第17話 天才リーダー、真実を否定してしまう

「ええと、君たちの話を要約すると……アレスの補助魔法を受けたらすごく強くなって、85層もいけそうな感じだったからそのまま突撃して、最深攻略階層を更新しちゃいました……ってこと?」

「要はそういうことですね」

「85層のはずなのに、70層くらいにいる気分でした」


 そう言って4人が、攻略証明書を差し出す。

 これは階層を攻略した後、ギルド職員のもとで攻略階層への門をくぐれるのを見せることで発行される、正式な証明書だ。

 証明書を持っているということは、階層攻略成功は本当なのだろう。


「……何でそんなことをしたの?」


 アレスが規格外の力を持っているということは分かった。

 どのくらい規格外なのかはこれから調べる必要があるだろうが、いずれにせよ、自分たちの理解を越えた力を持っているのは間違いないだろう。

『深淵の光』が今まで叩き出してきた異常な実績がすべて彼のお陰だと考えるのはまだ早計かもしれないが、その可能性すら否定できない。


 とはいえ、だからこそ彼らが勝手に最深攻略階層に挑み、勝手に危険を背負ったのは問題だ。

 彼が強力な戦力であればあるほど大切に、安全を重視して扱うべきなのだ。

 どんなに強大な力を持つ冒険者であろうとも、運悪く魔物の攻撃を受ければ、一瞬にして死んでしまう可能性だってあるのだから。


 もちろん冒険者として上を目指すなら、リスクを取る必要がある場面はある。

 もしリスクを完全に避けるつもりであれば、『栄光の導き手』が最深攻略階層を84層まで進めるようなことはなかっただろうし、85層にだって挑戦しなかっただろう。

 85層の挑戦などは、一歩間違えれば主力部隊が壊滅するリスクを理解した上での戦いだったのだから。


 とはいえリスクを取るなら取るで、効果的な取り方というものがある。

 必要のない危険は冒さず、必要な時に必要なだけの危険を冒す。

 それを徹底してきたからこそ、『栄光の導き手』は極めて低い死亡率と、迷宮都市第二位の最深攻略階層を両立してきたのだ。


 勝手に危険を冒しても、作戦が成功さえすれば不問となるパーティーは多いだろう。

 だが『栄光の導き手』では違う。

 不用意にパーティーメンバーの命を危険に晒すのは、結果に関わらず、部隊のリーダーの責任問題なのだ。


「私は任務の内容に従いました。任務の内容は……」

「十分な安全が確保できる範囲内で、アレスの実力を調べること。そうだね?」

「はい。間違いありません」


 迷宮に入る以上、完全な安全などというものは存在しない。

『栄光の導き手』の中で言う『十分な安全』とは、普段の依頼と同等以上の安全性があるということだ。

 つまり階層でいえば最深攻略階層から5つ戻った場所……79層を超えるようなことは許されない。

 そういった基本を認識しながらも、カリーネは口を開いた。


「彼の実力を試すには、明らかに79層では敵の力が不足していました。そして彼さえいれば、85層すら危険ではない」

「アレスさえいれば、85層は最早『安全な場所』だと?」

「はい。誇張でも何でもなく、70層の雑魚と戦っている気分でした。……ボス部屋に入るまで、一度もスキルすら使いませんでしたから」


 カリーネの言葉を聞いて、エコーが考え込む。

 基本的に、迷宮の中での戦況に関わる判断については、現場の判断を尊重している。

 実際の戦闘に関しては、現場にいる冒険者たちのほうが詳しいからだ。

 流石に勝手に最深攻略階層に挑むのは前例がないが……現場の冒険者たち、それも85層をすでに攻略したアレスを含む全員が安全だと判断したのなら、その判断は認めるべきだろう。

