第8話 最強賢者、テストを受ける


「テスト班、集合しました」


 これまた見覚えのあるメンバー達だな。

 いずれも迷宮都市では知らない人間のいないような有名人たちだ。


 中でもひときわ有名なのは、『剣の頂』カリーネ=ラインマイヤーだろう。

『深淵の光』がまだ弱かった頃などは、彼女を上回る剣士はこの先100年生まれないだろうと言われていたくらいだ。

 まあ実際には、うちのベルドにあっさり抜かれてしまったのだが。


 ……おっと、もう『うちの』ベルドではなかったな。

 憎きライバルパーティーのリーダーにして、少し前まで仲間だった人間を迷宮内で放り出す悪逆非道のベルドによって、惜しくも追い抜かれてしまったのがカリーネだ。

 まあ、あれは仕方がないだろう。

 人格はクソだが、実際ベルドは強すぎた。人間の強さじゃない。


 まあ、ベルドのことは今はいい。

 俺の目の前にいる、テスト班のメンバーのほうが大事だからな。


『不動の盾』ガドラン=アイスマン。

『死者すら癒やす者』ルビー=メルム。

『すべてを砕く槍』ルイーネ=ジルコニア

『魔法使いの教科書』ラケル=ロンメル。


 いずれも黄金期の『神の導き手』を支えた、有名冒険者たちだ。

 いや、年齢を考えれば、むしろこれからが全盛期というべきだろう。

 彼らも若くして頭角を表したタイプなので、恐らくほぼ全員が20代だしな。


「これって……『栄光の導き手』の主力部隊じゃないか?」

「もちろん、84層攻略メンバーを主軸として、テスト班を選んだ。……92層まで行った君の力を測るには、強いメンバーじゃないといけないからね」

「ずいぶんと期待してくれてるんだな、あのパーティーのお荷物に」

「そりゃそうさ。期待の持てない相手に2000万も払うほど、ウチもお金は余ってないからね」


 俺の言葉に、アルトリア=エコーがそう答える。

 ちなみにエコー自身は、『神の眼』とか『神の事務職』とか、色々な呼び名があるみたいだ。

 本人の戦闘力は……強いとか弱いとか色々な説があるが、あまり強そうには見えないな。


「92層の戦いを生き残ったアレスさんの力がどれほどのものか……楽しみですね」

「しかも、迷宮都市最高の……82レベルだろう? 60台の我々には想像もつかん」

「俺達の最高レベルは、ルイーネの70だからな」


 もし彼らが本心で言っているとしたら、俺の力を見ればがっかりするだろうな。

 なにしろ92層では支援で手一杯で一度も戦っていないのだ。

 たまに飛んできた攻撃を避けるだけのを戦いとは言わないだろう。


「あ、ひとつ追加で要望があるんだけど、もし誰かが怪我をしたら治療は彼に任せてみてほしい。もちろん緊急性が高いようならルビーも一緒にね」

「分かりました。……とはいえ、怪我をするような戦い方はしませんけどね」

「気を付けてはいても、迷宮は迷宮だ。怪我をすることくらいはあるさ」


 テストって、やっぱり迷宮でやる感じか。

 まあ、まともに戦いの腕を試せる場所など少ないので、当然といえば当然だな。

 人間相手の戦いなら空き地でも試せるが、対人戦と迷宮はまた違うし。

 などと考えつつ俺は、ひとつ気になることを聞いてみることにした。


「そういえば、リーダーやカリーネには敬語を使ったほうがいいのか?」


 冒険者の間では、あまり敬語を使う文化がない。

『深淵の光』でもメンバーの間では実質的な上下関係があったが、言葉遣いまでは変わらなかった。


 理由には色々とあるが、よく言われるのは野盗などに盗聴魔法を使われた時、誰がリーダーだか口調で簡単に分かってしまうと問題だからだ。

 最近は敬語を使うところも増えてきたみたいだが、昔気質なパーティーは今も敬語を使いたがらないし、上位パーティーほどそういったところが多い。

 だがカリーネ達が、エコーに敬語を使っていたのが気になったのだ。


「ああ、そのままで構わないよ。そのほうが安全だからね」

「私にも敬語はやめてくれ。ウチに敬語禁止の規則はないが、主力部隊の中では使わないことになっている」

「……その理屈だと、俺は入らなそうだが……」

「アレスはテストの後、主力部隊に所属する予定だ」


 ……いや、俺なんかを主力部隊に入れたら、他のメンバーが困ると思うのだが。

 俺はレベルだけは高いが、それ以外には何もないぞ。


「俺なんかを主力に入れるのは……」

「悪いが、ウチの人事を決めるのは僕の仕事だ。ウチに入った以上、1ヶ月は言うことを聞いてもらうよ」

「安心しろ。エコーがメンバーの力を見誤ったことは、今まで一度もない」


 つまり、今回が最初の間違いになるということか。

 まあ、実際に俺の力を見れば、すぐに彼らも気付くだろう。

 こんな雑魚を主力部隊に入れたりしたら、『栄光の導き手』は終わりだと。


「というわけだからカリーネ、後は任せるよ」

「はい。……ついてきてくれ」


 そう行ってカリーネが、俺達を連れて歩き始めた。


 ◇


 それから少し後。

 俺達は迷宮の入口にある、大きな門へとやってきていた。


 迷宮には、2つの門がある。

 ひとつは1層につながった、開きっぱなしの門。

 そしてもう一つは、黒い鏡のようなものでできた門だ。


「79層」


 カリーネが転移門に触れてそう宣言すると、鏡の向こう側に79層の景色が見えた。

 これで今この門は、79層につながったというわけだ。

 どういう原理なのかはわからないが、古代のロストテクノロジーらしい。


「アレス、79層のボス討伐経験はあるよな?」


 こうなった門は、その階層のボスを倒した経験がないとくぐることができず、弾かれてしまう。

 立ち入ったことのない層はもちろん、ボスがいないタイミングで階層を通り抜けたような場合も通れない。

 幸い、『深淵の光』はボスと見るや喜々として突っ込んでいくタイプのパーティーだったので、深めの階層は大体通れるのだが。


「ああ。大丈夫だ」


 俺達はそう言葉を交わして、門をくぐる。

 だいたい最深攻略階層から5層戻れば、かなり安全に戦えると言われている。

 84層を攻略した主力たちにはここが適正というわけだろう。


「では、まず単独での戦闘力を試したいと思う。アレスが補助職だということは理解しているが、まあテストだからな」

「分かった。何をすればいい?」

「このまま迷宮を進み、最初に出てきた敵と戦ってくれ。危ないと判断すれば我々が介入するから安心していい」

「了解」


 俺はそう言って、5人の前に出る。

 迷宮で先頭に立つなんて、何年ぶりだろうか。


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