第10話 最強賢者、強化魔法を使う
魔法を発動すると、体に焼けるような痛みが走った。
遠くに撃てればよかったのだが、コランダム・ドラゴンのときの魔法は射程も犠牲にした仕様だったので、そもそも遠くに届かないのだ。
すぐ治せる火傷のために防御魔法を使うくらいなら、魔法の威力をもっと上げたいしな。
「ヒール」
俺は火傷を癒やしながら、10秒待つ。
あの時と違って、地面に落ちることもなければ、間近にいるコランダム・ドラゴンによる襲撃の心配もない。
まだ情報を話していない以上、『栄光の導き手』のメンバー達も本気で俺を守ってくれるだろうし、気楽なものだ。
「魂の
10秒経ったところで、俺は感覚と最低限の身体能力を取り戻した。
すると……そこでは5人が、ぽかんとした顔で俺を見ていた。
まあ、『フレイム・アロー』として見ると、確かに威力にはびっくりする面もあるかもしれない。
わざわざこんな下位魔法を、ここまで強化して使う人間などいないだろうし。
……ちゃんとした上位魔法とかをこうやって強化して使えれば、確かに俺も火力要員として戦えたのかもしれないが、残念ながら俺の魔法はこれが限界だ。
「今の魔法……『レイジ・オブ・イフリート』か?」
「詠唱の通り、『フレイム・アロー』だ」
レイジ・オブ・イフリートは、炎系の最上位魔法の一つだ。
俺のパーティーだと、レミがよく使っていたな。
レミがこの魔法を使うと、ほとんどの敵は一撃で爆散させられる……というかこの階層なら群れごと壊滅させられるしボスも一撃なので、なにかと便利だった。
『深淵の光』が攻略を92層で止めた理由の一つが、この魔法で即死しない敵が増えてきたことだったりする。
「それに、本物はこんなもんじゃない。レミが『レイジ・オブ・イフリート』を使ったら、ラケル達も巻き込まれてるさ」
「……この距離でか?」
「ああ。本物との違いってやつだ」
俺の言葉を聞いて、ラケルが目を白黒させる。
まあ、同じ魔法使いだからこそ、驚きも大きいのだろう。
レミの魔法は本当に、ほかの魔法使いとは格が違うのだ。
「カリーネ、例の試験は僕が試してみていいかな?」
いてもたってもいられないといった様子で、ラケルがそう尋ねた。
なにか試したい試験があるようだ。
「ああ。魔法系のほうが威力も測りやすいからな」
「ありがとう」
そう相談を終えて、ラケルが俺に向き直る。
どうやら、次の試験のようだ。
「今度は補助職としてのテストだ。僕に強化魔法をかけてみてほしい」
「分かった。……『深淵の光』で普段使っていたくらいの強化でいいか?」
「ああ。それがいい」
マジック・オーラの出番みたいだな。
しかしその前に、説明しておくべきことがある。
この前みたいな追放のされ方は、できればしたくないからな。
「その前に一つ確認なんだが、今から使う魔法は『マジック・オーラ』って言って……」
「強化した分だけ、戦闘中の経験値が君に入る。それで問題ない」
この魔法のことも知っていたみたいだ。
話が早いな。
このぶんだと、この魔法がショボいということも知っているだろうから、あまりくどい説明はよしておくか。
「マジック・オーラ」
俺が魔法を使うと、ラケルの体が一瞬だけ光った。
付与術師のファイア・エンチャントと違って、攻撃をする時に炎が出たりはしないが……一応、ちゃんと強化はできているはずだ。
0.1%にも満たない、極めてしょぼい強化だが。
「ふむ……魔力が体にみなぎる感じがするね」
嘘つけ。そんな感覚ないくせに。
それとも『魔法の教科書』様ともなると、こんなわずかな差でも感じ取れるのだろうか。
などと考えていると、ラケルが奥の曲がり角に手を向けた。
「魔法を試してみよう。……フレイム・アロー」
そう唱えるなり……眩く輝く炎が、尾を引きながら壁に向かって飛んだ。
レミの魔法に比べると威圧感は低いが……よく制御された、きれいな魔法だ。
『魔法の教科書』と呼ばれるだけのことはあるな。
などと考えていると、壁に着弾した魔法が爆発を起こした。
衝撃で地面が揺れ、一瞬遅れて俺達の元へ爆風が届いた。
曲がり角の向こうからは、魔物の断末魔が聞こえる。
どうやら隠れていた魔物が、爆発に巻き込まれたようだ。
当然のことながら、今のラケルの魔法は俺が『コランダム・ドラゴン』を倒すのに使ったものよりはるかに強い。
俺が身体能力を捨て、感覚をすべて捨てて発動する魔法は、彼ら高位魔法使いが自然体で発動する下位魔法にも敵わないのだ。
もちろん、彼が『レイジ・オブ・イフリート』でも使おうものなら、90層……とまでは言わないが80台後半くらいのボスは一撃で爆死させられるだろう。
「は、はは……」
ラケルは半笑いで着弾を確認した後、自分の手を見つめる。
俺には今、彼の気持ちが手に取るように分かる。
普段とあまりにも威力が変わらないので、どうフォローを入れればいいか考えているのだろう。
しかし、あまり気を使わなくていいんだぞ。
俺の補助魔法がゴミだってことくらい、自分が一番よく分かっているからな。
というか追放までされて気が付かない奴がいたら、逆に不思議なくらいだ。
「今の、本当に『フレイム・アロー』だよな……?」
「ああ。普段と同じ使い方で発動した」
カリーネとラケルが、そう言葉を交わす。
分かりきった魔法名の確認……要は時間稼ぎだな。
あまりにもフォローのしようがないので、意味のない会話でなんとか間をもたせようとしているのだろうが……残念ながら少し時間を稼いだところで意味はないだろう。
彼らの『おだて上げて情報を引き出そうとする作戦』は、早くも失敗が見え始めたようだ。
「もしかしてだけど、君はこの魔法、いつも使ってた?」
「迷宮に入る時だけだぞ」
「迷宮の中では、常に維持?」
「ああ。仮にも補助職だからな」
ラケル達の時間稼ぎは続く。
まあ、本当に『仮の』補助職でしかなかったので、『本物の』補助職が入ると同時に……本当にほぼ同時にクビになってしまったのだが。
「凄まじい強化だな。戦う時に、常にこれがかかっていたら……自分の力だと勘違いするということもあるか?」
ラケルが時間を稼いでいると、ついにカリーネが誤魔化し方を思いついたようだ。
なんと俺の強化魔法がすごかった『てい』で、話を引っ張ろうというのだ。
気持ちは分からないでもないが……そのごまかし、続けるうちにだんだん苦しくなってこないか?
この試験の間じゅう、効いてもいない強化魔法が効いているふりをし続けないといけないんだぞ?
「いや、流石にないと思うよ。魔法使いなら、不自然な威力が出ているのに気付く。例え初心者でもそうだ」
ラケルの言葉はおそらく正しい。
魔法使いというものは、自分が使う魔法の威力くらい把握しているものだ。
もし俺の補助魔法が効いているなら、俺をそんな簡単に追放などしないだろう。
強化魔法がロクに効いていないからこそ、俺は追放されたのだ。
そうでないとしたら、『深淵の光』がとんでもないバカと無能、ラケルに言わせれば『初心者未満』の集まりだったということになってしまう。
平均レベル70を超える、歴代最強の冒険者パーティーがだぞ?
そんなことは、絶対に有り得ない。
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