第16話 天才リーダー、困惑する

 ベルドが左腕を失ったのとちょうど同じ頃。

 冒険者パーティー『栄光の導き手』の事務所では、アルトリア=エコーが頭を抱えていた。


「分からない……一体なぜなんだ……?」


 集まった情報にもう一度目を通しながら、アルトリア=エコーが先程と同じことを呟く。

 そこにあるのは、『深淵の光』に関して集めたデータだ。

 これだけデータとアルトリア=エコーの頭脳が揃ってなお解決しない難題に、アルトリア=エコーは直面していた。


「なぜ『深淵』は、彼を追放したんだ……?」


 アレスの追放理由。

 それは今までずっと気になりつつも、結論が出ないため後回しにしてきた課題だ。


 ものすごく単純に考えるとしたら、答えは当然『アレスが弱いと思っていた』ということになるだろう。

 だがアルトリア=エコーの今までの経験は、その安易な結論を否定していた。

 もしその結論が正しいとしたら、『深淵の光』のメンバーたちが、揃いも揃って救いようのないレベルの馬鹿だということになってしまうからだ。


 確かにエコーの眼では、あのパーティーのメンバーはあまり頭がよさそうには見えなかった。

 だが、そこまで凄まじいレベルの馬鹿かと言われると……ちょっと自信がなくなるところだ。

 少なくとも彼らが92層を攻略した冒険者であることは間違いないのだから、もし彼らに冒険者としての資質が欠けているように見えるとしたら、間違っているのは自分の眼のほうだろう。


 外部の人間からは愚かに見える行動の裏には、大抵の場合、何かしらの理由がある。

 それが4人もの集団とすれば尚更だ。

 1人であればとんでもない馬鹿が単に馬鹿な行動をしたといったケースもありうるが、たとえばそのレベルの馬鹿が100人に一人しかいないとすれば、それが4人揃う確率は1億分の1となる。

 馬鹿は馬鹿同士集まるような面もあるので、その点を考慮にいれれば多少は確率が高くなるかもしれないが……それでも1万分の1はないだろう。


 追放の裏には、何らかの……場合によっては当人たちにしか知り得ない理由があると考えるのが自然だ。

 高く見積もっても1万分の1しかない可能性にすがって状況を甘く見るほど、エコーは不用心ではない。


 戦力だけ合理的に考えれば、パーティーに彼を追放する理由はないはずだ。

 彼が強いことくらい見れば分かるし、もし本当に補助職として彼が使えないのだとしても、レベルとステータスの高さを生かして戦闘職にすればいいだけだ。

 コランダム・ドラゴンを単独討伐できる戦闘職がほしくないパーティーなど、存在しないだろう。


 だとすれば問題は、戦闘中以外の面にあることになる。

 例えば極端に戦闘可能時間が短いとか、人格面に問題があるとかだ。


 特に、人格面に問題があるとすれば、厄介なことになる。

 今まで『深淵の光』が一人の死者も出していないことを考えると、すぐさまパーティーが壊滅するようなケースは考えにくい。

 そういった可能性が高いなら、例え戦力としてどんなに使えるとしても、エコーは彼をパーティーに入れたりはしなかっただろう。

 だが……そういった懸念がないにも関わらず、『深淵の光』がアレスを追放する理由を、エコーはどうしても思いつけなかった。


 こんなことは初めてだ。

 エコーは今まで、相手が誰であろうと、その思考をある程度読み、状況をいくつかのパターンに分けて対処法を考えてきた。

『栄光の導き手』が今まで、この組織構造を維持できたのも、この力のお陰だ。


 だがアレスの追放理由だけは、その候補も思い浮かばない。

 なにか見落としているに違いない。だが理由の糸口すら掴めない。


「……やっぱり、情報を待つしかないか」


 考えた末、エコーは諦めることにした。

 これだけ考えて思い浮かばないのであれば、前提条件となる情報が足りていない可能性が高い。

 アレスに関する情報はあらゆるルートから集めてもらっている最中なので、その到着を待つべきだろう。

 いくら情報を集めても分からないようなら、『『深淵の光』には1万分の1未満の奇跡的な確率で、驚くべき馬鹿が揃っていた』という結論を下さざるを得ないが……流石にそれは考えにくいだろう。


