第18話 最強賢者、悪だくみに加担する
85層攻略の次の日。
俺は昨日解散する時に言われた時間に、パーティー事務所へと来ていた。
今日も何かしら仕事があるとは聞いているが、詳しい話は聞かされていない。
カリーネが言うには、時間と必要な装備だけが指定されて、仕事の内容は当日まで聞かされないということは珍しくないようだ。
日によっては朝から晩までびっちりとスケジュールが組まれていて、10分刻みで迷宮のあちこちを走り回ったりすることもあるらしい。
そういった日の場合、階層自体は浅いことが多いようなのだが……すさまじい数の依頼をこなしているパーティーは、なかなか大変なようだ。
まあ、俺なんかをそんな依頼ラッシュに連れて行っても、足手まといになるだけだろうが。
そう考えつつ事務所に入ると、そこにはエコーと、『人体実験を試みる者』……じゃない。『死者すら癒やす者』ルビー=メルムがいた。
主力パーティーはいないみたいだな。
「よく来てくれたね。実は今日、ウチが運営している治癒院でルビーが回復魔法を使うんだ。アレスにはそれを手伝ってほしい」
ほら、やっぱり来た。
何の戦闘能力もいらない雑用だ。
やはり『神の眼』アルトリア=エコーは優秀だな。
俺が冒険者としては使えないことは、ちゃんと分かっていたようだ。
まあ『神の眼』にしてはちょっと遅いような気もするが、おそらく最初から気付きながらも、情報を引き出す目的で冒険者扱いをしていたのだろう。
しかし本格的な依頼の時に足手まといを連れて行くわけにはいかないので、今日はカリーネたちと別の場所に回したというわけだ。
「分かった。俺は何をすればいい? 治癒院には行ったことがないんだ」
正直なところ、俺はあまり治癒院の仕事がわからない。
俺にも簡単な治癒魔法は使えるので、あまり治癒院には縁がなかったのだ。
難しい患者はルビー=メルムに任せて、俺は簡単な治療とかをする感じだろうか。
それとも俺の魔法なんかいらないから、雑用だけやっていてほしいといった感じだろうか。
いずれにせよ、俺にふさわしい仕事だ。
「治癒院独自の仕事をする必要はないから安心してほしい。ただメルムに昨日と同じ強度の『マジック・オーラ』を維持していてくれればいいんだ」
「……それだけでいいのか?」
「ああ。治癒院の事務室をひとつ用意したから、そこで好きに過ごしていてくれ。『マジック・オーラ』の効果範囲に問題が出ないように位置は調整してある」
どうやら俺には仕事すらなかったようだ。
ロクに効果もない強化魔法を維持しているだけで給料がもらえるとは素晴らしい。
もしかしたら、こうやって暇な時間を作りつつ、何日か経った後で『暇なら迷宮85層以降の地図でも描いておいてくれるかな?』とか頼まれるのかもしれない。
それはそれで、もちろん大歓迎だ。2000万ももらってるからな。
などと考えていると、エコーが俺達に1枚の紙を差し出した。
「それで、料金表なんだけど……この料金で受けていいか、確認しておいてほしい」
そう言って開かれた紙には……法外な値段が書かれていた。
治癒の料金がレベルに応じて変わるというのは有名な話だ。
レベルが高い人間の怪我は、治すにも高レベルの治癒魔法やアイテムが必要になるため、値段が跳ね上がる……という話だ。
しかし、この値段表は高すぎる。
低レベル帯は10万とか100万とかで、これでも十分高いのだが……レベル70だと数千万、70台後半に至っては億単位の数字がたくさん並んでいる。
治癒魔法は高いと聞いたことがあるが、こんなに高いという話は初耳だ。
「た……高すぎないか!?」
「よく見てくれ。部位欠損用って書いてあるだろう?」
エコーの言う通り、紙の一番上には『部位欠損回復保証』と書かれている。
どうやら腕などといった部位の欠損を治った場合だけこの料金で、治らなければ無料ということのようだ。
……腕なんか低位魔法のヒールでも治ると思うのだが、治癒院だと事情が違ったりするのだろうか。
古傷は治りにくいと聞いたことがあるが、そういったものを想定しているのか……?
よく分からないが、『神の事務職』アルトリア=エコーがこの料金表を決めたからには、何かしら俺には予想もつかない理由があるのだろう。
高すぎるような気はするものの、反対するほどの根拠があるわけでもない。
「リーダーがこの料金でいいと判断したなら、異論はないが……部位欠損だと、こんなに高いのか?」
「まあ、相場らしい相場はないんだけど……あんまり安くやると、他の治癒院を潰しちゃうからね。高い技術には相応の対価を取るべきだ」
なるほど、他の治癒院との兼ね合いなのか。
治癒魔法使いの間にも、なにかと利権とかがあるのかもしれない。
「それと今回は、もう一つ理由がある」
「もう一つ?」
「ああ。最近、ウチにしか治せないような超高レベル冒険者が片腕を失ったという話を聞いてね。……この料金形態は、そのパーティーの全財産でギリギリ『足りないように』設計したんだ」
ずいぶんとエグい商売の話を始めたぞ。
ルビー=メルムの治癒の腕が素晴らしいという話はよく聞くが……まさか片腕を治すだけで、全財産をむしり取るつもりなのか。
これじゃ『神の事務職』じゃなくて、『悪魔の事務職』だ。
足元を見られる冒険者が可哀想になってくるな。
もしかしたら俺は、とんでもない銭ゲバパーティーに来てしまったのかもしれない。
まあ、給料がよければなんでもいいが。
「……ギリギリ足りるようにじゃないのか?」
「いや、足りないくらいでちょうどいいんだ。足りないぶんはウチが貸してあげるからね」
貸した後でどうするのかは、聞かないでおこう。
聞かないほうがいいような気がする。
「誰が怪我したのかは聞いてるけど、本当に全財産むしり取るつもりなんだね……」
「まあ、ふっかけられるところからは取れるだけ取るのが基本だよ。ウチも慈善事業じゃないからね」
ルビー=メルムの言葉に、エコーがそう答える。
……というか他のパーティーの全財産なんて、どうやって調べたのだろう。
なんだか、『栄光の導き手』が超巨大パーティーとして成功を収めてきた理由が、少しだけ分かったような気がする。
この人こわい。
その割に、あんまり『栄光の導き手』が恨みを買っているという話は聞かないんだよな。
なにかうまいやり方をしているのだろうか。
そう考えていると、エコーが口を開いた。
「あ、一応言っておくけど、ウチはこんなことばっかりしてる訳じゃないよ。むしろ今回はちょっと特例だ」
「……特例?」
「ああ。その冒険者は、ウチのメンバーにひどいことをしたんだ。そのパーティーの財産も、本当はそのメンバーのお金のはずなんだよ」
なるほど、メンバーと因縁がある相手だったのか。
どうやら料金をふっかけるのも借金をかぶらせるのも、報復措置の一貫らしい。
相手がそう簡単に全財産を差し出してくれるのか、かなり怪しいような気もするのだが……そのあたりもなにか、策略を用意しているのかもしれないな。
「まあ事情は後で聞くつもりだけど……ちゃんと話してもらうためにも、まずは借金漬けにして、身動きが取れない状況に追い込まないとね」
なんだか怖い世界だ。
大手ギルドは色々大変みたいだな。
俺は1ヶ月でこのパーティーをクビになるのだろうが、クビになった後も『栄光の導き手』だけは敵に回さないように気をつけることにしよう。
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