第21話 元最強パーティー、受けてはならない依頼を受けてしまう
ルビー=メルムがちょうど最後の魔力を使い切った頃。
有り金と2000万の借金と引き換えに片腕を取り戻したベルドは、パーティーメンバーと共に歩いていた。
彼はエコーの『配慮』によって、本来の順番を無視して治療を受けられたのだが、一つだけ他の患者たちと違う点がある。
ルビー=メルムや治療院に対して、まったく感謝していなかったことだ。
「クソ、『栄光の導き手』め、腕一本治すだけでボッタクリやがって……!」
「アレスが見つかれば、タダで治せたのにねー」
そう呟きながらベルドは、ギルドへの道を歩く。
もともとベルドは、街でアレスを見つけてタダで治療させるつもりだった。
だがいくら探しても、アレスは見つからなかった。
実はアレスが見つからなかったのは、彼らがアレスと遭遇することのないよう、エコーが手を回していたからだったりする。
彼の情報網をもってすれば、ベルド達が探しそうな場所からアレスを遠ざけるくらいは難しくない。
治癒院にアレスがいるという話を隠したのは、そういった理由もあったのだ。
彼らが普通の思考回路を持っていれば、治癒院で腕が治せないと分かった時点で、そして腕を治すのにアレスを探し回っている時点で、実はアレスが治癒術師として凄まじく優秀だったのではないかと気付けただろう。
だが残念ながら、彼らの思考回路は普通ではなかった。
『栄光の導き手』の治癒院はボッタクリ。
他の治癒院は全部アレス未満の無能。
それが彼らの出した結論だ。
「まあまあ。治療費なんて3億ちょっとなんだから、私達の実力ならすぐ稼げるわけだし……」
「ああ。この前は少し調子が悪かったが、一旦は80台前半の層でリハビリといこう。あのへんの階層が一番稼げるしな」
「80台は依頼が少ないだろ。その手前のほうがいいんじゃないか?」
ベルドの治療には、パーティーの全財産を使うことになった。
にもかかわらず誰もベルドを責めないのは、彼らにとってパーティーの全財産であった3億が、さほどの大金ではなかったからだ。
彼らはあまり仕事熱心ではなかったが、一度の依頼で何千万も稼ぐ事が多いので、金銭感覚は完全に壊れていた。
迷宮都市最強パーティーの貯金が3億『しか』なかったことを聞けば、他の上位パーティーは驚くだろうが……彼らにしてみれば、金はほしくなればいくらでも稼げるものだったので、あまり貯めようという意識もなかったのだ。
むしろ一般人なんかが出した依頼をちまちま消化するより、最深階層攻略の報奨金(最深階層記録を更新すると、数千万の報酬が出るのだ)をもらったほうが効率がいいので、あまり依頼は受けていなかった。
「とりあえず、70層から80層くらいまでの依頼全部受けようぜ。2、3億にはなるだろ」
「えー。10層もやるのー? めんどくさいよー」
「借金分だけ返して、あとは最深階層攻略でいいんじゃないか? 93層は5000万のはずだ」
87層で返り討ちにあったばかりだというのに、もう93層の話をしているあたり、自分たちの強さには自信があるようだ。
そんな彼らは、ギルド入るなり、1枚の依頼書に目をやった。
依頼書は10層ごとに分かれて、エリア別に貼られているのだが……その80台にある、数少ない依頼のひとつだ。
「これでいいじゃん。報酬5000万だから、借金返しても2000万余るよ」
そう言ってレミが手に取ったのは、『84層新種薬草(仮称)の採取』と書かれたものだ。
報酬は5000万。
この階層の依頼としても破格だが……条件が厳しい。
期限は1日しかなく、違約金は5億なのだ。
「期限1日、報酬5000万か……よほどの金持ちが病気にでもなったのかもな」
「そんな感じだろうな。まだ名前もついてない草なのに使えるのか?」
「さあ? 金さえ入れば何でもいいだろ」
薬草系の依頼の場合、期限が短かったり、違約金が高かったりというケースは珍しくない。
俗に言う『早い者勝ち依頼』というやつだ。
「これを受注する」
そう言ってベルドが、依頼書を机に置いた。
受付嬢はそれを見て、少し困った顔をする。
「ええと、薬草はお持ちですか?」
