第13話 最強賢者、出番のなさに疑問を持つ


「85層」


 カリーネは誰も門の近くにいないタイミングを見計らって、扉を開いた。

 俺達は、その後ろについて85層へと入っていく。


「85層……久しぶりだね」

「……ああ。やはり空気に重みがある」


 あたりを見回しながら、カリーネ達がそう呟く。

 79層のときとは違って、みんなかなり警戒しているようだ。

 ……彼らの実力を考えれば、そんなに慎重になる必要はない場所だと思うのだが。


「普段は85層には入らないのか?」

「ああ。依頼に関係ない狩りでは最深攻略マイナス5層まで、依頼でもマイナス2層まで……というのがウチの通例だ。85層は攻略以外で入らないことになっている」


 やはり安全志向だな。

 この85層は何度か攻略に失敗したと聞いているが、主力も誰も欠けていないあたり、早い段階で攻略を諦めて戻ったということなのだろう。

 まあ、これだけの戦力が揃っていて諦めるのは、慎重というより臆病といったほうがいいような気もするが……『深淵の光』みたいに、あまり手柄ばかり急ぐのも考えものか。


「アレス、85層の地図は持っているか?」

「頭には入ってるが、地図はないな。……紙に描いたほうがいいか?」


 深淵の光は、基本的に地図を作っていない。

 いちど俺が作ったことがあるのだが、『地図なんてどうせお前しか見ないんだから覚えとけよ』『こんなの作ってる暇があれば戦えるように練習しろよ』と不評だったので、作るのをやめてしまったのだ。

 道案内などは戦えない俺が引き受けるべきだというのはもっともな指摘なので、それから俺は地図を作るのをやめて、暗記しておくようにした。


 ただ『栄光の導き手』では、そうもいかないだろう。

 メンバーの数も膨大だし、固定の道案内役がいるわけでもないからな。

 主力部隊しか85層に入らないなら、俺が案内すればいい話だが……俺はどうせ1ヶ月でクビなので、その前に地図を作らせる必要があるのだろう。


「頭に入ってるって、ボス部屋までの最短ルートだけか?」

「85層なら、細かい分かれ道まで全部分かる」

「……賢者には、そういうスキルがあるのか?」

「いや、気合で覚えた」


 そう答えた俺を、ほかのメンバー達が呆れ顔で見る。

 まあ気持ちは分かる。

 こんな無能なやつの記憶頼りで、『深淵の光』はよく迷子にならなかったものだと言いたいのだろう。


 しかし俺は戦えない分、戦い以外の分野ではできるだけ貢献できるように努力を積んできたつもりだ。

 道の記憶を覚えるのその一つだった。


「記憶力に関しては、ウチにも化け物みたいな人はいるけど……全部の道を知ってるのは意外だね。『深淵の光』は、ボスへの最短ルート以外にしか興味がないと思ってたんだけど」

