第14話 元最強パーティー、なぜか苦戦してしまう
85層のブラック・デーモンがラケルによって爆殺されたのとちょうど同じ頃。
そのわずか2層先……87層では、『深淵の光』が戦っていた。
新メンバーが入った直後に、最深攻略階層から5つ戻って調整というのは、彼らにしては冷静な判断だった。
基本的に、5つ戻った階層はほぼ安全に攻略ができると言われているからだ。
だが……もし新人などがこの戦闘の光景を見れば、5つ戻った階層が安全だという話を疑うかもしれない。
そして『深淵の光』に詳しい人間であれば、自分の目を疑うことだろう。
「『断界撃』!」
断界撃。
数多くのボスを一撃で沈めてきた、ベルドのエクストラスキルだ。
その一撃が、大きなカマキリの魔物――『サファイア・マンティス』に当たり、その片腕を斬り落とした。
ベルドを知っている者がこの光景を見たら、とても驚いたはずだ。
あの細いカマキリの腕1本で『断界撃』を防げるなら、あのカマキリはどれだけ硬いのかと。
実際、このカマキリは非常に硬い。
87層というのは、今まで『深淵の光』以外のパーティーが一つも到達したことのない、超危険地帯だ。
そこにいる敵は、攻撃の面でも防御の面でも、ほかの冒険者が戦う場所とは比べ物にならないほどの力を持っている。
だが以前のベルドの『断界撃』は、そういったボスをほとんど一撃で仕留めてきたのだ。
90層とかなら別として、87層のカマキリなど相手ではない。
「キシャアアアァァ!」
片腕を切り落とされながらも、カマキリの魔物は怒りの声を上げる。
ライムのエンチャントの効果で、その傷口はわずかに燃えている。
だがその炎は、体力を削るというほどではなく、むしろカマキリの怒りを増す効果しかないように思えた。
深層の魔物は、強力であると同時にタフなのだ。
「おかしい……こんな雑魚を相手に、どうしてこんなに苦戦するんだ!」
戦いを見ると勘違いするかもしれないが、このカマキリはボスでもなんでもない。
それどころか入り口付近にいる、87層でも最弱クラスに位置する魔物だ。
この程度は瞬殺できなければ、攻略どころかまともに生還することすら難しいだろう。
「レイジ・オブ・イフリート!」
今度はレミが炎魔法を撃ち込んだ。
派手な爆発が……しかしラケルの魔法とは比べ物にならないほど貧相な爆発が起き、カマキリの表面を焼く。
だが、さほどのダメージにはなっていなさそうだ。
無理もないだろう。
レイジ・オブ・イフリートは上位魔法ではあるがエクストラスキルに比べればだいぶ格下だし、レベル自体もベルドのほうが高い。
ベルドの断界撃で片腕しか壊せない相手なら、一部位を壊すのすら難しい。
まあ数日前のレミが使う『レイジ・オブ・イフリート』なら、この階層のボスですら一撃で瀕死に追い込めたのだろうが。
「バーティカル……」
エクストラ・スキルは、再発動できるまでにクールタイムがある。
そのためベルドは、上位スキル『バーティカル・デストラクション』を使おうとした。
これ自体は自然な判断だ。恐らく剣士が10いれば5人くらいは同じ判断をするだろう。
だがベルドは、こういった追撃に慣れていなかった。
なぜなら今までベルドは、こういった魔物はすべて一撃で倒してきたのだから。
2発目が必要になることなど、そうそうなかったのだ。
だから彼は、甘く見ていた。
そして、深層の魔物の怖さを。
「キシャアアアアァァ!」
カマキリの魔物は、片方だけになった鎌をベルドに振り下ろす。
ベルドはそれを、剣で受け止める。
「片腕だけで、俺に傷をつけられるとでも?」
ベルドのレベルは75。
アレスを除けば、迷宮都市の中でもトップクラスのレベルを誇る。
そのステータスにスキルの力が合わされば、鎌を受け止めるのはそう難しくない。
ベルドは鍔迫り合いのように鎌を受け止めると、その刃は段々と鎌へと食い込んでいく。
彼が使っている武器は、迷宮の深層から出土したアーティファクト……通称、『深淵の鋭剣』。
それは魔物の鎌よりさらに鋭く、そして頑丈だった。
しかし、カマキリは慌てた様子もない。
今までと違って叫ぶこともなく、ただ静かに自然な動きで、カマキリの脚の1本がベルドへと伸びる。
その脚の先には、鎌のように目立ちはしないが、確かな鋭さを持ったサファイヤの刃がついていた。
「っ!?」
ベルドは刃をかわすべく後退しようとする。
だが、それこそがカマキリの狙いだった。
ベルドの剣から力が抜けた瞬間、カマキリの刃が手首の関節を起点に一回転した。
およそ普通の生物では、あり得ない動き。
だからこそ、対応が遅れる。
「……え?」
気付いた時には、ベルドの左腕は肘から切り落とされていた。
「キシッ」
ここでようやく、カマキリの魔物は声を上げる。
まるで彼に愚かさを自覚させ、あざ笑うかのように。
「ぎゃ、ぎゃあああああぁあ!」
切り落とされた腕を見て、ベルドが激痛に叫び声を上げる。
以前であればすぐにアレスの回復魔法が飛んできたはずだが、彼はもうここにはいない。
「て、撤退だ! 撤退するぞ!」
「グラビティ・バインド! アイス・ウォール! ……ウィップ・スナッチ!」
「エクステンド・ウォール!」
レミとマルクがありったけの防御魔法を発動し、魔物を足止めする。
幸い、階層に入ったばかりなので、ここなら撤退は難しくない。
『深淵の光』たちは、なんとか入口まで引き返したした。
「回復魔法……回復魔法を頼む!」
タンク役のマルクに抱えられながら、ベルドがそう叫ぶ。
すると、青い顔をして震えていたライムが、思い出したかのように魔法を発動した。
「エンチャント・ディヴァイン・リジェネレーション!」
ライムが発動したのは、回復系付与としては最上位に位置する魔法だ。
これを使える付与術師は、迷宮都市にも10人といない。
最上位回復魔法のお陰で、ベルドの傷口は見る間にふさがり、出血も治まった。
それを見て、ベルドの顔がゆがむ。
ベルドが腕を失ったのは、これが初めてではない。
無謀な突撃で大怪我を負うのは、よくあることだった。
そしてそのたびに、下級魔法『ヒール』一発で治っていたのだ。
もちろん、失った腕は元通りに。
「治ってないじゃないか……!」
「え……?」
回復魔法の効果にお礼を言われると思っていたライムは、困惑の表情を浮かべた。
どこからどう見ても、腕は完璧に治っている。
出血は残っていないし、痛みもなさそうだ。
「治ってない……俺の腕がぁぁ……」
「治ってないわよ」
治癒魔法は完璧なはずなのに、ベルドは腕を見て絶望の声を上げる。
魔法使いのレミも、その言葉に同意している。
それを見て、ライムはようやく間違いの原因を理解した。
「あ、あの……もしかして、回復魔法で腕が生えるとか思ってますか? 生えませんよ?」
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