第29話 元最強パーティー、囚人に成り下がる


「以上の経緯で俺達4人は魔法契約による拘束を受け、ラケル=ロンメルおよびアルトリア=エコーの指示に従います」


 アレス達が86層の攻略に戻ったのと同じ頃。

 ベルド達4人はラケルの命令に従い、事情を報告していた。

 もちろん、アレスの力を自分たちの力と勘違いしていた件や、強化魔法が消えたことによる力の低下を呪いと勘違いして彼を殺そうとしたことまで全てだ。


「事情は分かった。まあ想定の範囲内ではあるね」


 報告を聞き終えて、エコーはそう呟く。

 想定していた中で最悪のケースではあるが、ガドランに『アレスが攻撃を受けるのも想定し、いつでも守りに入れるように』と伝えていたのが功を奏したようだ。


 迷宮都市では、明確な犯罪などを起こさないものの、受付嬢や同業者を恫喝したり、他の冒険者を危険に晒すような行為を行ったりする者が、時々現れる。

 法で裁けない悪――いわゆる『不良冒険者』と言われる者たちだ。


 アレスがいた頃の『深淵の光』は、ギリギリ不良と言えるか微妙なラインだったが……彼が抜けてからの『深淵の光』は、まさにその典型と言っていいだろう。

 こういった冒険者を更生させ、ちゃんとした冒険者に鍛え直すことは、ギルドや大手パーティーの裏の役目の一つだと言われている。

 その過程では、グレーな手段を使って不良冒険者を罠にかけるようなケースも多いが……そういった微妙なバランスで、迷宮都市の治安は保たれている。


「元々の予定では、通常の不良冒険者更生プログラムを受けてもらうつもりだったんだけど……アレスを殺そうとした以上、そういう訳にはいかないね」


 通常の更生プログラムというのは、ギルドが行っている『強制労働』と似たようなものだ。

 これは懲罰というより、依頼を通してまともな冒険者としての稼ぎ方と依頼の選び方を教え、段々とまともな冒険者へと変えていくのが目的だ。


 態度がいいようであれば休みももらえるし、ある程度の自由も認められる。

『もう自由にしても問題ない』という判断が下れば、その時点で借金が帳消しになるケースすらある。

 実際、今いるメンバーのうち何人かは、こうして更生した元不良冒険者だったりもする。


 だが……こういった通常の更生プログラムが使えないケースも少なくはない。

 不良冒険者が実際に犯罪を冒し、『不良』から『犯罪者』になってしまったようなケースはその一つだ。


「犯罪者になっちゃうと扱いが面倒だから、犯罪はやめてほしかったんだけどな……」


 そう呟きながら、エコーは彼らの供述を書類にまとめていく。

 この場合、エコーは彼らの犯罪行為を衛兵に通報する義務がある。

 いくら大手ギルドの『栄光の導き手』であっても、勝手に犯罪者を匿うことはできないからだ。


「入って、部屋の入口までまっすぐ進んで」


 そう言ってエコーは、『栄光の導き手』事務所の一室にある、地下に続く扉を開ける。

 アレスが治癒院に行った時とは違う扉だ。


 ベルド達の意思とは無関係に脚は動き、前へと進んでいく。

 そして何度かの曲がり道を経て、たどり着いた場所は……まるで牢獄のような場所だった。

 狭い独房のような部屋の中では、多くの囚人たちが座っている。

 その体は青白くやせ細り、まるで何年も陽の光を浴びていないように見えた。


(まさか、俺達もこうなるのか……!?)


 ベルド達の心が、恐怖に支配される。

 今すぐ逃げ出したくなるが、脚はまったく動かなかった。

 契約魔法が、彼らの体を縛っているのだ。


「新入りか」


 地下牢の入口で立ち止まった彼らに、古傷だらけの男が話しかける。

 その顔を見て、ベルドは驚いた。

 目の前にいるのが、有名な顔だったからだ。


 20年前に、『迷宮の牙』と並び立つ上位パーティーとして有名だった『暴王』。

 そのリーダーであったザアクが、目の前にいたのだ。


「おい、返事をしろよ」


 彼の言葉を聞いて、ベルドたちは震え上がった。

『暴王』が活躍していたのは20年も前だ。

 にも関わらず、彼らが今でも有名なのには理由がある。


 それは彼らの素行が、極端に悪かったからだ。

 ただ目があったというだけの理由で人を殴り、迷宮で依頼対象がかぶろうものなら、競争相手を殺してでも奪い取る。

 当時は迷宮都市の治安も今よりずっと悪かったので、『不良冒険者』というくらいの扱いだったが……今の時代に彼らがいれば、まず間違いなくただの重罪人として扱われたことだろう。


