第27話 最強賢者、命を狙われる


「エリア・ハイ・ヒール」


 ルビーが魔法を発動すると、全員の傷が治っていく。

 どうやら全員無事なようだ。


「な、何で『栄光の導き手』がここに……お前らは86層なんか入れないはずだ……」


 地面に座ったまま後ずさるベルドを見て、カリーネが呆れ顔を浮かべる。

 ピンチの状況を助けてもらったのに、お礼の一つもなく悪口とは……呆れるのも納得がいく。


 などと考えつつ俺は、状況を見回して……違和感に気付いた。

 このパーティーに入ったはずの、ライムがいないのだ。


「ライムはどこに行った?」


 まさか俺の時のように、迷宮の中で追放でもしたのだろうか。

 だとしたら、彼女を助けに行く必要がある。

 そう考えたのだが……。


「ライムは無事だよ。『深淵の光』を抜けて、ウチの入団試験を受けるみたいだ」


 カリーネの言葉を聞いて、俺は胸をなでおろした。

 彼女がすぐに抜けているあたりを見るに、相変わらず『深淵の光』は補助職の扱いが悪いのかもしれない。

『栄光の導き手』はいいパーティーなので、彼女が合格することを祈っておこう。


「それよりベルド、なぜ君がここにいる。ギルドは君たちを指名して、70層台の薬草集めを依頼したはずだ。それも破格の条件……たった1ヶ月で、10億以上の報酬まで出して」


 ずいぶんと詳しいみたいだな。

 なぜ他のパーティーが受けた依頼の報酬まで知っているのだろう。

 そう考えていると……ベルドが吐き捨てた。


「70層台の依頼なんか、雑魚がやる仕事だ。俺達がやることじゃねえ」

「……現実を見たほうがいい。我々が助けに入らなければ、君たちは全滅していたぞ」


 ベルドを見下ろしながら、カリーネがそう告げる。

 俺が知っている『栄光の導き手』はこんな階層で苦労するようなパーティーではなかったのだが……今の戦況を客観的に見る限りだと、カリーネの言葉は正しいと言わざるを得ないだろう。


 などと考えていると……ベルドが剣を掴んだ。

 彼はかがんだ姿勢から一気に踏み込み、俺めがけて剣を突きこもうとする。


「……は?」


 俺が反応するよりも早く、ガドランが動いた。

 ガドランは俺とベルドの間に盾を割り込ませ、彼の剣を弾く。

 完全な不意打ちだったはずだが……熟練の盾役というのは、こうも反応が速いものなのか。


「お前のせいだ! お前が呪いをかけたんだろう!」


 ガドランの盾にはばまれながらも、ベルドがそう喚く。

 完全に冷静さを失っている様子だ。


「呪い……? 何を言って……」

「おい! 誰でもいいからアイツを殺せ! 呪いは術者を殺せば解けるんだ!」

「でも『栄光の導き手』が……」

「全員殺せばいい! 俺達なら……本来の力さえ取り戻せばやれるはずだ!」


 言っていることが滅茶苦茶だ。

 呪い? 術者?

 確かに、彼らが本来の力を失っていることは分かるが……それがなぜ、俺を殺そうとすることにつながるのだろう。


「アレスさえ差し出すなら、危害は加えないわ! さもなくば……殺す!」

「ランペイジ・シールド!」

「レイズ・オブ……」


 どうやら冷静さを失っているのは、ベルドだけではないようだ。

 ガドランに抑え込まれているベルドの指示に従って、ピア、マルク、レミの3人が動こうとする。

 他のメンバーは無視して、俺一人を狙う作戦のようだ。


「動くな」


 ラケルが彼らを制止するが、もはや言葉で止めるような段階ではないだろう。

 俺はとっさに、防御魔法を発動しようとする。

 何が起こっているのかは理解できないが、このままでは危険だということは分かる。


 だが……彼らの動きは途中で止まった。

 まるでラケルの言葉に、従ったかのように。


「武器を地面に下ろし、地面に跪け」


 ラケルの言葉とともに、彼らが武器を投げ捨てる。

 その動きは自分の意志というより、魔法か何かで強制的に動かされているように見える。


「なぜ……お前が、それを……!?」

「質問をするのは僕だ。無駄口は叩くな」


 ラケルのほうを見てみると、彼は杖ではなく1枚の紙を彼らに突きつけていた。

 それは借金に関する契約書のようだが……その中の一文が、紫色に光っているのが見える。

 恐らく、魔法契約書だな。


 光っている一文は『金を借りた者が返済に関係する行動の中で犯罪行為を行った場合、ただちに返済は失敗したものとして扱い、滞納時の条件を適用する』と書かれている。

 ……『深淵の光』は、ラケルに金を借りていたのだろうか?


