第11話 最強賢者、仲間の強さ(?)に驚く


「なんで『深淵の光』は、アレスを追放したんだ……?」


 魔法の着弾跡を見て、カリーネがそう首をかしげる。

 すでに分かっていると思うが、もちろん弱いから、そして嫌われていたからだ。

 ……自分で言っていて悲しくなるな。


「力以外に理由があるのかも。副作用とか……?」

「ラケルの体に異常はないと思う。……でも、剣士系とかだと出力に耐えられなかったりするかも」


 ルビーがラケルを見ながらそう告げる。

 どうやら治癒術師は、迷宮の中でもメンバーの健康診断ができるようだ。


「アレス、強化対象を私に切り替えられるか?」

「分かった。マジック・オーラ」


 俺は今度は、カリーネを魔法で強化する。

 すると、アイクが口を開いた。


「……僕の強化魔法が切れてない気がするんだけど……」


 そういえばカリーネは『私を強化してくれ』ではなく、『対象を切り替えてくれ』と言っていたな。

 前のパーティーでは強化魔法を切る機会などなかったので意識から外れていたが、指示はちゃんと正確に聞かないといけない。


「あ、すまない。いま解除する」


 俺はそう言って、魔法を解除した。

 すると、メンバー達の視線が集まったような気がした。


「もしかしてだけど……今の強化、2人以上に同時にかけられるの?」

「ああ。6人までなら出力はほぼ落ちない」


 対象の人数が増えても強度が落ちないのは、この魔法の数少ない強みだ。

 もちろん魔力消費は増えるが、もともと魔力自体の消費はさほど多い魔法ではないので問題はない。

 ……まあ、その代わり魔法制御力を食うので、強化魔法を使いながらではほかの魔法が使いにくいことに変わりはないのだが。


「……分かった。全員強化してくれ」

「了解。マジック・オーラ」


 俺はそう言って、全員に魔法をかける。

 すると5人は体の調子を確かめながら、相談を始めた。


「この力、どうやって試せばいいと思う?」

「少なくとも、79層の雑魚じゃ話にならないのは確かだな」

「じゃあ、ボス直行といくか」


 どうやらボスがいる場所に直行して、そこで力を試すつもりのようだ。

 ……俺が一人で倒すならともかく、彼らが戦うなら強化魔法があってもなくても結果は同じなので、テストにならないと思うのだが。


 まあ、俺の強化魔法が強いという設定を貫き通すつもりなら、そのほうが都合がいいのか。

 俺をおだてて情報を引き出す作戦なのに、俺を一人でボスと戦わせて失敗でもしたら大変だからな。

 流石に79層相手だと俺でも失敗はしないと思うが、心配してくれる気持ちは分かる。


「79層のボスじゃ誰も怪我しないから、私の力は試せない」

「いや、今日は安全にテストしないといけないんだから、怪我しちゃダメだろ」

「試してみたい。誰か怪我して」


『死者すら癒やす者』ルビー=メルムが、なんだかひどいことを言い始めた。

 二つ名を『人体実験を試みる者』に変えたほうがいいのではないだろうか。


「……まあ、ルビーの魔法は後で試すことにしよう。まずはボス部屋へ向かうぞ」

「陣形はどうする?」

「私とルイーネが先頭で道を切り開く。ガドランはアレスを守ってくれ」

「了解!」

「承知した」


 そう相談を済ませて、カリーネとルイーネが走り始める。

 俺達それについて走り始めるが……そこで問題が発生した。

 みんな、脚が速い。

 このままだと置いてけぼりになってしまう。


「マジック・ヘイスト」


 俺は仕方なく、移動速度強化魔法を発動した。

 これはマジック・オーラと違って自己強化専用の魔法だが、それなりに脚は速くなるので、置いてけぼりにならずに済む。

 できればこういった魔法を使う分の魔法制御力も、マジック・オーラに回してしまいたいのだが……前のパーティーでそれをしたら、そのまま迷宮の中で置き去りにされかけたので、こういた最低限の自己強化魔法の分は残していたりする。


