第6話 最強賢者、大金を手にする

「ビール! ビールをくれ!」


 空になった瓶を掲げ、俺は店主にそう告げる。

 カウンター席を選んだのは正解だったな。注文がしやすい。


「おいおい、飲み過ぎなんじゃないか!?」


 店主はそう言いながらも、新しいジョッキを俺の手元に置いてくれる。


 ……飲みすぎていることなど、自分でも分かっている。

 視界はふらつくし、トイレに行くときにも真っすぐ歩けなかった。

 だが、ヤケ酒というのはこういうものだ。


 パーティーを追い出された俺は、明日からどう生活していいのかも分からない。

 どうせベルドたちは俺が経験値を盗んだという話を広めているだろうし、誰も俺をパーティーに入れてなどくれないだろう。


 俺は冒険者以外の仕事の経験などないし、パーティーからは冷遇されていたので大した貯金もない。

 俺の実力を考えれば冷遇ではなく、ふさわしい待遇……いや給料がもらえるだけマシだったのかもしれないが、いずれにせよ貯金がないのは確かだ。

 冒険者をできないとなると、今すぐにでも仕事探しを始める必要があるだろう。


 かといって、貧弱な補助職が一人で迷宮に挑むなど、それこそ自殺行為だ。

 冒険者として培った体力を活かせる仕事を探したほうが、まだマシというものだろう。

 補助職とはいえ82レベルともなれば多少の身体能力はあるので、肉体労働ならそれなりには働けるかもしれない。


 ああ、そういえばコランダム・ドラゴンの死体を持って帰って来るのを忘れた。

 特殊ボスの素材はレアなので、高く売れるのに。


 急いで取りに帰ろうか。

 いや、こんな泥酔状態では無理だ。

 もっと早く思い出すべきだった。


 などと考えつつ、俺は酒を飲む。

 将来や仕事に関する不安をかき消すために。


 そんな中……4人の客がやってきて、俺の左右に分かれるように座った。

 俺は隣の邪魔にならないように、ビールのジョッキを少し手前側に寄せる。


「全員分のビールをお願いします」


 ……なんとなく聞き覚えのある声だな。

 そう考えて俺は、ビールを注文した男を横目で見る。


 すると、それが誰だかはすぐに分かった。有名な顔だったからだ。

 迷宮都市で一番稼いでいると言われるパーティー、『栄光の導き手』のリーダー、アルトリア=エコー。

 自らは一切戦闘に出ないにも関わらず、前線で戦うメンバーたちにも慕われていると噂の、不思議な人物だ。


『深淵の光』に比べるとだいぶ弱いギルドが莫大な額を稼ぎ、俺達のライバル扱いされていたのを、ベルドはよく思っていなかったっけ。

 だが弱いギルドとはいっても、沢山の依頼をこなせているの自体は称賛すべきだろう。

 依頼は発注者たちが必要とする理由があって出されているものなので、依頼を多くこなしているということは、多くの人の役に立っているということなのだ。

 まあ、こんなことをベルドの前で言えばもっと早く追放されていた可能性が高かったので、本人の前では口が裂けても言えなかったのだが。


 しかし、アルトリア=エコーでも、こんな庶民的な店に来るんだな。

 うまい店なのは間違いないので、こういった店を選ぶのが、逆に通なのだろうか?

 そう考えていると、その男が声をかけてきた。


「はじめまして、アレス=ロデレールさん」

「……ふぇ?」


 なんで彼が俺の名前を知っているのだろうか。

 そう考えて顔を上げると、エコーの反対側にいるのが、カリーネ=ラインマイヤーだということに気がついた。


『栄光の導き手』の副リーダーで、俺達が台頭する前は迷宮都市最強の一角とされていた女性だ。

 もちろん今の『深淵の光』に比べれば数段劣るだろうが、それでも俺よりはずっと強いだろう。


 なぜ俺は、こんな豪華メンバーに囲まれているのだろう。

 もしかして、1位の座を奪われた腹いせに、俺をいじめにきたのか?

 俺だったら他のメンバーと違って弱いから、やり返せないから?


