第7話 最強賢者、契約書を読み直す

 翌朝。

 俺が目を覚ますと、そこは知らない建物の中だった。

 普段の宿屋とは比べ物にならないほど柔らかいベッドが、ここが俺にとって場違いなどこかであることを知らせている。


 二日酔いの頭痛に抵抗しながら、昨日あったことを思い出そうとしていると……窓の横に、見覚えのある紋章があるのが目に入った。

 紋章……いや、正確には『栄光の導き手』のパーティー章だ。

 俺はそれを見て、昨日あったを思い出した。


「そうだ……2000万ベルク!」


 俺はそう叫びながら立ち上がり、服を確認しようとする。

 すると、服の一部が異常に重いことに気がついた。


 服のひもには、革袋が何重にも結ばれた上に、防御魔法までかけられている。

 この痕跡は……おそらく自分でかけた防御魔法だな。

 そう考えつつ袋を開くと、そこには白金貨が詰め込まれていた。

 やはり昨日の出来事は、間違いではなかったようだ。


 金を受け取ったところまでは覚えているが、部屋に連れて行かれた経緯はまったく記憶にない。

 縛られたりしていないということは、別に悪いことはしていないと思うが……まあ、ここが『栄光の導き手』の施設なのであれば、外にいる誰かに聞けば分かるだろう。


 そう考えながら部屋を出ると、そこには見覚えのある顔があった。

 俺に2000万をくれたお金持ち、アルトリア=エコーだ。


「やあ、おはよう」


 エコーは俺の顔を見ると、そう挨拶をした。

 2000万もくれてこんないい場所に泊まらせてくれたのに、まったく偉そうな様子がない。

 ベルドたちは、15万ベルクぽっちの給料で俺を奴隷みたいに扱っていたというのに。


「おはよう。……昨日は何があったんだ?」

「簡単に言うと、君は『深淵の光』を抜けて、『栄光の導き手』のメンバーになった。……とはいえ酔っているところにつけ込んだ自覚はあるから、もし契約内容が気に入らなければ破棄してらってかまわないよ」


 そう言ってエコーが、俺に契約書を差し出す。

 昨日も見た契約書だが……そういえば、金額以外の部分はちゃんと見ていなかったな。


『金に目がくらんだ』といえば聞こえが悪いが……それ以外に表現のしようがない。

 俺は金に目がくらんだのだ。何が悪い。

 白金貨の輝きを見て目が潰れなかっただけ、頑丈な目を持っていたと褒めてもらいたいくらいだ。


 などと考えつつも俺は、契約書の内容をもう一度確認する。


 ――――――――――

 入団契約書


 契約期間 第四月の31日より31日間


 団員は以下の規則を守るものとする。

 ・団員は指定した期間、毎日一度はパーティー事務所を訪れ、翌日以降の任務を確認するものとする。ただし複数日に渡る任務中は、この限りではない。

 ・団員はパーティーに指定された任務を受注し、その遂行に全力を尽くすものとする。

 ・自身あるいは他のメンバーが危険に陥った、もしくはそうなる可能性が高い場合、任務の遂行より安全な帰還を優先する。

 ・パーティーによる緊急招集がかかった場合、可能な限り応じるものとする。

 ・飲酒は任務に差し障りのない範囲までとする。

 ・もし休暇が欲しい場合、1週間前までにパーティー事務所に連絡をすること。ただし休暇中は契約期間の日数にカウントしない。


 以上の義務を果たすことを前提とし、団員は以下の給与を受け取る。


 報酬額 2000万


 なお期間中の働きは今回の給与ではなく、次回契約時の給与に反映する。

 ただし期間中の働きが著しく良かった者が次回契約を行わない場合、追加報酬を別途現金支給することがある。


 ――――――――――


 ……なるほど。

 なんだか、話がうますぎる感じがする。

『パーティーが給料を払ってるんだから、死んでも任務を遂行しろ!!』とか言われても、文句を言えない立場のはずなのに。


「契約内容、これだけか?」

「ああ。それがなにか?」

「著しく働きがよかった場合に給料が増えるって書いてあるが……悪かった場合は?」

「その場合は次の月の給料がすごく下がったり、ひどい場合は再契約を行わなかったりするね。今までそんな例は一度もないけど」


 一度も……?

