第3話 最強賢者、強化魔法を解除する
俺を見据えるコランダム・ドラゴンを見て、俺はため息をつく。
敵は俺がそれなりに高レベルであることに対して警戒しているのか、自分からは突っ込んでこない。
もしここにベルドがいたなら、剣術系のエクストラスキル『断界撃』の一撃でコランダム・ドラゴンを真っ二つにしてくれたことだろう。
前回の討伐ではそれなりに苦労したが、今の彼のレベルならまったく難しくはないはずだ。
そんなことを言っているから、追放されてしまったのかもしれない。
「マジック・オーラ 解除」
俺はまず、『深淵の光』のメンバーたちにかけていた強化魔法を解除する。
強化魔法に割かれていた魔法リソースが開放され、体に魔力が戻ってきた。
だが、これだけで倒せるほど、コランダム・ドラゴンは甘くない。
「ソウル・リコンストラクト」
いま発動したスキルは、自分の能力を削って魔力を高める、賢者の固有スキルだ。
筋力、素早さ、防御力、視覚、聴覚、嗅覚その他もろもろ……俺に本来備わっている力を削れば削るほど、魔力が高まる。
痛覚も削れれば便利そうなのだが、残念ながらソウル・リコンストラクトにはいくつか対象外の能力があり、痛覚もそのひとつだ。
俺はダンジョン攻略中、生き残るのに最低限必要な力以外をすべて魔力に変換し、マジック・オーラに使っていた。
戦えない俺が力を残しているより、少しでも戦える4人の力を高めたかったというわけだ。
本当はこんなスキルを使いたくはないが、そこまでしても役立たずなのだから、使える武器はすべて使わなければ役立たず未満だ。
まあ、結果として追放されてしまったわけだから、このスキルを使っても役立たず未満だったかもしれないが。
などと自嘲しつつ、俺は能力を再配分し始める。
一人で戦うなら、一人で戦うなりの能力配分が必要だ。
筋力と素早さは必要だ。どちらも攻撃を避けるのに必要になる。
防御力……は不要だな。攻撃を喰らえばどうせ死ぬ。
感覚器官は……視覚と触覚だけあればいいだろう。
再配分の結果、魔力は以前よりだいぶ下がった。
連携が必要ないので聴覚がいらなくなったのはプラスだが、もともと感覚器官は削ったところであまり魔力に影響しない。
筋力や素早さといった、影響の大きい能力を引き上げたことによるマイナスが大きいようだ。
「フレイム・アロー」
炎の矢。
シンプルな名前で分かる通り、俺でも使えるような下級魔法だ。
ソウル・リコンストラクトで魔力を高めてはいるが、大した威力はない。
だが、それでいい。
俺にはベルドのように、正面から強敵を叩き潰すような戦い方はできない。
弱者は弱者らしく、工夫で戦うべきなのだ。
俺のショボい矢を、コランダム・ドラゴンは最小限の動きで回避した。
巨体に似つかわしくない俊敏な動きだ。
深い階層のボスの厄介さは、こういった部分にある。
巨体に似合わず動きは俊敏で、無防備に冒険者に向かって突撃したりはせず、逆に敵が隙を見せるのを待つ。
『低層の魔物は動物であり、深層のボスは武人である』というのは、冒険者の間で昔から語り継がれる格言の一つだが……こういった動きを見ると、それも納得がいく。
そして魔法使いにとって最大の隙は、魔法を放った瞬間だ。
魔法使いは剣士のように分かりやすい動きの隙はできないが、放つ魔法に集中する瞬間の魔法使いは、誰よりも無防備になる。
その隙を、コランダム・ドラゴンは見逃さなかった。
声も足音もなく、コランダム・ドラゴンが地面を踏みしめる。
次の瞬間、まるで瞬間移動でもしたのではないかと思えるような速度で、コランダム・ドラゴンが俺に向かって突っ込んできた。
コランダム・ドラゴンは鉱石系ドラゴンの一種であり、炎系ドラゴンのように派手な炎を吹いたりはしない。
ただ純粋にその身体能力で、無数の犠牲者を生み出してきたのだ。
「ゴアアアアアァァァ!」
計算されたかのようなタイミングで、敵が咆哮を上げる。
彼にとって咆哮は本能からの叫びではなく、獲物の動きを止めるための道具なのだろう。
獲物が一瞬でも身をすくめれば、その分だけ仕留めるのも楽になるというわけだ。
俺はそんな咆哮を浴びながら、上に跳んだ。
不遇職とはいえ82レベルともなると多少の身体能力はつくもので、俺はコランダム・ドラゴンの頭上をすり抜けるように攻撃をかわすことに成功した。
俺はそのままの姿勢で、両手をドラゴンに向けた。
「ソウル・リコンストラクト」
俺はすべての能力を削り、魔力へと変える。
感覚が消失し、視界が闇に閉ざされ、音は聞こえなくなった。
筋力や素早さを完全に失い、体は動かせなくなる。
触覚や平衡感覚は失われ、自分がどこにいるのかも分からない。
だが、仕方がない。
俺がコランダム・ドラゴンほどの魔物を倒すには、このくらいはする必要がある。
いま俺の目の前にはコランダム・ドラゴンがいるはずだ。
俺は見えないドラゴンに向けて、魔法を放つ。
「フレイム・アロー」
魔法を発動した瞬間、全身を焼けるような痛みが襲った。
焼けるような痛みというか、実際に焼けているのだろう。
82レベルの全能力を犠牲にして放ったフレイム・アローの炎は、余波だけでも致命的だ。
それから少しして、今度は肩や腕、そして頭を痛みが襲った。
腕の痛みの感じは……たぶん折れてるな。防御力ゼロであの高さから落ちれば当然だろう。
いずれにせよ、この痛みはいい情報だ。
ドラゴンに食われたり引き裂かれたりすることなく、無事に地面まで落下することができたということなのだから。
こうなると、痛覚が残っているのがありがたく感じてくる。
どこに痛みがあるのかによって、状況が多少は掴める。
「マジック・シールド、ヒール」
俺は防御魔法を発動して身を守りながら、傷を癒やす。
敵の姿すら見えず、体も動かせないような状態で、これ以上の攻撃はできない。
もし俺の計算が間違っていなければ、先程の一撃で敵は死んでいるはずなので、攻撃は来ない。
だが、この真っ暗な何もない空間に浮いているような感覚の中で、それを信じろというのも無理な話だろう。
ソウル・リコンストラクトの再発動に必要な時間は10秒。
そのたった10秒が、永遠にも感じる。
いつドラゴンに噛み砕かれるか分からない10秒だ。
そして……10秒が経過した。
「ソウル・リコンストラクト」
その言葉とともに、体に力が戻ってきた。
視界が開け、周囲の音が聞こえ、肉の焼けたにおいが鼻をつく。
焼け焦げたコランダム・ドラゴンが、俺のすぐ横に倒れていた。
「……なんとかなったか」
俺はそう呟いて立ち上がり、体に怪我がないことを確認する。
パーティーメンバーたちが普段の戦いで負う怪我に比べれば、先程の怪我など大したことがないので、治っていて当然なのだが。
しかし、最大の問題はまだ解決していない。
俺は自分の人生のすべてであったともいえる『深淵の光』を、追放されてしまったのだ。
こんな64階層の……場所の割には強いとはいえ80階層クラスのボスを倒せたところで、何の慰めにもならない。
ベルドであれば、視覚など失わずとも瞬殺できたはずの魔物なのだから。
解決策は、思いつかなかった。
だが、気を紛らわすくらいの方法はある。
ヤケ酒だ。
迷宮から出て、酒をたくさん飲もう。
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