第2話 最強賢者、特殊ボスと遭遇する
「経験……値……?」
俺は地面に倒れ伏したまま、なんとか言葉を絞り出す。
少しだけ考えて、俺は理由に思い当たった。
俺が使っていた、『マジック・オーラ』というスキルだ。
あのスキルは対象者を強化する代わりに、その強化によって得られた力の分だけ、経験値の配分を受けるという効果がある。
たとえば、強化後のベルドの力のうち1%が『マジック・オーラ』によるものだとしたら、その時に倒した敵の経験値を1%だけもらうというわけだ。
とはいえ実際には、ほとんど俺に経験値など入っていないはずだ。
というのも、強化量があまりにも小さいからだ。
昔、このスキルの有無でどのくらい力が変わっているかを試したのだが、強化量は1%あるかないか……といったところだった。
今では俺とベルドの間の実力差はさらに広がっているので、1%よりはずっと下だろう。
「マジックオーラとか言ったか? あのスキル、経験値を盗むんだろ?」
「でも、それは強化分だけで……」
「ああ。多少吸われなくはないが、ほとんどは俺に入るって言ってたな」
俺なんかの魔力で、最強の剣士であるベルドにちゃんとした強化を与えられるわけもない。
実際にはステータスのうち『マジック・オーラ』による強化量は0.1%もあればいいほうで、経験値もそのくらいの配分だろう。
そう考えていたのだが……。
「だったら、お前のレベルは何なんだよ!」
俺に向かって、ベルドがそう叫んだ。
確かに、ここは俺も少しだけ気になっていたところだ。
冒険中も俺はほとんど敵を倒していなかったにも関わらず、レベルが上がるペースは俺が一番速かったからだ。
一応、俺の予想より強化量が多い可能性も考えた。
例えば……もし1割、そんなことは絶対に有り得ないが俺の力がベルド達を1割も強化できていたのだとすれば、俺にも1割の経験値が入ることになる。
俺は戦闘中、他の4人を同時に強化しているので、トータルでは0.4人分の経験値を吸っていることになる。結構な量だろう。
だがその場合ベルド達の経験値はむしろプラスのはずだ。
階層をひとつ下ると、敵の強さは1割ほど上がり、経験値は5割ほど増えると言われている。
それなのに経験値が1割しか俺に吸われないのであれば、ベルド自身に入る経験値はだいぶ増えていることになるのだ。
だが、それだと俺だけレベル上昇が早い理由に説明がつかない。
俺はこの理由をずっと考え、結論を見つけられずにいた。
唯一思いついたものと言えば……。
「それは多分、賢者は弱いから必要経験値が少なくて……!」
「職業によって必要経験値が違うなんて話、聞いたことねえよ」
彼の言う通りだ。
俺も聞いたことはない。
経験値泥棒の疑惑がかかっている状況では、あまりに苦しい言い訳だと言わざるを得ないだろう。
「で、でもお前らのレベルだって、順調に上がってただろ!? 迷宮都市で最速のペースだ……!」
「それは俺達が優秀で、深い階層の魔物を大量に倒せたからだ。お前と違ってな」
……何も言い返せない。
彼が言っていることは、まさに正論そのものだった。
彼らは強いから、深い階層に潜れる。
深い階層に潜れるから、レベルが速く上がる。
俺はただ、そのおこぼれに預かっていただけだ。
「……もう『マジック・オーラ』は使わない。それなら……」
「どう戦おうが過去の罪は消えない。お前のパーティー追放は決定事項だ」
「ま、待ってくれ! せめて一度、俺の補助があるのとないのでどのくらい差が出るかを試して……」
「しつこいなぁ」
俺の言葉を遮ったのは、ベルドではなかった。
レミだ。
「もう面倒だし、本当の理由を話しちゃっていいんじゃない?」
「ベルドは色々気にしすぎなんだよ。……嫌いだから追放する。それでいいだろ」
レミの言葉に、ピアとマルクが同調する。
いい加減しびれ切らしたといった感じの顔だ。
「みん、な……?」
経験値泥棒は本当の理由ではない?
嫌いだから追放?
