコンストラクト』は、防御を削るんだろう?」

「ああ。そうだな」

「一度地上に戻って、一息ついてからもう一度潜ろう。少しくらいの計画の遅れはエコーも理解してくれるはずだ」


どうやら、ずいぶんと気を使ってくれているようだ。

万全ではない状態で迷宮に入るのは危険だと言われているので、彼女が俺を止めるのは正しい判断だと言えるだろう。


正直なところ、ベルドに殺意を向けられたのが全く気になっていないとは言わない。

だが俺にとって、そもそも万全の状態で冒険ができることなど、そう多くはなかった。

『深淵の光』にいた時代も、夜中にベルド達の残した雑用や準備に追われ、寝不足でボーッとする頭で迷宮に入るのは普通だったのだ。


考えるまでもなく、『深淵の光』はひどい環境だったのだろう。

だが、そのひどい環境で過ごしてきたからこそ、身につけたものもある。


万全ではない状態でも『生き残ること』くらいはできるのも、その一つだ。

そしてこのパーティーの戦力なら、俺はマジック・オーラ以外に何もしなくても、十分にこの階層を攻略できる。


「ガドラン、今の力で、俺を守るのは難しいと思うか?」

「『マジック・オーラ』さえ維持してくれれば、たとえアレスが棒立ちでも守ってみせる」

「という訳だ。俺が動けないとヤバい階層までは行かないから安心してくれ」


タンク役がこう言ってくれれば、カリーネも安心できるだろう。

魔法使いや補助職を守るのは、彼の仕事なのだ。


「……分かった。先導は私でいいか?」

「ああ。頼む」


こうして俺達は、迷宮の攻略を再開した。

たとえ先日まで仲間だった者に殺されかけようとも、『冥界の毒雨』は待ってくれないのだ。



「待ってくれ。この分岐は右に行こう」


それから少し後。

俺は先ほどと同じように進もうとしたカリーネを呼び止めた。


「……さっきは左じゃなかったか?」

「こっちのルートでも、距離はそこまで伸びない。薬草を回収しておきたいんだ」


迷宮の道はあちこちで枝分かれしているので、ボス部屋にたどり着くルートも複数ある。

ただ階層を攻略するためだけに来たのなら左で構わないのだが、俺達が攻略を急いでいるのは、薬草を集めるためだ。

それを考えると、ここは先ほどと違うルートを進むべきだろう。


「薬草にまで気が回る余裕があるのか……」

「超人的なメンタルだね……」


カリーネとラケルがそう呟きながら、右にルートを変更する。

だが、このくらいで褒められてしまうのは流石に変な感じもするな。

マジック・オーラに効果があったことが分かったとはいえ……道案内だって、俺の仕事なのだから。



その日の夕方。

俺達は順調に5つの階層を攻略し、90層までを攻略し終えていた。

これで俺達は91層まで入れるというわけだ。


「まさか本当に、1日で91層まで来れてしまうとは……」

「この補助魔法に気付かない人間がいるのが、いまだに信じられないよ……」


攻略にかかった時間は、1層あたり1時間から2時間といったところだろうか。

ボス戦自体は過剰な戦力で押しつぶすだけだったので、何の問題もない。

攻略の合間では、スキルが再使用可能になるのを待ちながら薬草を集めていたので、こちらもだいぶ集まった。


「さて、90層に戻って、一旦はレベル上げと薬草集めに専念だな」


俺はそう言いながら、入口に繋がる扉に入る。


俺が加入する前の『栄光の導き手』の最深攻略階層が84層。

マジック・オーラの効果が11階層分だとすると、今のパーティーの戦力は、95層をギリギリ攻略できる程度と考えるべきだろう。

そこから5つ戻った階層……つまり90層が、今の俺達が余裕を持って戦える限界というわけだ。


ここから先は、1日に進んでも1層だな。

1日の最初、一番体力もスキルも充実しているタイミングで最深攻略階層を進め、後は階層を戻って、ボス部屋に入らずに薬草を集めるような感じだ。

特に、俺が攻略したことのない93層以降は、かなり慎重に計画を立てながら攻略すべきだろう。