 だが、やり返すなら他のメンバー相手にしてほしい。

『深淵の光』が相手ともなると、『栄光の導き手』では力不足かもしれないが……俺なりに分析したあいつらの弱点とかを教えれば、多少は嫌がらせができるかもしれない。

 弱点分析とかを誰かに教えるつもりはなかったが、あんなひどいやり方で追い出された後なら、そんな事を気にする必要もない。

 酔った勢いというやつだ。


 などと考えていると、エコーが口を開いた。


「アレスさんが、『深淵の光』を脱退したという噂を窺いました。本当ですか?」

「脱退したんじゃなくて追放されたんだ。馬鹿にしにきたのか?」


 もうそこまで情報を掴んでるのか。

 さすが『栄光の導き手』のリーダー様の情報網はすばらしいな。


 しかし、その情報を掴んだとして、俺のところに来て何の意味があるのだろうか。

 ……残念ながら、馬鹿にしに来た以外の理由が思い浮かばない。

 それとも、やっぱり『深淵の光』の弱点を聞きたいのだろうか。


「次のパーティーはお決まりですか?」

「決まってるわけないだろ。馬鹿にしに来たんだな?」


 ああ、やっぱり馬鹿にしに来たのか。

 弱点を聞かれれば答えてあげるつもりだったのに、損したな。

 そう考える俺の前に、エコーは1枚の紙を差し出した。

 紙には『冒険者パーティー『栄光の導き手』 入団契約書』と書かれている。


「よろしければ、うちに入りませんか?」


 俺は怪しいものを見る目で、その契約書を眺める。

 仕事を失った俺にとって、パーティーに誘ってもらえるのはありがたい話だ。


 だが他のメンバーならともかく、こんな俺なんかを雇う理由があるか?

 もしかして、パーティーに入れるという名目で、安い給料でこき使おうとしているのだろうか。

 そう考えて給与の欄を見ると……そこには月給200万ベルクと書かれていた。


「この……給与の額は?」

「……金額が気に入らないのですか?」


 違う。高すぎるんだ。

 200万ベルクといったら、普通の低級冒険者10人分以上の金額だ。


 ちなみに俺が『深淵の光』でもらっていた金額は15万ベルク。

 常にギリギリの生活ではあったが、それでもなんとか暮らすことはできた。

 1桁間違えているだろう。20万ベルクの間違いだ。


 そう言おうと思ったが、言葉が出てこなかった。

 視界がぐるぐると回っているし、頭も痛い。

 なんだか急に酔いが回ってきたみたいだ。


「ではこうしましょう」


 そう言ってエコーが、給与欄の一番右にゼロをひとつ書き足した。

 2000万ベルクだ。ふざけている。


「信用できませんか?」

「ああ」

「わかりました」


 そう言ってエコーが、懐に手を入れ……小さな革袋を取り出して、俺の前に置いた。

 袋の中から、硬貨が擦れ合う音がする。


「報酬は全額前払いです。これで信じて頂けますか?」


 全額?

 2000万がこんなに小さい袋に入る訳がないことくらいは、酔っぱらいにだって分かる。

 やっぱり馬鹿にしに来たんだな?


 そう考えて袋を開くと……中には、見慣れない白い硬貨が入っていた。

 硬貨とは思えない複雑な装飾が施されたそれは、ちょうど20枚入っている。

 つまみ上げてみると伝わってくる重さが、それを本物だと告げていた。


「これ、まさか……」

「白金貨です。1枚100万ベルク。……2000万は、金貨だとかさばりますからね」


 なるほど。

 彼らの魂胆はなんとなく掴めてきたぞ。

 とにかく俺を1ヶ月だけ雇って、彼らが知らない85層以降の情報と『深淵の光』を引っ張るだけ引っ張って、1ヶ月でクビにしようというわけだ。


 確かに85層以降の攻略情報は、彼らからすると喉から手が出るほど欲しいもののはずだ。

 金持ちの彼らにとっては、2000万ですら惜しくない情報なのかもしれない。


 しかし、これは俺にとって渡りに船だ。

 パーティーを追放された時のことを考えると、あいつらに義理立てする理由などない。

 むしろタダでもいいから85層以降の情報をバラまいて、早く誰かにあいつらを抜かしてもらいたいくらいだ。

 つい昨日まで俺の誇りだったあのパーティーは、今では憎むべき敵と言ってもいいくらいなのだから。


「撤回はなしだからな」

「もちろん、撤回などしませんよ」

「分かった」


 俺はそう言って契約書にサインをして、革袋を大切にしまい込んだ。

 さらに、革袋のひもを服のひもと固く結びつけて、絶対に落とさないようにしておく。

 酔っている間に盗まれたりしたら大変だからな。


「オヤジ……会計を頼む」

「おう! よかったな!」


 俺は店主に代金を支払うと、席を立った。

 まずはヤケ酒より、この金を無事に運ぶことのほうが大切だ。


 そう考えて俺は一歩踏み出し……その場で倒れ込んだ。

 立ち上がろうとするが、脚に力が入らない。

 ……どうやら、飲みすぎたみたいだ。


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