言っている意味が分からない。
「まあ最後だし、正直に理由を話してやるか。……ウザいんだよお前」
呆然とする俺に、ベルドがそう告げる。
……身に覚えがない。
「なにか俺、嫌われるようなことをしてたか?」
「してただろ。口を開けばすぐにチームワークがどうの、慎重な情報収集がどうの……そんなもんなくても、俺達は最強のパーティーだってのによ」
「ライムが入ったら、どうせまた陣形がどうとか言い出すんでしょ? そんなの私達にはいらないのに」
チームワークがなくても最強。
その通りだ。
だが、彼らがただの冒険者の集まりではなく一つのチームになれれば、今の『深淵の光』とすら比較にならないほどの成果と、安定した迷宮攻略ができるはずだ。
俺はその日を夢見て、今までこのパーティーについてきたのだから。
しかし、彼らはそうではなかったようだ。
俺がやろうとしていたことは、ただの自分勝手だったのかもしれない。
自分たちのパーティーがどういった戦い方をするかは、やはり戦う本人たちが決めるべきなのだ。
やはり俺は、このパーティーにはふさわしくなかった。
潔く身を引くべきだな。
「パーティーの方針に逆らったことは謝る。引き継ぎが終わり次第、俺はパーティーを脱退……」
「引き継ぎなんていらねえよ。そんなこと言って、少しでも長くパーティーに寄生したいだけだろ?」
「……引き継ぎって、アレスの役目を誰かに引き継がせるつもり? 私達を邪魔する役目を?」
散々な言い草だ。
だが、俺達は迷宮内部の地図やボスの位置などといった情報を紙に残していない。
それらはすべて俺の頭の中にしかないので、これだけでも引き継ぎたい。
冒険者になった時から『深淵の光』は俺の誇りであり、俺の全てだった。
迷宮で道に迷って右往左往する『深淵の光』など、見たくはないのだ。
たとえ俺がそこにいないとしても、俺が一瞬でも所属したパーティーが迷宮都市最強の座に君臨していてくれれば、少しはそれを誇りに思えるだろうから。
そんな思考は、地響きのような咆哮によって遮られた。
聞き覚えのある咆哮だ。
俺はそれを聞いて、この64層がどういった階層であるかを思い出した。
普段であれば、ここはなんということのない、ごく普通の階層だ。
ボスも出現するにはするが、所詮は64層のボスなので、大したことはない。
だが極稀に――数年に一度だけ、特殊ボス『コランダム・ドラゴン』が出現する。
現れる階層が64層なのに、実質的な強さは80層クラスだと言われている怪物だ。
なぜその咆哮に聞き覚えがあるのかと言えば、前回出現時にこいつを倒したのが『深淵の光』だからだ。
「この咆哮……コランダム・ドラゴンだ! 追放は理解したから、今は……」
クビになるかどうかの話は大切だが、命はもっと大切だ。
特に今日は、新メンバーであるライムがいる。彼女を守らなければならない。
俺は大急ぎで敵の位置を探り、戦い方を考え始めるが……。
「来たみたいだね」
こともなげに、ピアがそう告げる。
まるで知っていたかのようだ。
「そうだな。じゃあ行こうか」
そう言ってベルド達が後ろを向き、どこかへ歩いていく。
ライムは一瞬迷ったようだが、リーダーが手招きをすると、小走りで4人のもとへと駆け寄った。
よく見てみると、彼らが歩いている方向は、特殊ボスに出会わずに済むルートだ。
派手な戦いが好きな彼らのことだから、討伐を選ぶのだと思っていたが……流石に今日入ったばかりのメンバーを連れて特殊ボスに挑むほど無茶ではなかったようだ。
そう安心しつつ俺は、彼の背中を追う。
最悪の可能性が頭をよぎるが、俺はそれを一旦無視する。
いくら俺が嫌いだったとしても、コランダム・ドラゴンがいる階層に俺だけを置いていくなどとは思わなかったからだ。
だが……その懸念は現実となってしまった。
ついていこうとした俺に、ベルドは剣を突きつけたのだ。
「パーティーメンバーでもないのに、何でついてこようとしてるんだ?」
もうパーティーメンバーではない。
頭では理解している。
だが、今は非常時だ。
「でも、特殊ボスが……」
「知るかよ」
そう言ってベルドが、俺を蹴り飛ばした。
高レベル戦士の力が込もった、受ける人間によっては体がバラバラになりかねないような蹴りだ。
「ガハッ!」
壁に叩きつけられ、肺から空気が押し出される。
尖った岩が背中に突き刺さり、鋭い痛みが走った。
「ヒー……ル……」
俺はとっさに回復魔法を発動し、傷を癒やす。
自分に回復魔法を使うのは久々だが、どうやら効果はあったようだ。
まさか仲間からの攻撃で、回復魔法を使うことになるとは思わなかった。
いや、もう仲間ではないのか。
「次ついてこようとしたら、殺す」
地面に座り込む俺に冷たく告げ、ベルド達は立ち去った。
階層に残されたのは俺と……80層クラスの特殊ボス、コランダム・ドラゴンだけだ。
先ほども聞いた咆哮とともに、地響きがだんだんと近付いてくる。
すでにドラゴンは、俺を見つけているようだ。
逃がしてくれそうにはないな。
まあ、コランダム・ドラゴンくらいなら、俺一人でもなんとかなるか。
一番弱かったとはいえ、俺は迷宮を92層まで攻略した『深淵の光』のメンバーだったのだ。
この特殊ボスの強さは、せいぜい80層相当。
ソロでの戦闘など何年ぶりか分からないが……倒せないということはないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます