第25話 最強賢者、薬草を集める


「ギルドによる調査の結果、水の毒は迷宮都市上水道の取水地――ランド湖に由来するものだと分かった」


 エコーに毒のことを報告した3日後。

 俺達は『栄光の導き手』のパーティー事務所に集められ、エコーの説明を聞いていた。


 ランド湖といえば、このあたり一帯の地域すべてに水を供給している、一大取水池だ。

 そこが汚染されたとなると……迷宮都市の人々は、乾き死にか毒で死ぬの、どちらかを選ばされることになるだろう。


「誰かが湖に毒を入れたってこと?」

「違う。井戸水とかも全部ダメだったから、たぶん雨。……『冥界の毒雨』の再来って言えばわかりやすい」


 ルビーの言葉を聞いて、多くのメンバーが青ざめた。

 冥界の毒雨――およそ600年前、魔法毒を含む雨が世界中で降り注いだ事件だ。

 飲水の汚染などによって人口の8割以上が死滅し、生き残った人間も後遺症などが残ったケースが多いと言われている。

 社会が崩壊してしまったので、当時の記録はあまり残っていないが――いずれにせよ、人類史上最悪クラスの大災害であることは確かだ。


「他地域の状況は調査中だけど、今までに集まった状況を見る限りでは……この大陸の川や湖は全部汚染されていると考えたほうがよさそうだね。毒の濃度は薄いけど、抵抗力が弱い人が飲み続ければ、1ヶ月くらいで症状が出始めるかもしれない」

「多分、毒の濃度は『冥界の毒雨』より上。2倍くらい」


 エコーとルビーの言葉に、何人かのメンバーが頭を抱える。

 前回の濃度でも8割死んだなら、2倍の濃度ならどれだけの問題になるのか……。

 下手をすれば、ここで人類の歴史は終わりかもしれない。


 とはいえ、明るいニュースもある。


「迷宮都市の水は、もう綺麗になってるよな?」


 俺は他のメンバー達が絶望してしまわないように、ルビーにそう尋ねる。

 確かに報告した日と翌日は、水に毒が混ざっていたので、できるだけ飲まないように気をつけていたのだが……今日は水がきれいだったのだ。


「うん。現代の魔法解毒薬があれば、『冥界の毒雨』くらいは簡単に解毒できる」


 どうやら600年前なら最悪の大災害も、現代では薬ひとつで解決のようだ。

 水道水がきれいなところを見ると、恐らく上流で魔法解毒薬を混ぜているのだろう。


 しかしランド湖から水道に流れている水は、莫大な量のはずだ。

 いくら毒の濃度は薄いとは言っても、万単位の人口を支える量の水をすべて解毒しようとすれば、それ相応の量の解毒薬が必要になるだろう。

 魔法解毒薬というのは、そこまで大量に備蓄されているものなのだろうか。


「でも魔法解毒薬は、あと10日分しかない」

「他の上水道でも必要だとしたら、更に減る可能性もあるね」


 ……どうやらダメだったみたいだ。

 現代の技術も、圧倒的には物量には勝てないらしい。


 そう考えたところで、俺は昨日までの任務のことを思い出した。

 昨日と一昨日、俺達はひたすら迷宮のあちこちを駆け回り、薬草を採取していた。

 俺達のパーティーは、2日かけて70層から84層までの薬草採取ポイントを全部制覇することになったのだ。


「やたらと薬草ばかり集めていたのは、そういうことか」


 カリーネも、俺と同じ結論にたどり着いたようだ。

 その言葉に、エコーは頷いた。


「ああ。魔法薬の材料は、迷宮産の薬草だからね」


 薬草に限らず、新しくて便利なものは、ほとんどが迷宮から採れたものを材料にしている。

 折れにくい刃物も、よく効く薬も、夏に涼しい環境を提供してくれる『冷風魔法石』だってそうだ。


 迷宮産の品々がなければ、文明はそれこそ『冥界の毒雨』で人口の8割が死んだ時代に戻ってしまうことだろう。

 逆に迷宮さえちゃんと活用できれば、こういった災害にも立ち向かえるというわけだ。


「というわけでみんな、これから85層以下の薬草はすべて、生えてきてすぐに採取することにしたい。生えてくる周期と場所の情報はある程度揃ってるけど、揃ってないところは定期的に巡回してもらう。ウチの人数だけじゃ24時間は担当できないから、明日以降の分担は他のパーティーと相談中だ」


