第24話 最強賢者、わずかな毒に気付く


「よし、これでデカいのは全部だな」

「たった3往復でこの量か。やっぱりアレスの強化魔法は凄まじいな」


 岩運びを初めて少し経った後。

 俺達は鉱石を運び終え、迷宮の入口にいた。

 手ぶらでついていくだけだった俺へのフォローも欠かさないあたり、優しさを感じるな。


「お疲れ様です。次は薬草集めです」


 回収部隊の男が、俺達(俺以外だが)の運んできた鉱石を回収しながら。カリーネに地図の束を手渡す。

 こうして地上での仕事は他のメンバーに任せることで、主力部隊は迷宮に潜り続けられるというわけだ。


「分かった。ありがとう」


 そう言ってカリーネが地図を確認し、門のほうに振り向く。

 だが彼女の次の言葉は、予想とはだいぶ違っていた。


「62層」


 62層。

 先程の73層でも浅かったのに、さらに浅くなってしまっている。

 しかもボス戦などではなく、ただの薬草集めだ。


「……そんなに浅い階層を、主力パーティーが担当するのか?」


 もしや俺が足手まといだから、それに合わせて階層を浅くしているのだろうか。

 などと考えていたが……その答えは、『深淵の光』では絶対に聞けないようなものだった。


「いや、他の部隊の手が回らないところのカバーは、むしろ私達のメインの仕事なんだ」

「62層なら深いほう。40層とかも行くよ」


 なるほど、『他の部隊の手が回らないところ』か。

『栄光の導き手』といえば、膨大な依頼数と高い達成率で有名なパーティーだったが……それはこうして、主力部隊が他の部隊をカバーする構造ができていたからかもしれない。


「階層はあまり関係がないね。依頼があるなら、そこが僕たちの行くべき場所だ」


 ラケルの言葉を聞いて、俺は納得した。

『冒険者』という名前のせいで勘違いされがちだが、俺達の仕事は迷宮の階層を進む冒険をすることではなく、迷宮にしかない資源を集めたり、魔物の脅威を取り除いて人々を守ったりすることだ。