 だが正直なところ、『栄光の導き手』でこの魔法を使うことになるとは思っていなかった。

 というのも、大抵のパーティーでは魔法使いやヒーラーの脚が遅いので、行軍はそれに合わせてゆっくりになるのだ。

『深淵の光』にいたレミも魔法使いの割にはやたらと脚が速かったが、ラケルやルビーもその類の人間だったらしい。

 世の中には、化け物がたくさんいるものだな。


「ふはは、なんだか楽しいな!」

「うん、楽しいね!」


 何が楽しいのかわからないが、カリーネとルイーネは爆走しながら槍や剣を振り回し、道中の魔物を片っ端から斬り伏せていく。

 相手が弱すぎてスキルを使う必要すら感じていないらしく、ただ腕力で叩き伏せて行く感じだ。

 たまに勢いあまって、迷宮の壁まで破壊している。


 なんだか昔を思い出すな。

 俺がいた『深淵の光』が慣れている階層を攻略するときも、まさにこんな感じだった。


『栄光の導き手』は彼らより数段劣るはずなのだが、なぜか動きは彼らと同等……いや、それ以上に見える。

 もちろんレベル自体は低いのでステータスは若干低いのだろうが、最深攻略階層に8層もの差がつくほど違うということはないはずだ。

 彼らは反応速度や動きの無駄のなさ……そういった冒険者としての資質が高いように見えるし、レベルの割には攻撃の威力も出ている。


 この『レベルの割に強い』というのは、迷宮都市では最も重視される要素の一つだ。

 なぜならレベルの割に強ければ、後からいくらでもレベルはついてくるからだ。


 迷宮で得られる経験値は、層をひとつ進むだけで1.5倍になると言われている。

 ふたつ進めば2倍……ではなく1.5倍の1.5倍なので2.25倍だ。

 10層進めば、経験値はなんと58倍近い。


 そのため深い階層で冒険を続けられればレベルはどんどん上がるし、浅い階層で戦い続けても大してレベルは上がらない。

 迷宮に入ってから10年たらずの『深淵の光』が、何十年も迷宮に潜ってきたパーティーをレベルで追い抜けたのも、これが理由だ。


 だが、もちろん限界というものはある。

 レベルが上がるにつれて1レベルあたりの必要経験値は爆発的に増加し、レベルを上げるためにはより深い階層に潜る必要が出てくる。

 そして最終的には階層の難易度上昇についていけなくなり、階層攻略を諦めるか、さもなくば命を落とすことになるのだ。

 階層を進めなくなればレベルも上がりにくくなるので、そこでパーティーの成長はほぼ打ち止めと言っていい。


 これがいわゆる、そのパーティーの『限界』だ。

 レベルの割に強い冒険者は、この限界が来るのが遅いため、限界の階層も高くなる。

『深淵の光』などは92層でもまだまだ戦えそうだし、レベルもどんどん上がっていたので、チームワークさえまともになれば100層だって目指せただろう。


 もちろん『栄光の導き手』は84層で1年以上も足踏みしていたパーティーなので、『深淵の光』に比べるとはるかに限界は低い。

 だいたい限界の5層手前あたりから進むのがきつくなってくると言われているので、彼らの限界は89層あたりのはずだ。


 今まではそう思っていたのだが……実際に戦っているところを見ると、まったくそうは思えなかった。

 むしろ『栄光の導き手』こそ、すぐにでも100層を目指せるパーティーに見える。

 これだけの力で深い階層に潜り続ければ、あっという間にレベルも上がるだろう。


 なぜ彼らは今まで、84層でつまずいていたのだろう。

 もしやなにか理由があって、84層で攻略を止めたことにしていた……?

 それとも過度な安全志向のせいで、階層攻略を進めていなかった……?

 あるいは『神の事務職』アルトリア・エコーに、なにか深い考えでもあったのだろうか。


 そう疑問に思いながら進むうちに、俺達は大きな扉の前にたどり着いていた。

 扉にはめ込まれた魔石は、赤く輝いている。

 ボス部屋だ。


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