 なんだろう、ものすごく優しいパーティーに来てしまったような気がする。


 とはいえ、エコーが話している内容は、実は迷宮都市に流れている噂と完全に一致している。

 栄光の導き手はすさまじく給料がいいのに、冒険者にあまり無理をさせないのだ。


 そのため『栄光の導き手』は、多くの冒険者のあこがれの的になっていた。

 前回の入団試験は、倍率300倍を越えたという噂だ。


 だからこそ、俺がここに誘われたということが信じられない。

 まあ、戦力ではなく情報を期待して、1ヶ月だけの契約ということなのだろうが。

 などと考えていると、エコーが口を開いた。


「ところで君、二日酔いみたいだね」

「……酒臭かったか?」

「冒険者の体調くらいは見れば分かるさ。……治癒術師を呼ぼうか?」

「いや、大丈夫だ」


 俺の言葉を聞いて、エコー顔をしかめた。

 どうやら彼は、俺に治癒を受けてほしいらしい。


「昨日伝えた通り、君には最初の任務として、ちょっとしたテストを受けてもらう。二日酔いの状態でやってもらうわけにはいかないね」


 なるほど、そんな話があったのか。

 まったく記憶にはないが……恐らく、酒のせいで記憶が飛んでいる間に伝えられたのだろう。

『深淵の光』について何も聞かれないのが気になるが、もしかしてそれも俺が忘れているだけで、すでに話し終わったのだろうか?


 だが酔っ払いから、そこまで重要な話をちゃんと聞けるかは怪しいものだ。

 だとすると聞いてこないのは、単純にゆっくり聞き出せばいいと思っているだけかもしれないな。

 契約期間は30日もあるのだから、別に急ぐ必要もない。


 いずれにせよ、これだけ給料をもらっていれば、逆らう理由もないだろう。

 今日はテストを受ける日らしい。


「キュア。……これでいいか?」


 俺は治癒魔法を発動し、二日酔いを直す。

 二日酔いというのは要するに、体の中――主に血に混じった毒が原因なので、解毒効果を持つ治癒魔法で簡単に治すことができる。

 俺ごときのために、ちゃんとした治癒術師の手を煩わせるまでもないだろう。


「……驚いたね。本当に治ってるみたいだ」

「賢者だって、低級回復魔法くらいは使えるからな」


 回復魔法や治癒魔法には、いくつか種類がある。

 しかし賢者が使えるのは『ヒール』『キュア』『リジェネレーション』といった、基本的な回復魔法だけだ。

 もし上位魔法が使えれば、『深淵の光』でも、あんなに回復に苦労することはなかったはずなのだが。


「二日酔いの毒は血液と強く結合する力を持っているから、上位魔法の『ディヴァイン・キュア』あたりじゃないと効果がないはずなんだけど……」

「そんなことはない。二日酔いの毒の治癒魔法抵抗なんてせいぜい『ブラッド・スコーピオン』の尻尾と同じくらいなんだから、ヒールで十分だ」


 どうやら彼は、治癒魔法については詳しくないようだ。

 まあ、アルトリア=エコーは前線に出ないパーティーリーダーとして有名なので、現場で使う魔法はあまり詳しくないのかもしれない。


 そういえば、迷宮都市にはわざと高位魔法を使って高額を請求する、悪徳治癒術師がいるという噂もあるな。

 もしかしたら彼が、そういった連中に嘘を吹き込まれたのかもしれない。

 この人のいいお金持ちが、今まで騙されていなければいいのだが。


「……もしかして君のヒール、腕が生えてきたりしない?」

「回復魔法なんだから、腕くらいは生えるだろ」


 何を言っているんだこの人は。

 前線に出ないにしても、さすがに物を知らなすぎる気がする。


 腕も生えないような魔法で、どうやらパーティーを支えるつもりなのだろう。

 まさか90層とかで魔物の攻撃を食らって、擦り傷や切り傷で済むとでも思っているのか……?

 流石に首は生えないが、それ以外はだいたい生えるさ。


「……そうか。テストが楽しみだね」


 エコーは俺の言葉を聞いて、何か言いたそうにしたが……途中でやめたようだ。

 さすがに現場で戦ってきた冒険者を相手に、魔法のことで議論をするのは無理だと思ったのだろう。

 賢明な判断だな。


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