追放された最強賢者は自分が最強だと気付かない
進行諸島
第1話 最強賢者、追放される
特Aランク冒険者パーティー『深淵の光』。
このパーティーの名を知らない者は、このラギウス迷宮都市にほとんどいないと言っていいだろう。
平均レベル75、最深攻略階層92層……いずれも比肩するもののない、ぶっちぎりの最高記録である。
そして俺……アレス=ロデレールは、このパーティーで唯一の補助職だ。
いや、唯一の補助職だったと言うべきか。
今日の試験の結果次第では、補助職がもう一人増えるからだ。
俺達は今日、普段よりもだいぶ浅い階層――64層へとやってきている。
新メンバー候補、付与術師のライムが入団にふさわしいかどうかを確かめるためだ。
「いきます……ファイア・エンチャント!」
新メンバー候補であるライムが魔法を唱えると、俺達のパーティーのリーダー、ベルドの剣がうっすらと赤く光った。
彼女の職業は付与術師。
パーティーメンバーを強化することができる力を持つ、期待の新メンバー候補だ。
「炎って言っても、熱くないんだな」
「付与の効果は攻撃中にしか出ないので、安全ですよ!」
「いいね」
ベルドがそう言って、大きなワニの魔物――ブラッド・アリゲーターに斬りつける。
浅い階層だけあって、ブラッド・アリゲーターはベルドよりだいぶ格下の魔物だ。
予想通り、魔物はあっさりと真っ二つに切断され……それから、断面が燃え上がった。
「おお、敵が燃えてる……!」
「これが付与術師の力か……!」
敵が燃え上がるのを見て、メンバー達が感嘆の声を上げた。
付与魔法というのは始めて見たが、本当にただの剣から火が出るんだな。
敵が弱すぎて付与が必要だったのかは微妙なところだが、もっと深い階層でなら役に立ちそうだ。
更に、付与術師は人間に対して、持続回復効果を付与することもできる。
今まで回復役は俺が引き受けてきたが、彼女の力があれば、だいぶ回復も安定するだろう。
『深淵の光』は割と積極的な戦い方をしがちなので、今までは回復が追いつかずに迷惑をかけることもあったが……それも過去の話だという訳だ。
「なんか、普段よりスムーズに斬れた気がするな。これもライムの力か?」
「はい! 属性エンチャントには、攻撃の威力自体を上げる効果もあるんです!」
ライムが嬉しそうな声で、リーダーの言葉に答える。
迷宮都市最高のパーティーに入れる可能性があるのだから、喜ぶのは当然といったところだろう。
彼女とはほぼ初対面だが……新メンバーの嬉しそうな顔を見ていると、こちらまで嬉しくなってくる。
この属性エンチャントは、付与術師の専売特許だ。
相手や階層に合わせて属性を変え、常に敵の弱点属性で攻撃をすることができるため、この魔法ひとつでパーティーの戦力は飛躍的に高まる。
ライムのレベルはまだ少し低いが、彼女が俺達に追いつく頃には、95層……いや100層の大台を攻略することすら、不可能ではないかもしれない。
彼女の入団が決まったら、戦い方も今までとは変える必要がありそうだな。
今まで俺達は、あまりチームワークを重視していなかった。
俺以外のメンバーは個々の力が非常に高いので、それぞれが力でゴリ押しすればなんとかなってしまったのだ。
だが彼女が入るとすれば、そうも言っていられなくなる。
彼女は俺と同様、補助職の系統だ。
補助職はレベルの割にステータスが低いので、彼女を守るような戦い方をする必要がある。
とはいえ、俺なんかと一緒にされたら彼女は怒るかもしれない。
なにしろ彼女は、いま迷宮都市で最も需要が高い職業である付与術師、いっぽう俺は迷宮都市で最も冷遇されている補助職、賢者なのだから。
賢者は名前こそ格好よく見えるが、その実態は完全なるハズレ職だ。
低いステータスに扱いにくいスキル、そして主力スキルについて回るデメリット効果。
それらすべてが、『賢者は冒険者なんかになるな』と言っている。
一応は補助職を名乗っているが、それは単に自分では戦えないからに過ぎない。
単独戦闘も弱いし、補助も大したことがない。
迷宮都市で一番高レベルな賢者である俺自身ですら、何がこの職業の強みなのかまったく分からない。
もし職業を自分で選べるなら、今すぐにでも付与術師に転職したいところだ。
唯一のメリットがあるとすれば、スキルの関係上、レベルが上がりやすいことか。
