第4話 二番手パーティー、最強賢者を助けようとする

 迷宮都市最強のパーティー『深淵の光』には、ライバルと言われているパーティーがある。

 Aランク冒険者パーティー『栄光の導き手』だ。


 迷宮都市においては、パーティーの強さは最深攻略階層で測られるのが一般的だ。

『栄光の導き手』が持つ84層という記録は、一応は2位ではあるとはいっても、92層を攻略した『深淵の光』とくらべてだいぶ見劣りする。


 にもかかわらず、『栄光の導き手』が『深淵の光』のライバルとまで言われている理由は、その圧倒的な信頼にある。

 彼らは低ランクから高ランクまで大量の依頼を引き受け、そのほとんどを成功させてきた。

『失敗が許されない依頼なら『栄光の導き手』に頼め』というのは、依頼主たちの間での合言葉にもなっている。


 もちろん、少数の依頼を受けて成功させるだけなら、できるパーティーは沢山ある。

 しかし彼らは年間7000件――1日あたりに直せば20件近い依頼を受けている。

 ここまで沢山受ければ、一定数は失敗が出るものなのだが……その失敗がほとんどないのが、『栄光の導き手』の強みなのだ。


 この依頼数と成功率を支えるのは、その組織構造だ。

『栄光の導き手』は、高ランクから低ランクまで200名以上の冒険者を抱えている。

 そして依頼に応じた戦力でチームを組んで攻略を行い、達成が困難だと判断されれば、より強いメンバーが依頼を引き継ぐことによって期限内に依頼を終わらせるというわけだ。

 ギルドによる区分としては一応、パーティーということになっているが……実質的にはパーティー群、あるいは『栄光の導き手』自体が一種のギルドのようなものだと考えてもいいかもしれない。


 口で言うのは簡単だが、これは容易なことではない。

 同じことをやろうとしたパーティーは無数にあり、そのすべてが失敗してきた。

 刻一刻と変化する迷宮の中で多くのメンバーに仕事を与え続け、かつ困難な依頼の引き継ぎが発生してもスケジュールが破綻しないように組織を運営するためには、凄まじい事務能力と情報収集能力が必要となるのだ。


