第12話 最強賢者、瞬殺を眺める

「アレス、念の為にバドランの後ろに隠れていてくれ」

「分かった」


 そう言葉を交わし、カリーネが魔石に触れる。

 すると、魔石が輝きを放ち、扉がゆっくりと開き始める。


「さて……ようやく威力が試せるな」


 そう言ってカリーネが、剣を片手に持ちながら部屋へと入っていく。

 無防備なようでいて、なにかあればどこの向きにでも跳べる、用心深い構えだ。


 この階層のボスは、クリスタル・ワイバーン。

 コランダム・ドラゴンと同様、鉱石系ドラゴンの一種ではあるが……あれに比べるとだいぶ重厚な体を持ち、素早さというよりはその力と頑丈さで敵を圧殺するタイプのボスだ。


 そんなボスは、俺達を見つめたまま動かない。

 恐らく、初撃は受けるつもりなのだろう。

 頑丈な体で攻撃を弾き、体勢を崩したところで致命的な一撃を叩き込むというのが、頑丈な魔物のよくある戦い方だ。

 もっとも……カリーネを相手にその態度は、愚策としか思えないが。


「バーティカル・デストラクション」


 カリーネがスキルを発動し、剣を縦に振る。

 すると……クリスタル・ワイバーンは、衝撃波とともに真っ二つになった。


「ギ?」


 攻撃を受けたボスが、困惑の声を上げる。

 受け止めて反撃するつもりだった攻撃が、思ったより強かったのだろう・


 しかし攻撃を受けたそれは、もうボスとは呼べないかもしれない。

 正確を期すなら、おそらく『ボスの頭部』とでも呼ぶのが正しいだろう。

 それは攻撃で砕け散ったほかのパーツとともに、回転しながらボス部屋の中を飛び、壁にぶつかって落ちた。


「こ、鉱石系ボスが剣で一撃……」

「相性は悪いはずなんだけどな……」


 バラバラになった魔物を、カリーネ以外のメンバーが呆れ顔で見る。

 俺の出番が一切なかったのだが、これはテストとして正しいのだろうか?

 たとえ一撃で倒せるとしても、わざと長引かせて俺がボスの攻撃に対応できるか確認するとかが、テストとしてやるべきことだと思うのだが。


 それとも、俺のテストはあくまでついでで、79層のボスから出る素材でも集めるような依頼があったのか?

 そう考えていると、カリーネが口を開いた。


「これは……79層では試せないな」


 今更……?

 俺は一瞬そう言いかけたが、なんとか口には出さずに済んだ。


 79層は、この豪華メンバーがいるべき場所じゃない。

 ボスと1対1で戦う前提であれば、俺のテストには向いているかもしれないが……そのボスも、カリーネが一撃でバラバラにしてしまったので意味がないし。

 それとも案外、彼女は目の前に敵がいれば任務とかを無視して倒してしまう、戦闘狂タイプなのだろうか。


「どうする? いっそ84層まで上げてしまうか?」


 ボスを倒した後に残した扉を見ながら、カリーネがそう尋ねる。

 目の前にある扉は2つ。

 80層につながる普通の扉と、入口にあったのと似たような、黒い鏡みたいな扉だ。


 鏡みたいな扉は、入口につながっている。

 いちど入口に戻ってから階層を指定すれば、テストの場所を変えられるというわけだ。

 入れる階層は、攻略した次の階層の入口までなので……『栄光の導き手』が84層までのボスを倒せるとしたら、85層入口までは入れることになる。


「いや、85層までいこう。そこでボスを倒す」


 カリーネの言葉に、ほかのメンバー達が信じられないものを見る顔をした。

 もし『栄光の導き手』の最深攻略階層が84だという情報が嘘ではないとしたら、これから俺達は攻略階層の更新に挑むことになる。

 まあ、入口の雑魚とかだけ倒して、ボスには挑まない……ということなのかあもしれないが。


「85層って……まさか、実力判定のためのテストで攻略階層を更新するつもりか!?」

「ああ。そうでもしなければ、彼の実力は測れないだろう?」


 カリーネの言葉を聞いて、俺はひとり納得していた。

 どうやら、ようやく本題のようだ。


 おそらく彼らの最深攻略階層が84層だという話は本当だったのだろう。

 メンバーの安全を重視するあまり、情報のない階層のボスに挑むのを避けたがったのかもしれない。

 だが俺から情報を引き出せるのであれば、85層以降も攻略しやすいというわけだ。


 今までのテストは、この話を持ち出すための布石だったのだろう。

 俺をおだて上げ、わざとボスを瞬殺して強さをアピールし、会場となる階層の情報を自然に引き出す。


 1ヶ月の間こういったことを繰り返せば、それこそ『深淵の光』と同じ92層まで攻略を進められる可能性すらある。

 レベルの関係上、彼らは個々の戦力だと『深淵の光』より弱いかもしれないが、ちゃんとしたチームワークがあれば戦えなくはないだろう。

 そう考えていると、ラケルが口を開いた。


「賛成できないね」

「さすが『教科書』様は言うことがお硬いな。何が問題なんだ?」

「命令違反になる。危険が迫った訳でもないのに、エコーの命令を無視するわけにはいかない」


 どうやら、一旦は止めるふりをしてみるようだ。

 85層に行くことは最初から決まっているのだろうが、あまりにもスムーズに行くと不自然なので、相談のうえで決めたという形にしたいのだろう。


「なんの命令に違反していると?」

「僕たちの今回の任務は、安全にアレスの力を試すことだ。未攻略の階層に挑むことじゃない」

「安全に力を試せればいいんだろう? 85層に挑んじゃダメだとは言われてないし、84層以下じゃ彼の力を引き出せない」

「それは……確かにそうだけど」


 どうやら彼は一瞬で論破されてしまったようだ。

 最初から引き下がる前提での議論ごっこだとしても、もうちょっと真面目にやったほうがいいような気がする。

 おそらくラケルは演技力が高くないタイプだな。


「アレス、このメンバーで85層に挑むのは危険だと思うか?」

「……すごく楽勝だと思う」


 頑張って演技してくれているところ悪いが、正直なところ85層には大した情報がないというか、必要ないんだよな。

 カリーネたちがボス部屋まで歩いていって、適当に上位スキルでも打ち込めば終わりだろう。

 なんの工夫も必要ないし、危険もない。

 まあ道を知っている俺がついていけば、迷宮の中で迷子になることくらいは避けられるかもしれないが。


「決まりだな。……私達が最深攻略階層を更新して帰ったら、きっとエコーも驚くぞ」


 そう言ってカリーネが、ニヤリと笑みを浮かべた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る