第9話 最強賢者、竜を倒したのがバレる
「魂の
俺はいつも通り、筋力や素早さといったステータスを犠牲に魔力を高める。
ボスが相手でないなら、こういった身体系のステータスは最低限でいいだろう。
不意打ちは怖いので、感覚系のステータスは残しておこう。
などと考えながら歩き始めると……俺はメンバーのうち1人が立ち止まっているのに気がついた。
『魔法使いの教科書』ラケルだ。
「ラケル、どうした? アレスについていくんだぞ」
「……すまない、つい気圧されてしまった」
「気圧されるような要素、なにかあったか……?」
カリーネがきょとんとした顔で、そう尋ねる。
俺も分からないな。
もしかして、この階層の奥にいる特殊ボスの気配でも感じたのだろうか。
だが79層に特殊ボスが出るなんて話、聞いたことないんだよな……。
「もしかして、魔力?」
そう尋ねたのは、『死者すら癒やす者』ルビー=メルムだ。
治癒術師も一種の魔法系職業なので、魔力には詳しいのかもしれない。
「ああ。……今の一瞬で、彼の魔力が急激に膨れ上がったような気がしたんだ」
「それは私も感じたわ。前から大きかったけど、まだ本気じゃなかったのね」
なるほど、魂の再構築は初めて見るのか。
まあ賢者など見かける機会はないと思うので、魔力の量だけみれば多いと思うのも無理はないかもしれない。
……とはいえ、使える魔法が非常にショボいので、できることはたかが知れているのだが。
などと考えつつ俺は、通路の曲がり角に目をやる。
ここからだと敵の姿は見えないが、ちょうど角の死角に魔物の気配がある。
「スモール・フレイム・アロー」
俺は曲がり角に向かって、魔法を打ち込む。
すると、ちょうど曲がり角のところで魔法は直角に曲がり、角の向こうで爆発した。
爆発に巻き込まれ、魔物の断末魔が聞こえてくる。
「魔法が曲がった!?」
「敵に見られる前に倒したほうが安全だからな。……もしかして、敵に気付かせてから戦うほうがよかったか?」
こういった魔法は死角から敵を倒せるので、迷宮攻略という意味では安全性が高い。
だが試験としては、やはり俺に向かってくる敵の動きにどう反応するかなどを見せる必要があったのかもしれない。
角の裏側で爆発したので、魔法の威力とかも直接は見れなかっただろうし。
「ラケル、魔法というのは曲がるものなのか?」
どうやらカリーネは俺の答えに満足しなかったらしく、ラケルにそう尋ねた。
実際に曲がる魔法を見た後ではなんだか変な質問だが、まあ分かりきったことでも確認しておくのがテストの目的なのだろう。
「理屈上は可能だ。ただ戦闘で主流の有弾魔法や弾道魔法とは比べ物にならないほどの魔法制御力が必要になるし、威力も落ちる」
「……だから、ラケルの魔法はまっすぐ飛ぶのか」
「ああ。……それと単純に、曲射魔法は敵がどこにいるか分かっていないと使いようがない。……索敵魔法を使ったようには見えなかったが、まさか無詠唱での索敵か?」
無詠唱は、魔法使いの高等技術とされるものの一つだ。
とはいえ実のところ、詠唱をせずに魔法を発動させること自体はまったく難しくない。
魔法の使い方がちゃんと身についていれば、発動自体はほぼ普通の魔法と同じようにできる。
だが問題は、詠唱をしないと魔法の威力が下がってしまうことだ。
俺くらいの魔法使いだと、無詠唱での魔法は、普通の魔法に比べて8割ほどになってしまう。
もっとちゃんとした魔法使いなら9割以上は維持できるのだろうが……いずれにせよ対人戦でもなければ、無詠唱を使う理由は薄いだろう。
何の魔法を使うのか分からないと、仲間同士の連携も取りにくいしな。
「無詠唱魔法なんて使わないぞ。気配で見つけたんだ」
「気配……? そういう探知スキルかなにかがあるのか?」
「いや、なんとなく感じるんだ。敵がいそうな場所って、雰囲気で分かるだろ」
俺の言葉を聞いて、ラケルとカリーネが顔を見合わせる。
……もしかして『栄光の導き手』は、気配などというよくわからないものに頼らず、ちゃんと索敵魔法を使うのだろうか。
