第26話 最強賢者、元最強パーティーに遭遇する
「さて、これで準備は済んだな」
「今日は何層までいけるかな」
「楽しみ」
薬草について聞いた翌日。
俺は主力パーティーとともに、迷宮へとやってきていた。
今日は86層から攻略を始める訳だが、俺が立てた作戦は極めて簡単だ。
最短ルートで突撃して、最大火力でボスを倒す。
『深淵の光』で今まで使われてきた、由緒正しき攻略法だ。
別にふざけている訳ではない。
今回のメンバーからすると、86層などというのはまともに戦うような階層ではない。
無駄な労力を使わずに最短で踏み潰して、使ったスキルが再使用可能になるまでの間は薬草集めをする。
そしてスキルが使えるようになったら、また次の層を攻略する。
俺が知っている92層までは、この方法で十分に攻略が可能だろう。
この作戦が失敗する可能性はほぼゼロと言っていい。
一つだけ可能性があるとすれば、裏ボスの出現くらいだろうか。
一部の階層では、階層の最奥部の『ボス部屋』とは別に、通常エリアにボスが出現することがある。
俺が前に戦ったコランダム・ドラゴンなどが、その一例だ。
出現頻度は低いが、いずれも階層の割には非常に強いため、多くの死者を生んできた存在だ。
裏ボスを倒せる自信がないパーティーの場合、『最短で攻略して、二度と立ち入らない』というのが基本的な対策になる。
滞在時間を減らすことによって、運悪く裏ボスと戦うのを回避して、生存率を上げるというわけだ。
こういったパーティーが多いので、裏ボスが出るような階層の依頼は、周辺にある他の階層より値段が高かったりもする。
だが85層以降に関しては、そもそも情報がほとんどない。
今までに立ち入った記録があるパーティーは『深淵の光』だけなのだから、当然といえば当然だろう。
裏ボスの出現階層は10~20階層ごとにひとつと言われているので、85層から95層の間にも、単純計算でひとつくらいは裏ボスが出る階層があってもおかしくないのだ。
「今日気をつける必要があるのは、裏ボスだけだ。……もし遭遇したら、入口かボス部屋、どちらか近い方に逃げ込むぞ」
「分かった。今日はアレスがリーダーだ。指示はアレスが出してくれ」
俺の言葉を聞いて、カリーネがそう告げる。
ボス部屋に『逃げ込む』というのはおかしな表現だが……ボスさえ倒してしまえば入口につながる扉も開くし、その階層をスキップして次の階層に直接飛ぶこともできるので、実は悪くない選択肢だったりもする。
「了解。……カリーネとルイーネは前衛で敵を倒しながら進んでくれ。後衛はガドランが守れる範囲から離れないこと」
「「「了解!」」」
ずいぶんと短い作戦会議だ。
とはいえ、必要十分といえるだろう。
とにかく最短で……裏ボスが湧かないうちに攻略するのが、最も重要なことだからだ。
そこさえ失敗しなければ、今回の攻略は絶対に失敗しない。
「86層」
裏ボスが現れないことを祈りながら、86層に向かう扉を開いた。
◇
それから数分後。
俺達のパーティーは、極めて順調に最短ルートを進んでいた。
だが……その途中で、俺は異変に気付いた。
「止まってくれ」
俺の言葉を聞いて、カリーネ達がすぐに歩みを止める。
……この層の地理を知っているのが俺だけとはいえ、こんな豪華なパーティーが俺の指示ひとつで言うことを聞いてくれるなんて、まるで夢でも見ているみたいだな。
だが残念ながら、これは夢ではない。
俺達は誰一人動いていないにも関わらず、音が聞こえる。
それも、遠くから。
「これは……裏ボス?」
ルビー=メルムが、俺にそう尋ねる。
人体にはとても詳しいが、戦いにはあまり詳しくないのかもしれない。
裏ボスの攻撃は、この程度の音で済む訳がない。
「いや、普通の魔物と人間が戦っているみたいだ。……元々の予定からは外れるが、助けに向かっていいか?」