 そうしてついたあだ名が『暴王』。

 元々は別の呼び名だったはずのパーティーなのだが、このあだ名を本人が気に入って、正式なパーティー名としてしまったのだ。


 彼らは15年ほど前に姿を消し、迷宮で全滅したのだと言われていた。

 そんな顔が目の前にいれば、怯えるのも無理はないだろう。

 実際のところ、今の彼は徹底的な再教育を経て、すっかり忠実なギルドの下僕になっているのだが……ベルド達がそのことを知るはずもないのだから。


「ああ、ごめん。魔法の縛りを外し忘れてたよ。……彼はこの地下牢の看守にして最初の囚人、ザアクだ。彼の言うことは聞いていいよ」


 彼らは気付いていないが、この牢獄はギルドの地下に位置している。

 ギルドを通らせるわけにはいかない囚人も多いため、ギルドを経由しない地下通路もいくつかあるのだが……この地下牢自体の運営者は、冒険者ギルドだ。


『迷宮内での犯罪には、天罰が下る』というのは、冒険者の間では有名な話だ。

 評判の悪いパーティーの全滅が相次いだので、こういった噂が出たのだが……実は全滅したと思われていたパーティーの多くは、この地下牢に送られていたのだ。

 20年ほど前から迷宮の治安は劇的に改善し、迷宮内盗賊はほぼ消滅したと言われているが……その理由は、この地下牢だったりする。


「こいつらの罪状はなんですかい?」

「殺人未遂」

「更生プログラムで追い詰めすぎて、仕方なく犯罪に走った……みたいなパターンじゃねえんですかい?」


 不良冒険者更生プログラムは多くの場合、依頼などの形で対象を罠にかけ、借金を負わせるところから始まる。

 これ自体がややグレーな手段なので、その途中で犯した犯罪については、少しだけ情状酌量の余地が認められることもあるのだ。

 だがエコーは、首を横に振った。


「そういう面はあるけど、元々そういう犯罪者だと考えていいと思うよ。コランダム・ドラゴン出現中の64層に、パーティーメンバーを一人で置き去りにしたわけだからね」

「……ただの殺人じゃねえか」

「相手が強すぎて、未遂で済んだんだよ。普通は殺人だね」


 迷宮内での置き去りは、表向き無罪ということになっている。

 対象者を殺すのは迷宮のモンスターであって、置き去りにした冒険者たちではないからだ。

 本当に殺意があったのか、ただ喧嘩をして迷宮内で別れたのかを判別できない以上、彼らを犯罪者として裁くのは難しい。


 だが、それは地上の法律の話だ。

 彼らがアレスを迷宮に置き去りにし、それが事実だと認定された時点で、『深淵の光』への制裁措置は動き始めていた。

 よく『迷宮では犯罪の証拠が残らないので、地上の法は通用しない』と言われるが……地上の法で裁けない犯罪は、地下の掟によって裁かれるのだ。


「分かりました。じゃあこいつらは殺人者同様の扱いってことでいいですかい?」

「ああ。それで構わない」


 エコーの言葉を聞いて、ザアクは笑みを浮かべた。

 こういった凶悪犯の心を折り、まっとうな人間に叩き直すことが、今の彼にとっての喜びだからだ。

 二度と地上に出ることを許されないザアクにとって、唯一の楽しみと言えるだろう。


「じゃあ、契約魔法の縛りはもっと緩めてくだせえ。魔法で勝手に動かされたんじゃ、労働が心に響かねえ」

「分かった。……『この地下牢獄から出るまでの間、他人を傷つけることと脱走を企てることを除き、自由な行動を認める』これでいいかな?」

「バッチリです。後はお任せを」


 ザアクはそう言って、事務所へ戻るエコーを見送った。

 こうして、つい1ヶ月ほど前まで迷宮都市最強パーティーとして君臨していた『深淵の光』は、地下牢の囚人にまで成り下がってしまったのだ。


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