第22話 元最強パーティー、借金を背負ってしまう
「くそ……ここにもない……!」
依頼を受注してから6時間後。
ベルド達は薬草を求めて、迷宮をさまよっていた。
戦闘という意味では、81層は今の彼らの実力でも対応できる階層ではある。
アレスのお陰で上がったレベルが、それなりのステータスを彼らに与えていたからだ。
だが、問題はそこではない。
「っていうかここ来るの2回目じゃない? 前にも見た気がする」
ベルド達は、迷宮の道を覚えていない。
地図の作成やルートの管理はアレスの仕事だったのだ。
『迷』宮という呼び名なだけあって、迷宮の道は入り組んでいる。
特にこの81層は、単純な枝分かれ構造ではなく、立体的に沢山の道が交差する……最も迷いやすいタイプの階層だ。
似たような景色が多いのに加えて、角度によって同じ場所でも違う見え方になったりするため、自分がどこにいるのかすら分からなくなってしまうケースも少なくない。
このような場所に、地図なしで立ち入ること自体が無謀と言っていいだろう。
どんな複雑な道も一発で暗記し、パーティーを正しい道に導いてくれるアレスは、もうここにはいないのだから。
そしてレミが気付いている通り、彼らはすでにここを訪れている。
だが、回数のほうは正しくない。
正確には2回目ではなく、5回目だ。
「腹が減った。一度戻って休まないか?」
「それがいいと思う。敵もなんか強いし、やっぱり変だよ」
ピアとマルクが、そう告げる。
正確には、敵が強くなったのではなく自分たちが弱くなったのだが……どうやら、そのことには気付いていないようだ。
「そうするか。出口はどっちだ?」
「向こうだ」
「あっち」
「この道だ」
ベルドの言葉に、3人は別々の方向を指した。
今ベルド達がいるのは、4つの道が交差する分岐点。
そして偶然にも……出口へつながる道は、残った1本のほうだった。
◇
翌日。
「出口だ……!」
「やっと戻ってこれたぞ……!」
ベルド達が出口を見つけられたのは、迷宮に入って1日と少しが経った頃だった。
全員寝不足で、目の下にはクマが浮かんでいる。
この階層の複雑さを考えると、彼らが生きて迷宮から出ることができたのは、運がよかったほうだといえるだろう。
だが、目当ての薬草を手に入れて出ることができるほど幸運ではなかった。
そもそも今回の依頼にあった植物は、半年ほど前なら81層に生えていたものだが、今は1本も生えていなかったのだ。
「……なあ、俺達が依頼を受けてから、どれくらい経った?」
「ええと、依頼を受けたのが昼で、今は夕方だから……4時間くらい?」
「んな訳あるかよ。1日と4時間だ」
彼らは馬鹿ではあるが、どうやら4時間と28時間の区別がつかないほど馬鹿ではなかったようだ。
そして彼らはとても賢いので、自分たちが5億の負債を背負ったことまで理解していた。
「違約金、5億だよな……? 誰か持ってるか?」
ベルド個人の資金とパーティーの共有資金は、治療費に消えた。
問題は他のメンバー達の個人資金だが……。
「私は1000万くらいしか持ってないよ」
「俺は2000万。……全然足りないな」
「1500万」
……残念ながら誰も、違約金に相当する金額を貯金しておくほど賢くはなかったようだ。
アレスがいた頃の実力を考えると、5億と言わず10億でも20億でも貯金はできたはずなのだが。
もし依頼が失敗すると分かっていれば、他のメンバーはベルドを見捨てたかもしれない。
ベルドが背負った借金は、あくまで個人としての借金だった。
だが……今となっては遅い。
ギルドによる依頼の違約金は、パーティー全員の借金だからだ。
「どうする?」
「違約金が払えなかったら……強制労働か?」
「1000万以上は強制労働のはず。そんなの絶対嫌よ?」
「……金を借りよう! 俺達になら貸してくれるはずだ!」
違約金を払えない場合の取り扱いは、金額によって異なる。
小額であれば、依頼料から天引きなどの形で許されることも珍しくない。
だが、それでは返済が見込めない多額の借金に対して適用されるのが、強制労働――通常『奴隷落ち』だ。
奴隷落ちの基準は、1000万ではなく2000万なのだが……彼らの違約金を頭割りすると、その額は1億近い。
基準額が1000万でも2000万でも、大した差はないと言えるだろう。
そう考えると、金を借りるという彼らの判断は自然だろう。
違約金はすでに発生しているのだが、期限を過ぎてすぐに取り立てが始まるというわけではない。
ギルドが依頼の期限切れと、その受注者が現れていないことを察知するのは、夜中に行われる確認作業が終わった後だ。