魔法使いのレミは73、槍使いのピアは73、タンクのマルクは72、そしてリーダーのベルドが75……このパーティーのレベルは、おおむねレベル70台前半に集中している。
そんな中、俺のレベルは82もあるのだ。
チームワークの薄いパーティーの中で、俺がなんとか死なずにやってこれたのは、このレベルのおかげだと言っていい。
もっとも、このレベルをもってしても、俺はパーティーで最弱のステータスしか持っていないのだが……。
なぜこんな俺が、栄光ある『深淵の光』のメンバーでいられるのかというと……それは、設立当初からいたからだ。
当時は全員同じくらいの実力だったのだが、職業の性能差というものは残酷だった。
他のメンバー達が強力な新スキルを覚えていく中、俺はいっこうに使える新スキルを覚えず、初期スキルを使い続けるハメになった。
その結果、俺と他のメンバー達の間には凄まじい差がつき、俺はパーティーの最弱戦力に成り下がってしまったというわけだ。
「はい多数決! ライムの加入に賛成の人!」
ベルドの言葉に、俺を含めた全員が手を挙げる。
彼女のレベルに偽りがなく、属性付与を使えるのが分かった時点で、合格は決まっていたようなものだ。
細かい戦闘技術や連携の取り方などは、これから一緒に練習していけばいいしな。
「全員一致だ。ライム、『深淵の光』へようこそ」
「あ、ありがとうございます! 新メンバーとして、誠心誠意頑張らせていただきます!」
ライムに向かって、ベルドがにこやかに頷く。
それから彼は、俺のほうを向いた。
「ってわけでアレス……」
ライムの指導は俺の仕事になるのだろう。
このパーティーで今まで唯一の補助職として経験を積んできたわけだし、基礎的な立ち回りなどは教えられるはずだ。
戦闘ではさほど役に立てないのだから、他のところで役に立たないとな。
そう考えていたのだが……ベルドの口から出たのは、予想とはまったく違う言葉だった。
「お前クビな」
「……え?」
一瞬、理解が追いつかなかった。
……クビ? なんで?
確かに俺は戦闘ではそこまで役に立たなかった。
とはいえ、クビにされるほどお荷物かど言われれば……それは違う。
俺は絶対にメンバーの足を引っ張らないよう安全な立ち回りを心がけていたし、誰にも守られずとも生き残ることができた。
性能は高くないが補助魔法は使えるし、索敵や道案内などといった戦闘以外の仕事は色々とこなしていたので、いないほうがマシということはなかったはずだ。
少なくとも俺は、そう考えていた。
「……俺、邪魔だったか?」
「あー……まあ、いないのと大差ないが、いないよりはマシだったかもな。荷物持ちくらいにはなったし、あとお前がいると平均レベルを盛れるから対外的にちょっとウケがよかった」
やはり俺が役に立つのかどうかに関しては、彼も同意見のようだ。
『いないのと大差ないが、いないよりはマシ』。
これ以上ないくらい的確な評価だ。やはりベルドは優秀だな。
しかし、だとすればクビの理由が分からない。
いないよりマシなら、残しておくのが普通だろう。
給料はとっくに平均的な冒険者未満のレベルまで下がっていて、ベルドに比べれば1000分の1以下でしかない。
この層に入れる荷物持ちよりずっと安いので、解雇による金銭的メリットもないはずだ。
そう考えていると……ふいにアレスが後ろを向いて叫んだ。
「はい多数決! アレスのクビに賛成の人!」
俺とライム以外の全員が手を上げた。
なんの躊躇もなく。
「みんな、どうして……」
……信じられない。
なにか俺は、彼らに嫌われることでもしただろうか。
「まさか、付与術師が他に入ったから俺はいらないって言うのか!? でもそれなら……」
「あー、違うぞ。実はこのことは、前からメンバーで相談してたんだよ。たとえライムがいなくても、お前はクビだった」
俺の言葉を遮って、ベルドがそう告げる。
そして次の瞬間……彼の拳が、俺のみぞおちに突き刺さった。
「か、は……!」
このレベルの戦士の拳など、ほとんど凶器と変らない。
レベルのお陰で死なずには済んだが……息ができない。
痛みに悶絶する俺を見下ろしながら、ベルドが吐き捨てる。
「お前、経験値盗んでただろ」
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