「ああ。報酬のいい依頼があれば、それに使うルートも通るが……85層とかだと、依頼が全然ないからな」


 俺達は地図を作らないので、当然すべての道を確認するようなこともない。

 慎重なパーティーだと分かれ道を全部確認して地図を作ったりすることもあるみたいだが、『深淵の光』はそんなちまちましたことはやらないのだ。


 とはいえ迷宮の中には色々と貴重な資源もあり、それらを持ってくるような依頼も少なくない。

 だが85層などは入れるパーティーが『深淵の光』だけなので、どんな資源があるのかもほとんど知られていない。


 何があるか分からないので、依頼もないというわけだ。

 見るからに高そうな鉱石とかなら『深淵の光』でも持って帰るのだが、それも攻略やレベル上げのついでといった感じだ。

 85層は入った当日に攻略してしまったので、本当に素通りという感じだった。


 いま考えてみると、このあたりも『深淵の光』の収入が、最深攻略階層の割には微妙だった理由なのかもしれない。

『栄光の導き手』は、安全に攻略できるようになった階層を隅から隅まで調べ尽くして、売れるものはなんでも売っていたような印象だ。


「……じゃあ、どうやって全域の地図を作ったんだ?」

「冒険のあとで居残りだ。あいつらが酒を飲んでる間に、ひとりで迷宮の地図を作る。……もしなにか依頼があった時、道が分からないと怒られるんだ」

「85層を、たった一人で探索したと……?」

「ああ。別にボス部屋には入らないし、戦闘はできるだけ避けるぞ」

「普通死ぬぞ……」


 カリーネが、若干引きながらそう呟く。

 だが逃げに徹すれば、意外と何とかなるものだ。

 などと話しつつ俺は周囲の気配を探っていたが、特に異常はなさそうだな。


「とりあえず、今回はボスへの最短ルートでいいのか?」

「最短じゃなくてもいいから、安全なルートで頼む」

「俺一人でも生き残れるくらいなんだから、このパーティーなら楽勝だ」


 カリーネの言葉に、俺はそう答えた。

 このパーティーなら85層と言わず、今日中に90層だっていけるだろう。


 ◇


 それから10分ほど後。

 俺達は次々に襲い掛かってくる魔物をあっさり蹴散らしながら、ボス部屋の前へとたどり着いていた。


「まったく出番がなかったね」

「うむ。いいことではあるがな」


 扉を見ながら、ルビーとガドランがそう呟く。

 攻撃側の3人が魔物を全部一撃で即死させてしまうので、ヒーラーとタンクである彼らの出番は皆無だった。

 道案内をできた分、俺のほうがまだ出番があったくらいだ。


「だが、ついに俺の出番だ。……この階層のボスには、挑発魔法が効くんだな?」

「ああ。問題なく効くはずだ」


 この階層のボスは、『ブラック・デーモン』と呼ばれる、大型の悪魔型モンスターだ。

 ボスの中でも特に知能が高く、魔法攻撃を使ってくるので厄介な魔物だな。


 こういった知能が高い魔物が相手だと、挑発魔法は効きにくい。

 しかしガドランの職業『シールドマスター』が使う挑発魔法は優秀なので、短時間であれば注意を引き付けられるだろう。

 挑発魔法を使ったおとり作戦は、敵の背中側から火力を撃ち込むことができるので、極めて優秀な作戦だ。

 とはいえ、このパーティーの火力を考えると、タンクの役目が本当にあるのかは微妙なところだが。


「作戦の確認だ。扉が開いたらまずラケルが『レイジ・オブ・イフリート』を撃ち込み、爆風が収まったところで配置につく。その後はガドランが敵を引き付けて、全員で攻撃を仕掛ける」

「了解した。……挑発魔法の効果が切れた後はどうする?」

「その後は魔法系3人を守ってくれ」

「了解」


 そう相談を済ませ、カリーネが魔石に触れる。

 彼女の表情には、少しだけ緊張が見て取れた。


「レイジ・オブ・イフリート」


 扉が開くなり、ラケルが魔法を撃ち込んだ。

 しかし……思ったより威力が大きい。


 ここに突っ込めば、俺達まで巻き込まれるんじゃないだろうか。

 などと考えていると、ガドランが俺達の前へと走り込んだ。


「スピリット・シールド!」


 ガドランが発動したのは、中級の防御スキルだ。

 攻撃の余波くらいであれば、これで防げると判断したのだろう。

 予定になかった行動だが、的確な判断だな。


 わずかに青く光る透明な盾が、レイジ・オブ・イフリートによる爆風から俺達を守った。

 そのタイミングで、カリーネが声を上げる。


「行くぞ!」

「うん!」


 どうやら先行して敵に突っ込むつもりのようだ。

 最初に魔法を撃ち込んで敵の体勢を崩し、すかさず突撃して追撃……というのは、ボス戦でよく使われる戦術の一つだ。

 とはいえ、それは最初の一撃に敵が耐えられればの話なのだが。


「し、死んでる……」


 レイジ・オブ・イフリートの熱に耐えながらボス部屋に突入したカリーネが、槍を構えたまま呆然と呟いた。

 ……まあ、あの威力ならそうなるよな。

 作戦会議の時から、なんとなくこうなる気はしていたのだが……やはり作戦に意味などなかったようだ。


「せっかくだから、86層にも挑む?」


 ボスを一撃で爆殺したラケルが、半笑いでそう尋ねる。

 今まで自分たちが警戒していたボスがあまりに弱くて、拍子抜けしているのかもしれない。

 こんなことなら、さっさと攻略しておけばよかったと。


「いや、いちど事務所に戻って結果を報告しよう。流石に2層も一気に更新したら怒られそうだ」

「……1層でも、勝手にやったら怒られるんじゃないかな」


 一応はテスト対象ということになっている俺を無視して、ラケルとカリーネがそう話す。

 やはり攻略情報には、意外と価値があるのかもしれないな。

 この感じなら俺はまったく攻略に必要ないし、情報だけ置いていったほうが足手まといにもならずに済むだろう。

 2000万ももらっているのだから、そのくらいはするさ。


「あの、ちょっといいか?」

「どうした?」

「情報が欲しいなら、わざわざ試験なんて形を取らなくても紙にまとめるが……テストっていう形式を取る意味はあるのか?」


 俺の言葉を聞いて、2人がきょとんとした顔になる。

 何を言っているのかわからないという顔だ。

 まあ間違いなく演技なのだろうが、まったく演技にならないあたり、この2人の演技力はなかなか高いようだ。


「何を言ってるんだ? これ以上ないくらい確実な、強化魔法のテストになったじゃないか」

「そうだぞ。今の魔法だって、君の強化魔法のおかげだ」


 ……ああ、その設定、貫き通すつもりなんだ。

 俺は心のなかでそう呟きながら、ギルド事務所へと戻るカリーネ達の後をついていった。


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