 とはいえエコーは、アレスに対してさほどの警戒はしていない。

 アレスは善良な人物に見えるし、少なくとも悪い人物ではないことくらいは分かる。

 その程度のことも見抜けないのであれば、『神の眼』などと呼ばれることはなかったはずだ。


 気になる点といえば、あまりにも常識に疎いことくらいだ。

 だが、他の冒険者とは隔絶した実力を持つ『深淵の光』のメンバーであったことを考えれば、一般冒険者の常識を知らないのはむしろ自然なくらいだ。


「……とりあえず、全員の体調確認は徹底しないとな」


 エコーが最も高い可能性として考えているのは、彼の強化魔法に反動があるのではないか……という話だ。

 強すぎる強化魔法は体にダメージを与えるという噂は、以前から囁かれている。

 アレスの魔法がもし極めて強力なものだとしたら、その可能性は否定できないだろう。


 だからこそ、エコーはアレスのパーティーに『死者すら癒やす者』ルビー=メルムをつけた。

 彼女は治癒魔法のエキスパートであると同時に、冒険者の体に最も詳しい人間でもある。

 少しでも違和感があれば、すぐにでも見つけ出してくれるだろう。


 もし彼の強化魔法に反動があるとしたら、使い方は考える必要があるな。

 特に、後遺症が残るようなタイプの反動だとすると、使い方が難しい。

 普段は火力要員として戦ってもらって、パーティーに危険が迫った時だけ強化を使うのがいいだろうか。


 いずれにせよ強力な味方が手に入ったのは間違いないので、彼のテストの結果次第では、最深攻略階層に挑むことを考えるべきだろう。

 たとえ強化魔法を封印する必要があるとしても、コランダム・ドラゴンを単独討伐できる火力が入ってくれたのは非常に大きい。

 回復魔法で腕を生やせるという話がもし誇張でないとしたら、ヒーラーとしてもルビー=メルムを越えてくるかもしれない。


 とはいえ、それでも安心とまでは言えないのが、85層だ。

 ボスも間違いなく強いはずだが、それ以上にボス部屋までの道中が厳しい。


 雑魚1体を倒すだけで上位スキルを何発も打ち込む必要があるため、囲まれるような状況は絶対に避ける必要がある。

 あんな強力な敵に囲まれれば、いくら『栄光の導き手』の主力部隊でも苦労するからだ。


 前回の攻略挑戦では、入口からそう遠くない場所で、5体もの魔物を同時に相手することになってしまった。

 犠牲者こそ出なかったが、多くのけが人を出し、クールタイムつきの上位スキルも使い果たし、撤退する羽目になったのだ。

 そのため『栄光の導き手』は、85層のボスを見たことすらない。


 もちろん、アレスの火力は85層の攻略でも助けになるはずだ。

 だがコランダム・ドラゴンを倒した魔法は、恐らく何らかのエクストラスキルのはず。

 威力を考えると、再発動にかかる時間は――。

 そんな思考を、扉が開く音が遮った。


「アレスのテスト部隊、ただいま帰還しました」


 どうやら予想より早く、カリーネ達が戻ってきたようだ。

 本人の前では率直な報告がしにくいので、アレスはついてきていない。


 だが……これは、なにか隠し事をしている顔だな。

 それも、かなり重要なことを隠している。

 僕の目はごまかせないよ。

 そう考えつつエコーは、何も気付かないふりをして口を開く。


「予定より早く戻ってきたみたいだね。それで……結果はどうだった?」

「まず攻撃魔法についてですが……予想以上でした。コランダム・ドラゴンを倒したのは、『ソウル・リコンストラクト』によって強化したフレイム・アローです」

「……フレイム・アロー!?」

「はい。発動後に10秒ほど反動があるのと、自分自身を焼いてしまうという問題があるようですが……自分で回復魔法を使って治していたようです」


 フレイム・アロー。

 ほとんどの魔法使いが序盤で使う、下位攻撃魔法だ。

 そんなものでコランダム・ドラゴンを倒せてしまうほど、82レベルの力は絶大なのだろうか。


 などと考えつつエコーは、カリーネ達がまだなにか隠しているのに気付いていた。

 顔や口調で、なんとなくわかってしまうのだ。


 フレイム・アローの話ですら、十分すぎるほど驚くに値する情報だ。

 その情報が、本命でないとしたら……本命の情報は、一体何なのだろうか。


「なにか隠してるよね?」


 エコーはついに我慢できず、そう尋ねた。

 するとカリーネは、諦めたように首を振り、『隠し事はできないものですね』と呟く。

 それから姿勢を正し、カリーネは口を開いた。


「えー、我々は彼の補助魔法の効果を検証するために85層に入り……そのまま、攻略に成功しました」

「……は?」


 今までに見たこともないような間抜け顔で、エコーが呆然と呟く。

 新メンバーのテストで、最深攻略階層に挑戦? 攻略成功?

 彼女は何を言っているんだ……?


「ちなみにボスは、ラケルの『レイジ・オブ・イフリート』で一撃でした」

「まあ、あれを『僕の魔法』と言っていいのかは、大いに議論の余地がありそうだけどね」


 カリーネとラケルの声は、もうエコーに聞こえてはいなかった。

 彼はただ呆然と、虚空を見つめるばかりだ。

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