「これから取りに行く。当然だろう?」
「受注はおすすめしません。この依頼は『早い者勝ち依頼』といって違約金がすごく高いので、まず薬草を持ってきてから……」
こういった期限が短く違約金が高い依頼の場合、依頼を受注せずに薬草を取りに行き、受注と同時に達成するというのがセオリーだ。
そうすれば、たとえ薬草が期限内に手に入らなかったとしても、違約金は払わずに済む。
もし誰かが先に薬草を入手した場合、せっかく手に入れた薬草は売れ残ることになるが……5億もの違約金を支払うリスクを背負うよりはマシだろう。
依頼自体も、はじめからこういった『早い者勝ち』を想定して作られている
誰か特定の受注者に依頼を任せるより、そのほうが早く薬草が手に入るからだ。
受注者にリスクを背負わせる分、報酬を高くしないと誰も取りに行ってくれない可能性は高いが……だからこそ、5000万などという法外な報酬を設定してあるわけだ。
「薬草を持ってきてから? 他の奴に依頼を取られたらどうする」
「その可能性はゼロとは言えませんが、受注はリスクが大きすぎます。元々この依頼は……」
あくまで止めようとする受付嬢は、親切だった。
たとえパーティーが84層を安全に探索できるだけの実力を持っているとしても、薬草が見つかるかどうかは話が別だ。
最悪の場合、目当ての薬草がどこにも生えていないという可能性だってあるのだ。
依頼主だって、別に深層に立ち入って薬草が生えているか確認してから依頼を出しているわけではないのだから。
実は『早い者勝ち依頼』を受注しようとするのは、初心者にありがちなミスでもある。
依頼として貼られているのだから、それを受注しようとするのは当然だろう。報酬も高い。
そして受付嬢から『早い者勝ち依頼』についての説明を受け、受注を取りやめるというのは、新人がよく通る道だ。
もちろん『深淵の光』も、こういった説明を受けたことがないわけではない。
彼らはデビュー直後は普通のパーティーだったので、普通の説明は一通り受けているのだ。
だが増長と慢心が、彼らを変えた。
依頼を失敗するという発想自体が、彼らの中からは消えてしまったのだ。
「俺達を誰だと思ってる? あの『深淵の光』だぞ」
「ですが……」
「いいから受注をしろ!」
実は『深淵の光』は受付嬢の間で非常に評判が悪い。
依頼に伴う説明などをしようとする受付嬢に対して、『いいから早く受注させろ』などと言って怒るのは、これが初めてではないのだ。
アレスがいた頃は、裏で密かにアレスに手紙を渡し、説明事項を伝えるようなこともできたのだが……今となっては、それも不可能になってしまった。
受付嬢は口を閉じ、なんとか受注を止める方法を考え始めたが……ベルドはそれが気に食わなかったようだ。
「何を黙っている!」
「きゃっ!」
ベルドが机を叩くと、受付嬢は怯えた叫び声を上げた。
怖くないわけもない。
彼らは迷宮都市最強パーティー……しかも身体能力に優れる戦士系クラスともなれば、非戦闘員の首くらいは片手でねじ切れてしまうのだ。
だが、それでも受付嬢は受注処理を行おうとはしない。
早い者勝ち依頼の受注を止めるのは、受付嬢の責務だからだ。
無謀な冒険者がどれだけ強硬に受注を申し出ようと、それを受けたりはしないように、受付嬢たちは教育を受けている。
そんな彼女の後ろから、一人の男が顔を出した。
このギルドの支部長、ロイス=ドロイドだ。
「失礼いたしました。彼女に代わって、私が受注処理をしましょう」
「ですが支部長、これは受注を前提とした依頼ではなく……」
「いいんだ」
そう言ってロイスは依頼書にハンコを押し、ベルドに手渡した。
ベルドは5000万をもう手に入れたつもりで、満足げに頷く。
「さすが支部長は話が分かるな」
「それはもう、あの『深淵の光』様ですから。他のパーティーとは違いますよ!」
ロイスの言葉を聞き、ベルドは満足げにギルドから出ていった。
扉が閉まったところで、支部長が口元に笑みを浮かべたが……それに気付いた者は、誰もいなかった。
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