第15話 元最強パーティー、補助職に逃げられる
ライムの顔を見て、ベルドはきょとんとした顔をした。
他のメンバー達にも、さほどの動揺は見られない。
たった今、自分たちのリーダーが腕を失ったにも関わらずだ。
よく見てみると、ベルド自身ですらも深刻さが足りないような気がする。
ライムの目からは、彼は自分の腕を失ったにもかかわらず、そのことを軽く考えているように見えた。
「迷宮を出て、治癒院に行こう。腕がなきゃ戦えない」
さも当然かのように、ベルドがそう告げる。
まるで治癒院に行けば、腕が戻ってくるみたいな言い方だ。
「治癒院の治癒魔法使いでも、直せませんけど……」
この迷宮都市には、いくつもの治癒院がある。
ギルド直営の公営治癒院から、治癒術師が個人で運営する小規模なものまで様々だ。
公営治癒院は比較的安く治療を受けられるが、治療の質も平均的だ。
後者は治癒術師の腕次第で、素晴らしい治療を受けられる場所もあるが……そういった場所は値段が高く、そもそも空きがないことも珍しくない。
だが、いずれにせよ腕を生やすことなどできないのは確かだ。
「そんな訳はない。あの無能の治癒魔法でも腕くらいは生えたんだ」
「……あの無能?」
「アレスだよ。あのレベルだけ高い寄生虫……下級回復魔法の『ヒール』しか使えないゴミでも、腕くらいは生やせたんだ」
「え……?」
ベルドの言葉を聞いて、ライムは困惑する。
回復魔法で腕が生えるなどという話、聞いたことがない。
しかも、下級魔法の『ヒール』で。
「まあ、たまに無理だとか言ってたけどな」
「治癒魔法を使おうとすると、強化魔法を維持できない~! とか言ってたな。お前の強化魔法なんて切っても誰も気付かねえっての!」
パーティーメンバー達の間で、笑いが起こった。
まともな神経をしていれば、パーティーメンバーが腕を失った直後に、こんな冗談で笑うことはないだろう。
もし本当に、彼らが腕の欠損を、回復魔法一発で治る擦り傷と同様に考えているなら話は別だが。
だが彼らの顔を見る限り、このパーティーでは本当に、人が失った腕を再生できるのは当然のことだったのだろう。
ライムが加入した当日に追放されてしまった、アレスという人物がいる間は。
「よーし、一度戻るぞ~」
呑気な声で、ベルドがそう告げる。
どうやら腕を切り落とされた直後はショックで気が動転していたが、もう落ち着いているようだ。
……腕が直せないと気付いた時、ようやく彼は絶望するのかもしれない。
そんなベルドの様子を見ながら、ライムは考えていた。
このパーティーが強かった理由について。
以前から、薄々気付いていた。
この『深淵の光』は明らかに、90層台を攻略するようなパーティーではない。
レベルのお陰で80層台前半なら何とかなるかもしれないが、80層台後半ですら不釣り合いだ。
だがこのパーティーが、92層を攻略したことは、疑いようのない事実だ。
もっとも当時はライムはおらず、代わりにアレスがいたのだが。
(もしかして『深淵の光』が強かった理由って、アレスさんなんじゃ……?)
パーティーに入った当日、ライムはまるで自分が強くなったかのような感覚を覚えていた。
付与魔法の効きは普段とは比べ物にならなかったし、体にも力がみなぎっていた。
憧れのパーティーに入れた喜びで感覚が変わっているのかと思ったが、それだけで付与魔法の効きが激変する訳はないだろう。
その感覚は、アレスが追放されて数分後には消えてしまった。
自分のせいで古参メンバーが追い出されてしまったという罪悪感で、喜びが薄れたのではないかと思っていたが……あれは本当に、強化魔法の影響だったのではないだろうか。
いや、そうとしか考えられない。
理屈がどうとかではなく、冒険者として今までやってきた感覚が、あれは強化魔法だったと告げている。
そして『深淵の光』が実績の割にやたらと弱いのも、パーティーの強さを支えていたアレスがいなくなったからだと考えれば、説明がつく。
「あの……アレスさんに戻ってきてもらうのはどうでしょうか?」
入口につながる門をくぐろうとするベルドに、ライムがそう尋ねる。
だが次の瞬間、ライムを冷たい視線が取り囲んだ。
「は?」
「あのお荷物を抱えろと? たかが腕1本のために?」
「私ヤダ。またどうせ『チームワークが悪いから怪我をするんだ。もっと作戦を練って……』とか言い始めるんだし」
彼らはアレスの再加入に反対のようだ。
どうやら本当に、今までの成果は自分たちの力だと思っているらしい。
「全然似てないわ。もっとこうネチネチした嫌な感じで……『対サファイア・マンティスの作戦を考えよう。攻撃力に優れた魔物だけど耐久力は低めだから、基本的には距離を保って一撃離脱で戦うのがいいと思うんだけど……』とか」
「うわー! 似てる似てる! なんでそんなに上手なの!?」
「だって87層に来た時、本当に言ってたから!」
「なんでアレスの言葉なんて覚えてるのー!? 気持ち悪いよー!」
槍使いのピアが、アレスの声真似までして悪口を言い始めた。
ライムの感覚からすると、冒険者としてのセオリーに則ったいいアドバイスだと思うのだが……彼女たちからすると、それは『ネチネチした嫌な感じ』のようだ。
今の会話で理解できた。
このパーティーが最強だったのは、恐らくアレスがいたからだ。
他のメンバー達は、彼による補助を受けられる幸運を自分の力だと思い込んでいたというわけだ。
少しでも彼らに戦闘センスがあれば、その力が不自然であることに自分でも気付けたはずだが……その程度の理解力すら、彼らにはなかったらしい。
「アレスさんは、今どこにいますか?」
「『栄光の導き手』に入ったらしいぜ。金儲けだけは上手い雑魚の集まりだが……寄生虫のアレスにはお似合いかもな」
「まさか迎えに行くつもり!? 次『アレスを復帰させる』とか言ったら、あなたも追放よ?」
レミの言葉を聞いて、ライムは覚悟を決めた。
ここは自分がいるべき場所ではない。
新しく所属パーティーを探すか……それか、『栄光の導き手』の入団試験を受けよう。
「分かりました。『アレスさんを復帰させます』」
わざとトーンを上げて、ライムはそう宣言した。
ライムの反抗するような発言を、ベルド達がぽかんとした顔で見つめる。
「これで私も追放ですね。今までありがとうございました」
そう言ってライムは黒い鏡のような門をくぐり、迷宮から出ていった。
突然のパーティー脱退を、4人が呆れ顔で見つめる。
彼らが迷宮都市にある治癒院を片っ端から回り、誰も腕を直せないということに気付いたのは、その日の夜中のことだ。
……ベルド達にとって本当の地獄はこれから始まるのだが、自分たちを最強パーティーだと勘違いしている彼らは、そのことを知る由もなかった。
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