 どうやらギルドは、生えてくる薬草を定期的に取り尽くすつもりのようだ。

 迷宮外の植物と違って、1本も残さずにむしってしまっても次が生えてくるのはありがたいな。


「状況共有は以上だ。第一部隊とアレスだけは残って、他のメンバーは薬草探しを始めてほしい」


 エコーの言葉を聞いて、他のメンバー達はパーティー事務所を出ていった。

 どうやら、俺達だけ居残りみたいだ。


「さて、君たちに残ってもらった理由だけど……実は85層までの薬草を全て取り尽くしても、この国で必要な量には到底足りない可能性が高いんだ」

「どれくらい集まるんだ?」

「2割から3割……といったところかな。迷宮都市と王都は守れるかもしれないけど、他の都市は全滅するだろうね」


 ……思ったより派手に足りていないんだな。

 他国にも迷宮都市はあるので、足りない分は輸入……と言いたいところだが、『冥界の毒雨』は当時、人類の生息圏のほとんどを襲ったと言われている。

 今回も同じだとすれば、他国も余裕はない可能性が高いだろう。


「という訳で、85層より先の薬草を集める必要が生じたんだ。理論上、95層くらいまで集められれば必要量は足りる」

「85層までだと2割しかないのに、たった10層だけで残りが全部埋まるのか?」

「ああ。深層の薬草は、桁違いの効果を持っているからね」


 そこまで差があるのか……。

 どうやら、この国の人々の過半数の命は、薬草を集める冒険者たちに委ねられてしまったらしい。


 まあ、こういうことがあるからこそ、迷宮の最深攻略階層更新には高い報奨金が出るのだろう。

 攻略自体は何か人類の役に立つわけではないが、いざとなった時に階層を攻略できるパーティーがあるかどうかは、国の命運すら左右するからだ。


 しかし、そうなると気になるパーティーがある。

 凄まじい攻略能力を持ち、その階層攻略報奨金を独占してきたパーティーが、この迷宮都市にはあるのだ。

 近くで見ている感じだと『栄光の導き手のほうが強いんじゃないか?』と感じることもあるが……少なくとも客観的な実績で言えば、世界最強のパーティーだ。


「『深淵の光』は参加しないのか?」

「参加すると思うよ。彼らはなぜかお金に困っているみたいだから、頑張って深層から薬草を集めようとするんじゃないかな」


 やっぱり参加するのか。

 金に困っているという話は初めて聞いたが、あの強いパーティーが協力してくれるというのは心強い。

 あのパーティーは人格面がクソなので、正直なところ二度と戻りたくはないが……深層の攻略という意味では、役に立つのも確かだ。


「じゃあ、91層までは『深淵の光』に任せられるわけだな」

「……無理だと思うよ」

「アレスなしで挑めば、全滅するんじゃないか?」


 ……エコー達は『深淵の光』を甘く見すぎな気がする。

 俺みたいな足手まといがいなくなったところで、彼らの戦力に変わりはないだろう。

 93層以降の攻略は時間がかかるかもしれないが、そこまでの階層……しかもボスを無視した薬草集めなら何の問題もないはずだ。


「という訳でアレス、95層までの攻略計画を立ててくれるかな?」

「……え、俺か?」


 まさか、ここで俺の名前が出るとは思わなかった。

 92層までの地図だけ書いて、足手まといは置いていくものだと思っていたのだが。


「攻略計画、君が立ててたんじゃないの?」

「計画なんて立ててないぞ。……俺の言う事なんて聞いてくれる訳ないし、ただあいつらが突っ込むのを回復魔法で支えてただけだ」


 俺の言葉を聞いて、エコーが呆れ顔になる。

 彼のようにちゃんと計画を立てて迷宮を攻略するタイプからすると、考えられない攻略スタイルなのだろう。

 それでも何とかなってしまうほど、『深淵の光』のメンバー達(俺以外)は強かったというわけだ。


「彼ら、よく今まで生きてたね……」

「アレスの補助と回復魔法があったら、死ぬほうが難しい」

「力技にもほどがあるな……」


 どうやら、俺の補助魔法が強い設定はまだ続いているみたいだ。

 俺がいたところで、道案内くらいしかできない可能性が高いのだが。


 だが正直なところ、カリーネ達ほどの戦力が揃っていれば、俺の役目は道案内だけで十分でもある。

 大した計画なんて立てないでも、95層だって簡単に攻略できてしまうだろう。

 だとすれば、この任務の主な役目は攻略というよりマッピングと薬草が生える場所の確認――つまり、俺が前のパーティーでやってきたのと似たような役目だということになる。


「分かった。引き受けよう」

「ありがとう」


 俺の言葉を聞いて、エコーが満足げに頷く。


 しかし、『深淵の光』はなんだかんだ、やると決まったら動きの早いパーティーだ。

 その場の思いつきだけで行動している……というと聞こえは悪いが、もし彼らが金に困っていて、ギルドが薬草系の依頼系だらけだとすれば……すでに彼らは92層あたりに潜って、薬草取りを始めているのではないだろうか。

 優秀な付与術師だって入ったはずなので、今日にでも95層を攻略して薬草を山のように持ち帰っているかもしれない。


 俺の役目は、徒労に終わるかもしれないな。

 そう考えつつも俺は、攻略計画について考え始めた。


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