「どうする? 殺そうか?」

「アレスの判断次第だな。今のリーダーも、命を狙われたのもアレスだ」


 ラケルの言葉に、カリーネがそう答える。

 迷宮内で他人に危害を加えようとすれば、殺されても文句を言えないのは当然だろう。

 その判断は俺に委ねられているようだが……あまりにも状況が意味不明すぎる。


「……何が起こってるんだ?」


 俺の質問は当然と言えるだろう。

 苦戦しているパーティーを助けたと思ったら、そのパーティーに命を狙われて、それから10秒と経たないうちに今度は命令に従い始めたのだ。


「そうだね、彼らに説明してもらおうか。……今からの僕の質問に対して、正直に答えろ。それ以外では口を開くな」


 ラケルの言葉とともに、また魔法契約書が光る。

 先ほどから『深淵の光』が彼の命令に従っているのは、この契約書が理由のようだ。

 契約内容を見る限り、やろうと思えば本人の意志すら完全に奪える……最も強力なタイプの奴隷契約みたいだな。


「まずアレスを殺そうとした理由の確認だ。君たちはアレスが抜けた後で急激に弱体化し、それをアレスのかけた呪いだと考えた。そしてアレスの命を狙おうとした。……合ってるかな?」

「「「「はい」」」」


 ラケルの言葉に、全員が一斉に頷く。

 なるほど、それで俺を殺そうとしたのか。


「君たちの力が、本当はアレスの強化魔法によるものだと、一度でも考えたことはある?」

「「「「ありません」」」」


 まあ、そうだよな。

 今この質問をする意味はよく分からないが、普通は考えないだろう。


「その理由は?」


 ラケルの言葉を聞いて、彼らは口々に違うことを言い始める。

 言葉が混ざってよく聞こえない。


「ベルド、代表して答えろ」

「パーティーの結成直後に、スキルの効果を検証したんだ。それで、ほとんど効果はないゴミスキルだと分かった」

「……そう思ったのに、なぜアレスにスキルを使わせ続けた? 魂の再構築ソウル・リコンストラクトなんてハイリスクなスキルまで使わせて……」

「自覚できないレベルの効果でも、アレスが自分で戦うよりは役に立つと思ったんだ」


 彼の言葉を聞いて、パーティーメンバー達が呆れ顔をする。

 俺達からすれば当然の答えに聞こえるが、呆れる要素はあったのだろうか。


「なるほどね。検証をした時には意味がなかったが、後から効果が出てきたってことか」

「いずれにせよ、こいつらが逆恨みでアレスを殺そうとした犯罪者であることに変わりはない」

「そうだね。……やりすぎな気もしたけど、強制力の強い契約書を作っておいてよかったよ」


 アレスとカリーネが、ベルド達を見下ろしながらそう告げる。

 カリーネの言葉も言う通りだ。


 だが……彼らが命令に従っている以上、急いで殺す必要はないようにも感じる。

 殺した後では、取り返しがつかないのだから。


「この契約書、期限はいつまでなんだ?」

「彼らが死ぬまでだ」


 死ぬまでの奴隷契約か。

 そう考えると、死とどちらがマシな刑罰なのかは難しいところだな。


 少なくとも、彼らのような高ランク冒険者をタダでこき使えれば、とても役に立つのは確かだろう。

 特に今のような、迷宮産の薬草が人類の未来を左右するようなタイミングなら尚更だ。


「彼らを殺すかどうかは、少し考えさせてもらっていいか?」

「分かった。君が命令すれば、いつでも殺すことにしよう。……それまで彼は、エコーの命令でこき使うってことでいいかな?」

「ああ。そうしてくれ」


 どうやら彼らは当分、『栄光の導き手』が使える無料の労働力ということになるようだ。

 とりあえず判断を先延ばしできたことに安堵しつつ、俺はもう一つ気になったことを尋ねる。


「俺が抜けてから、『深淵の光』は弱体化したのか?」

「ああ。正確に言えば、君の『マジック・オーラ』による強化分がなくなった」

「……『マジック・オーラ』には、そんな効果があったのか?」

「エコーによる試算だと、君の魔法には11階層分ほどの効果がある。歴史上最強の強化魔法と言っていいだろうね」


 なんてことだ。

 今まで効果がないと思っていた『マジック・オーラ』は、本当は強いスキルだったのか……?


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