「……分かった。君たちが安全に任務を完了したことを認めよう。……階層更新の記念パーティーを準備しないといけないね」


 その言葉を聞いて、テスト組のメンバー達がほっとため息をついた。

 やはり独断での階層攻略が認められるかどうかには、少し不安もあったのだ。


「ちなみにルビー、補助魔法を受けたメンバーの体はもう確認した? 後遺症とかが残らないかが心配だったんだけど」

「全員確認したけど、びっくりするくらい変わってなかった。後遺症もないし、前衛は筋肉まで綺麗だった」


 筋肉というものは、運動にともなって少しずつ損傷していく。

 その損傷が修復される時に、筋肉は損傷する前より強くなる。

 これが鍛錬などによって筋肉が強くなる理屈だ。


 もちろん鍛錬を目的としない運動であっても、全力で動けば筋肉は損傷する。

 だから槍や剣といった武器を振り回す前衛は、真面目に戦っていれば、絶対に筋肉の損傷があるはずなのだ。

 ルビー・メルムのほどの治癒術師であれば、そういった損傷は簡単に見分けられる。


「……つまりカリーネもルイーネも、まったく全力を出さずに85層の魔物を倒していた……そういうことかな?」

「損傷が完全にゼロとは言わないけど、日常生活と変わらないレベル」

「強化魔法があると、体への負荷が小さくなるとは聞くけど……」

「ここまでの効果っていうのは、前代未聞だね。自分で身体を動かしているというより、『マジック・オーラ』に体を動かされている感じ」

「なるほど、だから経験値が彼にも入るわけだ」


 エコーの言葉に、メルムが頷く。

 この話が正しいとすれば、いくら『マジック・オーラ』を使おうとも、強化を受ける人間に副作用や後遺症は出ないことになる。


 強いて言えば、あまりに強化幅が大きすぎて、強化がなくなった時の落差についていけなくなる可能性があることくらいか。

 だが……そのあたりに関しては、階層の調整でなんとかなるだろう。

 深い階層に挑んでいる最中で彼の強化魔法が切れるようなことがあれば問題だが、彼は92層まで攻略して生き残っている実績があるのだから、あまり気にする必要はないだろう。

 一人抜ければパーティーが危機に陥るのは、タンクやヒーラーだって同じことだ。


「ちなみに、経験値の量はどんな感じ?」

「あくまで体感だけど……3分の1くらいになってる」


 経験値というものは、体内に魂に蓄積される。

 普通は体感できないものだが、人間の体に大してあまりに敏感なメルムだと、その蓄積量まで分かってしまうのだ。

 迷宮を1層進むと経験値が1.5倍になるなどといった話も、こういった体質の人間が最初に言い始めたと言われている。


「経験値が3分の1……つまり、強さは3倍になってるってことかな?」

「強さじゃなくてステータス。ステータス換算でそのくらい」

「……凄まじい強化量だね……」


 エコーが感嘆のため息をつく。

 ステータス換算で3倍というのは、決して強さが3倍ということではない。

 もし全てのステータスに2倍の差がある人間同士が戦えば、たとえ1人対100人でも、ステータスが高いほうが勝つだろう。

 まして3倍となると……1000人の大軍で挑もうとも、傷一つつけられない可能性が高い。


 彼自身は、この報告の内容がまだあまり信じられていはいない。

 だが実際にその強化魔法を受けた人間たちが否定しないことや、『深淵の光』が彼の脱退前に出した成果を考えると、おそらく事実なのだろう。

 そんなエコーを見ながら、ガドランが口を開く。


「経験値をそんなに持っていかれるってのは、けっこう痛くないか?」


 当然の疑問だろう。

 戦いで得た経験値の3分の1しか自分には入らず、残りを全部アレスに持っていかれるというのは、戦っている者からすれば抵抗感があるはずだ。

 たとえ強力なバフがかかるとしてもだ。


「いや、そうでもない。……ステータスが3倍になると、戦える階層は単純計算で11層ほど上がる。……11層先になると、経験値はどのくらい増えると思う?」

「……10倍くらい?」

「86.5倍だ。仮に1層1.5倍説が正しければの話だけどね。……つまりアレスに3分の2持っていかれた後でも、経験値効率は28倍になる」


 経験値効率が28倍になるということは、たった1日の戦いで、ほぼ休日なしで1ヶ月近く戦ったのと同じだけの経験値が得られるということだ。

 期間が短くなれば事故にあう確率も下がるし、その間にレベルが上がれば、さらに階層を上げて効率を高めることもできる。

 11層の差というのは、そこまで大きいものなのだ。


「そ、そんなに変わるのかよ……」

「ああ。だから最深攻略階層は重視されるんだ」

「……『深淵の光』は、なんでアレスを追い出したんだ?」


 エコーの言葉に、ガドランが当然の疑問を口に出した。

 誰もが抱いていた疑問だ。


「単純に、メンバーがみんな馬鹿だったからではないでしょうか?」

「真面目に考えてくれ。4人全員がそこまでの間抜けで揃う確率が、どれだけ天文学的なのか……君なら分かるだろう?」


 ルビーの言葉に、エコーがそう返す。

 もっとも、ルビー自身も最初から分かっていてそう言ったのだ。

 そこまでの馬鹿が、4人も揃うわけがないと。


 ……こうしてアレスが追放された理由についての謎は、彼らの中で課題として残り続けるのだった。

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