第28話 最強賢者、自分の強さに気付く


「しかし、アレスが自分の強さを理解していない理由がようやく分かったよ。……周りが全員勘違いしていたら、本人が勘違いするのも納得がいく」


 アレスはベルド達を見下ろしながら、そう言って頷く。

 それを見て、ガドランが口を開いた。


「『マジック・オーラ』がある時とない時では、力が全然違うんだろう? 普通は気付かないか?」

「恐らく『マジック・オーラ』を使い始めた当初は、本当に効果が薄かったんだろう。効果が強くなった後で、もし彼が一度でも『マジック・オーラ』をサボっていれば気付いたのかもしれないけど……本当に魔法を切らしたことがないんだろうね」


 彼が言う通り、俺はマジック・オーラを切ったことはない。

 たとえ効果が小さいとしても、わずかな差が戦闘の感覚に影響を与えるというのは、よくある話だ。


 攻撃要員としては大して役に立てないので、補助魔法くらいは維持するのが、最低限の努めというもの。

 今も昔も、そう思っていたからだ。


「一応聞くけど、今まで本当に、この魔法が効いている自覚はなかったの?」

「……効いている気がすることはあったけど、これはあくまで補助魔法だ。効果は受けている本人に効いて判断するのが基本だ」


 ラケルの言葉を聞いて、俺はそう答える。

 俺は今までまったく何も考えずにこの魔法を維持したり、筋力を削ってまで強度を上げたりしていた訳ではない。

 魔法の出力を上げると、他のメンバーの戦いが少し調子がいいような気がしたからこそ、できる限りの強度を維持していたのだ。


 しかし、あくまでこれは強化魔法だ。

 自分で効果を確かめることができない以上、その効果は魔法を受ける者たちの体感で判断することになる。


 そして10年近く『深淵の光』で冒険をしていて、俺は一度も『補助魔法が効いている』などと言われたことはない。

 そんな状況で『彼らが強かったのは俺の力だ』などと言えば、それこそ妄想の激しい人ということになってしまう。


 自分ひとりと、他のメンバー4人全員の意見が違うのであれば、間違っているのは俺の方。

 そう考えるのは、ごく自然というものだろう。

 当時の『深淵の光』5人の中で『アレスの補助魔法を受けたことがない人間』が俺一人となれば尚更だ。


「まあ、いきなりこう言われても信じきるのは難しいかもしれない。証明してみようか」


 そう言ってラケルが、杖を『深淵の光』の背後にある壁に向ける。

 どうやら魔法を使うつもりのようだ。


「コンスタント・ファイア・ボール」


 彼が使ったのは、威力がステータスだけに影響される、いわゆる『コンスタント系魔法』と言われる魔法の一種だ。

 普通の魔法なら魔力操作などによって威力を加減できたりするのだが、この魔法は加減が一切効かない。

 そのため戦闘では実用性がないものの、魔力の大きさなどを他の人に伝える際などに使われる魔法だ。


 火の玉は『深淵の光』のメンバー達の間をかすめながら、壁に当たって爆発を起こした。

 この魔法自体はかなり威力が低いのだが、やはりラケルのステータスがあれば、かなりの威力にはなるようだ。


「アレス、僕だけ強化魔法を切ってくれ」

「分かった」


 俺はそう言って、彼の『マジック・オーラ』を解除する。

 迷宮の中で強化魔法を切るのは、追放された時以来だな。


「コンスタント・ファイア・ボール」


 今度の魔法は、確かに威力が弱かった。

 爆発にも勢いがないし、魔法としての格がまったく違うように感じる。

 確かに同じ魔法でこれだけの威力差があるなら、11層分の違いというのも納得がいく。


「強化を戻して」

「分かった。マジック・オーラ」


 俺は爆発の跡を見ながら、補助魔法を再発動する。

 爆発の跡も、威力の差を物語っているな。


「さて……これで、マジック・オーラの効果が分かったかな」

「ああ。理解できた」


『魔法の教科書』と言われるラケルだけあって、これ以上ないくらい簡潔で分かりやすい証明だった。

 どうやら俺が今までマジック・オーラを使い続けてきたのは、無駄ではなかったようだ。


 俺が『栄光の導き手』に入った直後、このメンバーが84層で止まっていたのが信じられない気持ちだったが……それも『マジック・オーラ』の影響なのかもしれない。

 もしマジック・オーラに11層分の効果があるとしたら、俺の補助を受けた彼らの実力は、最深攻略階層95層相当ということになる。


 そこから10層も戻った85層なら、楽勝に感じるのも無理はないだろう。

 今まで『栄光の導き手』のメンバー達が、ことあるごとに自分たちの力を『アレスの補助のお陰だ』と言ってくれていたのは、恐らく本心だったのだ。

 嬉しいような、今まで効果がないと思いこんでいたのが悔しいような……複雑な気持ちだ。


「さて、君たち。気付いていなかったせいとは言え、アレスの力を自分の力と勘違いして、ここまで誤解を植え付けた罪は重いよ」


 そう言ってラケルが、また『深淵の光』に目を向ける。

 彼らは怯えたり怒ったりしながらなにか言おうとしているが、ラケルの『動くな』『口を開くな』という命令に逆らえないようだ。


「アレス、彼らを一度、階層の入口まで送っていいかな? 契約魔法の拘束力が働いている状態では戦えないんだ」

「ああ。構わない」

「ありがとう。……ついてこい」


 そう言ってラケルが、彼らを連行し始めた。

 階層を攻略しにきたはずが、どうしてこうなったのだろう。


 ◇


「お前たちは寄り道をせずに『栄光の導き手』の事務所に向かい、エコーの指示に従え」

「「「「はい」」」」


 命令を受けて門をくぐっていく『深淵の光』を見送って、ラケルがため息をついた。

 なんだか心労が大きそうな感じだ。


「本当は、普通に更生させてほしいって頼まれてたんだけどね……」


 魔法契約書を懐にしまいながら、ラケルがそう呟く。

 普通に更生……というのは、魔法で縛らずにということだろうか。


「頼まれてたって、誰にだ?」

「ギルド支部長とエコーだよ。……彼らはちゃんと仕事をする意識さえ持ってくれれば、ギルドの戦力としてもそれなりに役に立つはずだったんだ」


 確かに、ラケルの言葉は一理ある。

 たとえ補助魔法で11層分の補助が追加されていたとしても、彼らの最深攻略階層は81層だということになる。

 80層を越えているパーティなど珍しいので、彼らが仕事熱心になり、依頼主のために働くようになれば、普通に優秀なパーティーとしてやっていけただろう。


 だが俺が所属していた時代から、『深淵の光』の評判が悪かった。

 階層は攻略できるが、人々の役には立たないパーティー……というのは、恐らく間違った評価ではないだろう。

 もちろん、改善のための努力をしていたとはいえ、彼らを止められなかった俺にも責任はあるのだが。


「まあ不良冒険者の更生は、ギルドもエコーも経験が多いはずだ。後は彼らに任せておけば大丈夫だろう」

「……たとえ更生しようとも、アレスを殺そうとした罪は償ってもらう必要があるけどね」


 そう呟きながら、ラケルは『深淵の光』が通った門を見る。

 どうやら彼らの未来は、あまり明るいとは言えないようだ。


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