第5話 二番手パーティー、最強賢者を発見する

「……どういう意味ですか?」

「そのままの意味だよ。どこかから情報が漏れるといけないから、今までは誰にも話していないけどね」


 カリーネの言葉に、エコーはそう答える。

 まるでずっと以前から、この答えを用意していたかのように。


「『深淵の光』がデビューしたばかりの頃、彼らはごく普通の冒険者パーティーだったことは知ってるね?」

「はい。それまでは一般的な30層クラスのパーティーだったのが、4年前あたりからアレス以外のメンバーが急激に成長。それからわずか1年で我々の最深攻略階層を更新……冗談みたいな速さです」

「ああ。気になっているのはまさにそこだよ。……1人だけすごく強いとかなら分かるけど、メンバーのうち1人以外が全員まとめて一気に成長するなんてこと、あり得るのかな?」

「……確かに、1人だけ強くなるパターンは結構ありますが……1人以外がとなると珍しいですね」


 たとえパーティーで冒険をしていても、経験値の多くは直接的に魔物を倒したメンバーに入る。

 そのため、パーティー内で実力や戦闘センスに差がある場合、一緒に戦っていても1人だけレベルが上ってしまうようなことも少なくない。

 こうしてレベルが合わなくなっていくのは、パーティーの解散理由の中でもかなりメジャーなものに入る。


「それと、決定的なのはアレス君のレベルだね。1人だけ弱いはずなのに、やたらレベルが高いんだ」

「……それは私も気になっていました。もしかしたらアレスさんが1人で敵を倒し、その実績だけを他のメンバーに配分しているんじゃないかと思うほどに。……でも、それだとあの扱いに甘んじている理由がわかりません」


 アレスがパーティ内でひどい扱いを受けているというのは有名な話だ。

 冒険の後の打ち上げでも、他のメンバー達が酒場で豪遊する中、アレス一人が次の冒険のための準備や雑用に奔走しているという話もあった。

 そして酒場での話も、何割かはアレスの悪口だったりするのだ。


「その通りだ。でも賢者には、『マジック・オーラ』というスキルがある。聞いたことはあるかい?」

「名前くらいは聞いたことがありますが……あまり優秀なスキルと言う印象はないですね」


 エコーの言葉に対して、そう答えた。

 賢者という職業は、一般的に冒険者には不向きとされていて、一定以上のレベルの冒険者にはほぼいないと言われている。

 そのため一緒に冒険をする機会もないので、スキルなどもあまり知る機会はないのだ。


「まあ、要するに強化スキルの一種なんだけど……相手を強化した分だけ、自分に経験値が入る効果があるみたいなんだ。たとえば1割強化したら、1割分の経験値が入る」

「1割……強化幅はそんなに大きいんですか?」

「一般的には、とても低いと言われているね。高かったらみんな使ってるさ」


 エコーの言葉に、カリーネは頷いた。

 1割も効果があるのなら、どこのパーティーだって賢者が欲しいだろう。

 少なくとも、不遇職扱いなどされていないはずだ。


「まあ、このスキル単体だと効果が低いんだけど……もう一つ、ソウル・リコンストラクトというスキルがある。これは筋力とか素早さ、そして防御力を削る代わりに、魔力を増強するスキルだ」

「初めて聞くスキルですね」

「そりゃそうだよ。迷宮の中で筋力や素早さや防御力を削るのなんて、自殺行為だし」


 筋力や素早さ、そして防御力。

 レベルが上がればぐんぐん身体能力が伸びる戦士系と違い、魔法使い系職業は身体能力の伸びが悪いため、もともとこういったステータスが不足気味なのだ。

 冒険者としてのレベルが上がり、深い階層に行けば行くほどこの差は顕著になり、魔法使いの死亡率を上げる原因になる。

 深い階層に行けば行くほど魔法使い系の冒険者が減るのは、これが理由なのだ。


 これをさらに削ったりすれば……魔物の攻撃を避けられない上に、一撃食らっただけで死ぬという、とても貧弱な生き物が完成してしまう。

 浅い階層ならともかく、80層を超える階層でそんなことをすれば、1日生き残ることすら難しいだろう。

 だがアレス達は80層を越えてからもう3年以上、一人も欠けずに生き残っているのだ。


「アレス=ロデレールはそんなスキルを使いながら、パーティーを補助している……そう言いたいんですか?」

「……僕の予想が正しければね」

「どうして、今まで死んでいなかったんでしょうか……?」

「それはまあ、彼自身の技術と才能がなせる業なんだろうね。アレス君の強さに気付いた時、賢者の育成を選択肢として考えていたんだけど……それを諦めた理由はまさにそこだよ。普通の人間にやらせたら3日で死ぬ」