聞こえる音で、なんとなくの戦況は分かる。
ガシャガシャという音は、『グラファイト・シザーズ』というカニの魔物の歩行音だ。
ここに来る途中で、ルイーネやカリーネが一撃で倒していたのと同じ魔物だな。
そして、魔物の爪が激突する音に混じって、甲高い金属音も聞こえる。
この音にも聞き覚えがある。
結界系のエクストラスキル『アダマント・ドーム』だ。
このスキルは周囲すべてを囲う、極めて頑丈な防御壁を展開してくれる。
防御力という面では、世界でも最強クラスと言われるスキルだが……これを展開している間は反撃もできないため、敵に囲われてしまう可能性も高い。
ピンチの時に態勢を立て直したりするのには使えるが、このスキルを使うことになっている時点で、かなりの苦戦と言って間違いはないだろう。
「リーダーはアレスだ。アレスが決めてくれ」
「俺達は迷宮冒険者規範に従う。全力で助けてくれ」
迷宮冒険者規範。
すべての冒険者が一度は聞くことになる、冒険者としての心得だ。
規則としての強制力はないが、基本的に冒険者はこれに従うべきだとされている。
その中には、『自分たちに危険がない限り、迷宮内では助け合う』というものがある。
今の俺達の戦力で、グラファイト・シザーズが相手なら、危険はほぼないと言えるだろう。
「了解!」
「ウィンド・ウォーク」
そう言ってルイーネ達が全力で踏み込み、急激に加速する。
ラケルも魔法を使い、凄まじい速さで飛んでいった。
俺はガドランとルビーと一緒に、ルイーネ達の向かったほうへ走る。
そしてたどり着いた時には……すでにアダマント・ドームの周りの魔物は全滅していた。
だが、周囲の状況は凄惨だった。
あちこちに人の血が飛び散り、人の腕すら転がっている。
死体は見当たらないが……恐らく全滅寸前の状態で、ギリギリで『アダマント・ドーム』を発動したのだろう。
転がっている腕には見覚えがあった。
というか、間違いようがない。
その腕は『深淵の光』のリーダーであるベルドの武器として有名な『深淵の鋭剣』が握られていたからだ。
アダマント・シールドに隠れて、中の様子は見えないが……少なくともベルドが腕を失ったのは確かだ。
いったい何があったというのだろう。
しかし、俺が知る『深淵の光』は、グラファイト・シザーズごときに苦戦するような相手ではない。
確かに彼らは無謀な感じで戦うようなこともあったが、その無謀を押し通せるだけの実力があったのだ。
「これ、『深淵の光』みたいだけど……治しても大丈夫?」
「当然だ。迷宮冒険者規範には、命がかかった場面で恨みを引きずれなんて書いてない」
俺はルビーの言葉にそう答えるが、アダマント・ドームは解除されない。
このスキルは音すら遮断してしまうので、外の音は聞こえないのだろう。
だが怪我の様子を見る限り、このままアダマント・ドームの効果時間終了を待っていれば、命に関わる。
「ルイーネ、壊せるか?」
「試してみよう。 ……パワー・クラッシュ」
ルイーネはそう言って、下級攻撃スキルを発動した。
防御系のエクストラスキルを相手に、このスキルでは分が悪いはずだ。
もう少し強いスキルを使ってもいい気がするが、中にいる人間を巻き込むのを恐れたのだろうか。
そう考えていたが……アダマント・ドームはあっさり崩れた。
『深淵の光』と『栄光の導き手』の間には、そこまでステータスの差があったのだろうか。
それともグラファイト・シザーズごときに、防御が壊れる寸前まで削られていたのか……?
そんな思考は、目の前の光景でかき消された。
片手を失ったベルドと、グラファイト・シザーズのハサミと思しき傷を負って横たわるメンバー達。
俺の中にある『深淵の光』のイメージとは似ても似つかない光景が、そこには広がっていた。
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