そして取り立てが始まるのは、その翌日の朝。
その間で金を借りることができれば、奴隷落ちは回避できるというわけだ。
◇
「お引き取りください」
現実は非情だった。
彼らは1日かけて、迷宮都市にある金貸しを10軒も回ったのだが……彼らに金を貸そうという金貸しは、一人も現れなかったのだ。
「待ってくれ! 1000万だ! 1000万だけでも……」
「申し訳ございません。当店ではレベル70以上の方への融資を受け付けていないんです」
彼らは確かに、冒険者としては非常に有名だ。
だが逆にそのことが、彼らが金を借りられない理由になっていた。
貸した後で、取り立てることができないからだ。
この世界では多額の契約を結ぶ際、契約魔法を使う。
契約を破ることが絶対にできないように、魔法によって制約をかけるのだ。
だが、この契約魔法は、相手が格上だと効果を発揮しない。
そのため金貸しは優秀な魔法系冒険者などと提携し、契約魔法を使ってもらっている。
しかし70レベルを超えるような魔法使いが相手だと、そもそも契約魔法を結べるような者がいないので、誰も金を貸すことができなくなってしまうのだ。
こうしてまた融資を断られた彼らが、『栄光の導き手』の治癒院から近い場所を通りかかった時。
身なりのいい老人が、ベルドに声をかけた。
「お困りですかな?」
「あ?」
ベルドは急に声をかけてきた男に、訝しげな目を向ける。
その視線を受けながら、男は大きな袋を取り出し……そこから、1枚の硬貨を取り出した。
白く輝く、複雑な装飾が施された硬貨――白金貨だ。
それを見て、ベルドの目の色が変わる。
「実はあの有名な『深淵の光』が、お金に困っているという噂を窺いましてね。……よろしければ、6億ほどお貸ししましょうか?」
「貸してくれ!」
男が差し出した袋を、ベルドが引ったくって中身を確認する。
そこには確かに、白金貨が600枚入っていた。
「お待ち下さい。パーティー全員で、魔法契約書にサインしてもらわないと」
「チッ、面倒くせえな」
そう言ってベルドが、契約書を流し見する。
返済期限は1ヶ月、返済金額は10億――暴利ではあるが、高リスクな冒険者相手としては相場に近い金利でもある。
支払われなかった場合、『深淵の光』は全員、彼らの奴隷として強制労働をすることになるようだ。
「……これ、返せなかったらギルドよりヤバくない?」
「1ヶ月も期限があるんだぞ。10億くらい簡単だろ」
『奴隷落ち』という物騒な名前に反して、ギルドの強制労働は意外と優しい。
毎日ギルドに指定された依頼を受け、その報酬を最低限の生活費だけ残して納める義務が生じるが、収めた報酬が借金の額に到達すれば自由の身だ。
ギルドとしても冒険者が死んでしまっては困るので、冒険者の実力よりだいぶ低い依頼を受けさせる。
そのため時間はかかるが、割と安全だとも言える。
それに対して、この契約書にある返済失敗時の条件は、正真正銘の奴隷契約だ。
何をさせられるのかも分からないし、期限の区切りもない。
だが、ベルドは気にしなかった。
最悪の場合、踏み倒せばいい話だからだ。
これは一応は魔法契約書だが、実際のところ、ベルドたちを縛れるような魔法使いはこの世に存在しない。
なにしろ彼らは、迷宮都市で最強……いや、世界最強の冒険者たちなのだ。
どこの雑魚魔法使いが作った契約書だかは知らないが、力ずくで破ってしまえばいい。
「まあ、何とかなるだろ」
魔法契約書が効かないことは、全員分かっている。
というか金を借りに行く前に全員で相談して、このあたりの話はすでに共有しているのだ。
だから彼らは魔法契約書の内容に疑問を覚えつつも、サインをしてしまった。
もし『深淵の光』のうち一人でも、目の前の男が巧妙な変装魔法で姿を変えたアルトリア=エコーだと気付いていれば、途中でサインを取りやめたかもしれない。
あるいは、この魔法契約書を作ったのが『魔法使いの教科書』ラケル=ロンメルだと気付ければ、本当に契約魔法が破れるのかどうか考えたかもしれない。
それか、このちょうど良すぎるタイミングで6億もの金を持って現れた人間の不自然さに気付けば、なにか別の手もあったはずだ。
こんな契約にサインするより、ギルドでの強制労働を選ぶほうがマシだと気付くタイミングは、いくらでもあっただろう。
だが、全ては遅かった。
取り返しのつかない契約書にサインをして、彼らは意気揚々とギルドへ向かう。
その先に、地獄が待っているとも知らずに。
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