 エコーの言葉に、カリーネたちが納得した顔をする。

 冒険者の強さに影響を与える要素は沢山あるが、才能はそのうち最も大きなものの一つだ。

 スキルの性能などはレベルと職業が同じならさほどの差がつかないが、反射神経や判断能力などといったスキルとは関係のない部分は、個人の才能による部分が大きい。


「もしかしたら、そのことを悟らせないために対外的には『アレス=ロデレールは弱い』ってことにしてるんじゃないかと疑ってたんだけど……彼を追放してしまったところを見ると、ただ単に頭が悪かっただけみたいだね」


 そう話したところで、エコーが窓の外を見た。

 外には『栄光の導き手』のメンバーたちが、整然と並んでいる。


 エコーはアレス救出のため、この会議の前からメンバー全員の招集をかけていた。

 それは幹部達……特にカリーネを説得できる自信があったからだ。


「集合が終わったみたいだね。……彼を救出することに賛成の人は、手を上げてくれ」


 窓の外の様子を見ながら、アレスがそう告げる。

 だが、誰も手を上げなかった。


「……彼の救出には、かなりの危険が伴うかと」


 先程の話で、アレスの重要性は理解できた。

 しかし……コランダム・ドラゴンがいる階層から彼を助けるのが難しいことに変わりはない。

 正直なところ、死者が出る可能性も低くはないだろう。

 それを理解した上で、カリーネは手を上げた。


「しかし、その危険を冒す価値はあります」


 カリーネに続いて次々と手が上がり、最終的に全員の手が上がった。

 それを見て、エコーが満足げに頷いた。


「じゃあ、後は任せるよ」

「了解しました」


 そう言って幹部たちが、パーティー事務所を出ていく。

 エコーの仕事は何をするか決めることであって、実際の冒険は彼らの仕事なのだ。


「まだ生きてるといいんだけど……まあ、彼の生存能力を信じるしかないかな」


 誰もいなくなった部屋の中で、エコーはそう呟いた。


 ◇


「これより、緊急迷宮遠征の志願者を募る! 目標はコランダム・ドラゴン出現中の第64層に取り残された、アレス=ロデレールの救出! 参加可能な者は、一歩前に出ろ!」


 集まったメンバーたちの前で、カリーネがそう叫ぶ。

 すると、20人ほどのメンバーが、一歩前に出た。


 事前に予定されていない迷宮遠征などの場合、こういった形で志願者を募るのが、『栄光の導き手』のやり方だ。

 仕事の内容を聞いたメンバー達は、体調や自分の戦力などを考慮して、各自で参加を判断する。

 今回はコランダム・ドラゴン――80層クラスのボスが相手なので、志願者はパーティーの中でも主力級の冒険者ばかりだ。


 そんな中……中堅クラスのメンバー、ケントが、おずおずと手を上げた。

 酒場にいたところで招集命令を受けたのか、顔は少し赤らんでいる。


「あの、ちょっといいですか」

「どうした?」

「アレス=ロデレールって、あの『深淵の光』のアレスさん、ですよね?」


 ケントの言葉に、カリーネはどう答えるべきか考えた。

 そこまでして救出する価値があるのか、と聞きたいのだろう。


 結論としては、その価値はある。

 だが彼に関してどこまで説明すべきかは、難しいところだ。


「そうだ。それがどうかしたか?」


 それ以上突っ込まないでくれ、とカリーネは願う。

 今回の救出任務は、実質的には救出というよりスカウトが主な任務だ。

 できれば彼のスカウトに成功するまで、他のギルドにアレスの重要性が漏れないようにしたい。

 だが、ケントの次の言葉は、カリーネの予想とはまったく違うものだった。


「えっと、その……俺の見間違いじゃなければ、アレスさん、さっき酒場で見たんですけど……」

「……は?」

「『豚の止まり木亭』で、、めちゃくちゃ飲んでるのを見ました。なんか嫌なことがあったみたいで、ヤケ酒だーとか言って……」


 彼の説明は、ある程度の筋が通っている。

 パーティーを追放された人間がヤケ酒をするのは、きわめて自然な流れだ。

『豚の止まり木亭』は、安くて美味しい冒険者の味方みたいな店で、ヤケ酒の場所として選ぶのも納得がいく。


 だが、そんな事はありえない。

 敵と遭遇しにくい場所に閉じこもって生き残るだけならともかく、1人で取り残された人間が脱出できるほど、コランダム・ドラゴン出現中の64層は甘くないのだ。


「人違いじゃないか?」

「俺も見ました。あれは間違いないです」

「深淵がどうとか言ってたので、絶対そうです」


 カリーネの言葉に、招集されたメンバーが口々に目撃報告を上げる。

 どうやら、救出の必要はなかったようだ。


「……すまない、迷宮遠征は中止だ。いちど幹部会で今後のことを相談するから、招集の目的は外に漏らさないでくれ」


 そう言ってカリーネは、パーティー事務所に引き返した。

 迷宮遠征部隊の代わりに緊急勧誘部隊が編成され、豚の止まり木亭に向かったのは、それからわずか5分後のことだった。



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