やることは沢山ある。

薬草集めが終わったら、今度はルビーの残った魔力を使い切るまで、治癒院での治療の補助だ。


恐らくマジック・オーラは、治癒魔法にも役に立つのだろう。

今までに聞いた話を総合すると、もしかしたらルビーが治癒魔法で腕を生やせるようになったのも、マジック・オーラの影響が大きいようだ。


こう考えてみると、11層分の補助効果をかけられるマジック・オーラには、結構使い道があるのかもしれない。

そんな事を考えながら俺は、主力パーティーとともに薬草集めを続けた。


ベルド達に殺されかけた時には驚いたが……補助魔法の効果が分かったのは収穫だったな。

このスキル、まだ使い道があるかもしれない。

戻ったら、エコーに相談してみるか。


そう考えていると、頭の中でピコンという音が響いた。

同時に、目の前に半透明のウィンドウが表示される。

そこには『レベルが上がりました 82→83』と書かれている。


「……どうした?」


剣から魔物の血を払いながら、カリーネがそう尋ねた。

今カリーネが倒した魔物の経験値が俺に入り、レベルが上がったのだろう。

マジック・オーラが大きな効果を発揮するということは、多くの経験値が俺に入るということでもあるのだ。


「レベルが上がったみたいだ」

「おお! おめでとう!」

「おめでとう、アレス」


俺のレベルアップを、メンバー達が祝ってくれる。

レベルアップを祝われるのなんて、何年ぶりだろうか。

『深淵の光』にいた頃なんか、レベルアップを報告すると憎々しげに舌打ちされてしまうので、途中からは報告しなくなっていたからな。


「スキルは何か増えたか?」

「83レベルの冒険者なんて史上初だ。気になるところだね」


残念ながら賢者の場合、レベルが上がってもスキルは習得できない。

50レベルから82レベルまでの間、俺は文字通り1つもスキルを習得できなかったのだ。

きっと賢者の存在意義は、『マジック・オーラ』だけにあり、他は全て飾りのようなものなのだろう。


などと考えていたのだが……レベルアップウィンドウの下には、もうひとつウィンドウがあるのに気付いた。

スキル習得ウィンドウだ。


――――――――――

スキルを習得しました

レイジ・オブ・イフリート

炎属性

上位魔法

再使用待機時間:10分

――――――――――


「レイジ・オブ・イフリートを習得したみたいだ」

「83レベルで?」

「……ラケルと同じ魔法だな」

「いい魔法だけど、普通の魔法……」


俺の言葉を聞いて、パーティーメンバー達が口々に感想を漏らした。

あまり反応はよくないようだが、それも当然と言っていいだろう。

83レベルの人間に期待されるのは見たこともないエクストラスキルとかであって、通常の魔法使いなら60レベルで習得する『レイジ・オブ・イフリート』ではないからだ。


だが、それでも俺は嬉しかった。

もう新しいスキルを習得することなど、一生ないと思っていたからだ。

そんな中……ラケルが口を開いた。


「待ってくれ。アレスの『フレイム・アロー』が、コランダム・ドラゴンを倒せる威力なのを忘れたのか?」


ラケルの言葉を聞いて、カリーネ達は顔を見合わせる。

確かに、名前からすれば俺の『レイジ・オブ・イフリート』は魔法使いが60レベルで習得するのと同じ魔法だが、魔法使いと賢者だと、他のスキル構成が違う。

ソウル・リコンストラクトによって威力を増加させれば、結構強いのではないだろうか。


「試し撃ちしてみるか」

「……待ってくれ。ちゃんと防御魔法を使って、それと……」

「私達が離れてからにしてほしい」

「あと、薬草を取り終わった場所でやってね」


そう言ってカリーネ達が、遠くへと離れていく。

どうやら、巻き込まれたくはないようだ。

ちゃんと薬草の心配もしているあたり、流石に仕事熱心だな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る