『栄光の導き手』らしい判断だな。
気配による探知はだいたい当たるが、ごくたまに外れることもある。
そんな不確かなものにメンバーの命を預けられないというわけだろう。
さすがは迷宮都市でもトップクラスに死亡率の低いパーティーだけはある。
「気配か……これまで92層で生き残ってきた冒険者だな……」
「エコーは、ここまで知っていたのか……?」
「可能性はあるね。もしそうだとしたら……流石は『神の眼』と言われただけのことはある」
なんだか、ずいぶんと褒められている気がする。
おかげで彼らの目的が見えてきた。
恐らく俺をおだてて、85層以降の情報を喋らせるつもりなのだろう。
しかし彼らは恐らく、ひとつ重要なことを忘れている。
俺はすでに、このパーティーから2000万ベルクも受け取っているのだ。
何だって喋るし、褒められなくたって喋る。
知っている情報をすべて、紙に書き出してもいいくらいだ。
などと考えているうちに、俺達は先程魔法を撃ち込んだ場所へとたどり着いた。
そこにはミノタウロスの頭部と、首を失った胴体が落ちている。
胴体は、大きな斧を持ったままのようだ。
ミノタウロス・エクスキューショナー。
大きな体の見た目に反して、物陰で斧を構えたままひたすら獲物を待つ、狡猾な魔物だ。
迷宮では曲がり角や分岐点に注意するように指導がされているが、その理由となっている魔物の一つだな。
他の魔物などに気を取られて角から無防備に顔を出したりして殺される冒険者は、毎年後を絶たないのだが。
「首に直撃か……」
死体を見て、ラケルがそう呟く。
彼の言う通り、首に刺さった炎の矢は爆発して、頭部と胴体を切り離したのだ。
弱点に狭い範囲で威力を集中させれば、低威力な魔法でも敵を倒せるからな。
「ああ。あくまで俺の本分は補助だから、攻撃は最小限の魔力で済ませたいんだ」
「……火力要員としても十分に行けそうな腕前に見えるけどね。……普通、壁越しにピンポイントで首なんて狙えない」
やはり、おだて上げて情報を引き出そうという作戦には変わりがないのだろう。
魔法の威力には褒めるところがないので、足りない威力を補うための涙ぐましい努力を褒めてくれるというわけだ。
頑張って工夫したところではあるので、褒めてくれるのは素直に嬉しいが。
「こういう雑魚相手なら問題はないんだが、強い奴が相手だと火力不足なんだよ」
「君が使える最大威力の魔法はなんだい?」
「フレイム・アローだ」
「……本当に? なにか隠してない?」
やっぱり、そういう反応になるよな。
82レベルの魔法系職業が、こんな初歩魔法しか使えないなんて言い始めたら、力を隠していると思われて当然だ。
……本当に隠していないからこそ、悲しいのだが。
「正直に言うけど、君が『コランダム・ドラゴン』を倒した可能性が高いことは、すでに調べがついている。……それも恐らく、大威力の炎魔法で一撃だ」
「ああ。倒したな」
つい昨日のことなのに、そこまで調べているのか。
『大威力の』というところには疑問符がつくが、まあ俺が一撃で『コランダム・ドラゴン』を倒したのは事実だ。
楽勝だから一撃で倒したとかではなく、一撃に賭けるしかなかっただけなのだが。
「それでも、フレイム・アローしか使えないと?」
「ああ。あれもフレイム・アローで倒した」
「……分かった。じゃあ、敵がいない場所でいい。その時と同じ魔法を、使ってみてくれないか?」
あれと同じ魔法か……。
初対面のメンバーの前ですべての感覚を失うのは少し気が引けるが……命令なら仕方がないな。
「分かった。だが発動から10秒ほど、反動で感覚がなくなる。声も聞こえないと思ってくれ。それでいいか?」
「構わない。ちゃんと守るから安心してくれ」
どうやら問題がないようだ。
俺はすべての筋力を失うのに備え、壁によりかかって姿勢を安定させる。
そして、魔法を発動した。
「魂の
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