 では、なぜ『栄光の導き手』は成功したのか。

 それは、この男――『栄光の導き手』の創設者にしてリーダー、アルトリア=エコーがいたからだ。


「全員集まったようだから、さっそく本題に入ろうか」


 緊急招集に応じて集まった幹部たちを見て、エコーは満足げに頷く。

 集まった幹部たちは、いずれも84層攻略に参加した最精鋭のメンバー達。


 この場で最も弱いのは、他ならぬエコーだ。

 なにしろエコー本人はこの10年ほど一度も迷宮に入らず、ひたすら情報収集やメンバーのサポート、依頼の受注交渉などに徹してきたのだから。

 そして彼の情報網は今日、また新たな情報を掴んでいた。


「アレス=ロデレールが、『深淵の光』から追放された」


 メンバー達に反応はない。

 彼らにとって、それはさほど予想外の情報ではなかったからだ。


 アレス=ロデレールは『深淵の光』で最弱のメンバーであり、お荷物だ……というのが、迷宮都市での定評だった。

 定評というか、『深淵の光』のリーダーであるベルド自身がそう公言していたのだから、疑う余地はない。

 街で見るだけでもアレスが他のメンバーに嫌われているのは分かったし、付与術師のライムと入れ替えに追放されるのは、自然というものだろう。


「勧誘に向かいますか?」

「ああ。そのつもりだ。ただ一つ問題があってね……彼が追放された場所は、迷宮の64層だそうだ」

「……64層はいま、コランダム・ドラゴンの出現中では?」


 特殊ボスの出現は多くの冒険者の命に関わるため、発見した場合は報告が義務付けられている。

 今回のコランダム・ドラゴンの出現も、『深淵の光』により報告済みだ。


「ああ。アレス君を追い出して帰る途中の『深淵の光』が、たまたま偶然、コランダム・ドラゴンを見つけた……という報告がギルドに入ったらしい」

「『深淵の光』が見つけたのに、討伐しなかったんですか?」

「新メンバーがいたから、安全を取って逃げたって言ってるらしいよ。笑っちゃうよね」


『深淵の光』は、功名心と出世欲の塊みたいなパーティーだ。

 そして特殊ボスの討伐は、大きな名誉と富をもたらす。


 そんな彼らが特殊ボスを見つけて、倒さずに帰るなどありえない。

 なにか特別な理由……例えば、ボスに殺してほしい人間がいたとかなら話は別だが。


「それはもはや、追放に名を借りた殺人では?」

「僕もそう思うよ。でも迷宮の中での犯罪は、証拠が残りにくいからね」


 迷宮は特殊な環境で、一般的な裁判などに使える証拠が残らない。

 また魔物などが絡む複雑な状況で被害が出た時、誰がその被害に責任があるのか、それが故意なのかどうかなどは当人たちにしか分からないケースが多いのだ。


 そのため迷宮での犯罪は、明らかにならないことが多い。

 もっとも、それをいいことに迷宮で犯罪を繰り返すような人間は、いずれ他の冒険者によって殺されてしまうことも多いのだが。


「というわけで、アレス君を助けに行きたいんだけど……戦力は足りるかな?」

「コランダム・ドラゴンですか……」

「事前準備をしたとしても、厳しい相手ですね……」


 彼らの最深攻略階層は84層。

 80台のボスと同等と言われるコランダム・ドラゴンは、フル戦力で事前に準備をしてようやく相手になるかどうか……といったレベルだ。

 突発的に討伐を狙うなど、自殺行為と言っていいだろう。


「まあ、なにも倒すことはないんだ。彼の退路さえ確保できればそれでいい」

「それでも難しいかと」


 そう答えたのは、このパーティーの副リーダーにして主力、カリーネ=ラインマイヤーだ。

 実際の迷宮攻略や依頼に関しては、彼女が実質的なリーダーだと言っていい。

 冒険者の中には、『栄光の導き手』のリーダーを彼女だと勘違いしている者も珍しくないくらいだ。

 そんな彼女は、当然とも言える疑問を口に出した。


「そもそも、彼にそこまでする価値があるのですか?」


 彼をスカウトすること自体に異論はない。

 非戦闘員とはいえ92層まで潜って得た情報などは、価値があるだろう。


 しかし、コランダム・ドラゴンと戦い、パーティーメンバーの命を危険に晒してまでスカウトすべきかというと……首をかしげるところだ。

『深淵の光』の主力メンバーならともかく、アレス=ロデレールにそこまでの価値はないはずだ。


 冷たいようだが、迷宮ではすべてが自己責任。

 たとえ信じていた仲間による裏切りで命を落とそうとしている冒険者であろうとも、義理人情だけでパーティーメンバーの命を危険にさらすわけにはいかないのだ。


「君は迷宮都市最強パーティーの座を、取り返したくはないかい?」

「言うまでもなく。私はそのためにいます」


『深淵の光』にその座を奪われるまで、『栄光の導き手』は10年以上も迷宮都市最強の座に君臨してきた。

 その座を取り返すのは彼らの悲願だったが、最深攻略階層はあっという間に引き離され、今では8層差。

 あまりに隔絶した実力を持つ『深淵の光』のためだけに、今までAランクまでしかなかった冒険者パーティーに『特Aランク』なんてものが作られてしまうくらいだ。


 一方こちらは84層を攻略してからもう1年以上も経つが、まだ85層のボスを討伐できる見込みはない。

 冒険者パーティーは3層も最深攻略階層が違えばもう別格だと言われているので、もはや越えられない壁と言ってもいいだろう。

 実際、追い抜かされた当初は奪還に熱意を燃やしていたメンバーも多かったが、今では諦めてしまっているメンバーも多い。

 だがカリーネとエコーは、諦めていない側のメンバーだ。


「じゃあ、彼は必要だ。……僕が集めてる情報が正しいとすれば、あのパーティーが最強だった理由は彼なんだよ」


 エコーの言葉を聞いて、カリーネは目を丸くした。

 あのエコーが、何の理由もなくこんなことを言うとは思えない。

 しかし、あのパーティーのお荷物とまで言われているアレスがパーティーが最強だった理由だとは、どうしても思えなかった。


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