 その仕事内容に、階層はあまり関係ない。


「ありがとう、勉強になったよ」


 俺もいつの間にか、階層至上主義の『深淵の光』に毒されていたのかもしれない。

 もちろん強くなるためには階層を上げる必要があるし、強さ自体は依頼遂行にも必要なのだが……『深淵の光』のように闇雲に階層を上げるだけでは、意味がないのだ。

 などと考えていると、ルビーが口を開いた。


「でも、浅い層はきついよ」


 ルビーの言葉を聞いて、ほかのメンバー達がしみじみと頷く。

 浅い層はきつい……? どういうことだろう。


 ◇


 その日の夜。

 酒場で食事が届くのを待ちながら、俺はルビーの言葉が正しかったことを実感していた。


 依頼換算で、50件はこなしただろうか。

 朝から晩までみっちりと、昼食休憩を除けばほとんど休みなしで、俺達は任務をこなし続けたのだ。


 彼女の言う通り、浅い階層ほどきつかった。

 70層台は全員で集まり、あまり無理はせずに進む。


 これが60層になると、パーティーはバラバラに分担して依頼をこなすようになる。

 カリーネに渡された地図が何枚もあったのも、メンバー全員の担当範囲が別々に書かれていたためだ。

 とはいえ、単独戦闘のために体力を残す必要があるので、60層台なら移動は駆け足程度だ。


 だが50層台からは、そういった手加減はない。

 たとえ体力を使い果たした状態で魔物に遭遇しようとも、簡単に倒せるような敵ばかりだ。


 そのため、俺達は迷宮の中を猛ダッシュで駆け抜けて、最短で依頼を達成するはめになる。

 地図に目標時間が書かれていて、それがダッシュ前提なのだ。

 もはや迷宮の依頼というよりは持久走と言っていいだろう。


 しかし、バテているのは俺だけだった。

 ほかのメンバー達は、みんな涼しい顔をしている。

 俺は『ソウル・リコンストラクト』で体力を削っているので、ほかのメンバーに比べると遥かに楽な場所を担当しているにもかかわらずだ。


「何でみんな平気なんだ……?」


 机にもたれかかって体力を回復しながら、俺はそう尋ねる。

 戦士系のカリーネ達はともかく、体力はいまいち高くないはずのラケルやルビーまで楽そうなのは、なんだか理不尽な感じがする。

 魔法系職業は体力に欠けるという話は嘘なのだろうか。


「今日はすごく楽に感じたね」

「制限時間、長かった気がする」


 ラケルとルビーが、そう言いながら俺を見る。

 何度か『ソウル・リコンストラクト』をやめる提案はしたのだが、これをやめるくらいなら入口で待っていてくれと言われてしまった。

 せめてレベル相応の体力を取り戻せれば、もう少しは役に立てると思うのだが。


「そうか、アレスだけはアレスの補助魔法を受けられないのか……」

「かわいそう」


 どうやら補助魔法が役に立っている設定だけは続けるようだ。

 こうも繰り返して言われると、本当に補助魔法が役に立っているみたいな気分になってくる。

 とはいえ、それはあくまで気分だけの話だ。


 1ヶ月で俺の契約期間は終わり、その時に来月も『栄光の導き手』に所属できるかどうかや、その場合に給料がいくらになるかは決まる。

 その時に、俺がどれだけ役に立っているかの、本当の評価が下されるだろう。

 などと考えているうちに、頼んだ料理が届いた。


「お待たせしました! 迷宮牛のじっくり煮込みの方~」

「ああ、俺です」


 驚くべきことに、ここの食事は無料だ。

 正確には『栄光の導き手』にはいくつか提携している店があって、そこでの食事はすべてパーティー負担になるらしい。

 お荷物の分際でパーティーに負担をかけるのは申し訳ないところもあるが、健康管理などの関係もあって、できるだけ提携の店を使うことが推薦されているようだ。


 だが……届いた煮込み料理は、あまり健康によさそうには感じなかった。

 確かに美味そうなのだが、その湯気の香りに、わずかに異物が混ざっているような気がするのだ。

 もし俺のカンが正しければ……この煮込み料理には、毒が含まれている。


 湯気に含まれる毒の気配は、ごく薄いものだ。

 もしかしたら俺の感覚が、調味料か何かを毒と勘違いしているのかもしれない。

 そう考えて俺は、小声でルビーに尋ねる。


「ルビー、これは食べても――」

「ダメ、食べないで」


 食べるか大丈夫か、と最後まで言い終わる前に、ルビーは言いたいことを察したようだ。

 俺が感じた気配は正しかったようだ。


 そしてルビーは、あたりの机を見回し始める。

 犯人でも探しているのだろうか。


「ちょっとまってて」


 ルビーはそう言って、どこかに走っていく。

 少しして、息を切らしたルビーが戻ってきた。

 犯人でも捕まえてきたのかと思ったが、どうやら手ぶらのようだ。


「ラケル、防音魔法」

「分かった」


 そう言ってラケルが、防音魔法を発動する。

 店内は騒がしいおかげで、俺達の会話は聞かれずに済んでいたようだ。

 だが……これから話す内容は、絶対に聞かれてはいけないというわけだろう。


「やっぱり食べていいよ。アレス、よく見つけたね」

「食べていいって……毒入りなのにか?」

「うん。少しなら影響はないし、それに……どうせ避けられない」


 ルビーがそう言って差し出したのは、小さなコップに入った水だった。

 水からは、この煮込み料理に比べるとだいぶ薄いが……同じ毒の気配がした。


「これ、水道の水。だから、避けても無駄」


 ……なんだかヤバそうな話になってきたな。

 誰かに毒でも盛られたのかと思ったら、水道ごと汚染されていたのか。


 そう考えつつ俺は、煮込みを口に含む。

 彼女が言う通り、ここに含まれる毒はごく薄く、かなり大量に摂取しなければ何の影響もなさそうなものだった。


 だが……これを何ヶ月も食べ続けたら、どうなるのだろう。

 迷宮都市では、水のほとんどが水道から供給されている。

 水道に毒が含まれる限り、それを避ける手段はないのだ。


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