第23話 ビックサンダーマウンテン
金木犀の香りが一段と濃くなった。
階下の細い路地を数人の小学生が、おしゃべりしながら下校している。
「あっ、便所の匂い」
「ほんとだぁー、くせぇー」
時代と共に価値観は変遷するものだ。
金木犀にしてみれば、トイレの芳香剤に使った人を恨みたくなったかもしれないが、黄色い可憐な花は健在だ。
あの日、引っ越しを取りやめたカイは、大家に頼み込んで更新を延長したらしい。
「いちいち、めんどっちい」
カイがドアを開けながら、ふくれっ面で愚痴をこぼす。
シャツのボタンが取れたというので、持ってくればつけてあげると言った。
インターホンを鳴らし、玄関から上がってくるのが不満らしい。
それが世間の常識です。
彼は持ってきたシャツを手渡しながら、ベランダを指さします。
「いっそ、ベランダのアレ、蹴破るとか」
業者に頼んで修理をしたばかりなのに、とんでもないです。
「ダメです」本当にやりかねないので強い口調で否定します。
それは器物破損という犯罪です。あなたに前科は似合いません。
まっ、似合う人がいるかっていうと、それはちょっと、、、
「じゃあ、同棲しかないね」
彼は足が長いので階段を一気に駆け上ります。
私は一段一段確かめながら、転ばないようにケガのないように。
そうやって無難に生きてきたのに、あなたの飛躍についていけません。
「それもダメです」
「もしかしてOK出るかと思って言ってみた」
大人をからかってはいけません。
何気ないあなたの一言一言に、一喜一憂してアップダウンを繰り返すジェットコースターに乗ってる気分です。
特別、悪い気分というわけではありませんが。
「そういえばビックサンダーマウンテンで結石が流れるんだって、カイ知ってた?」」
唐突にネット記事を思い出した。
それはイグノーベル賞を受賞した風変わりな研究である。
あのガタガタの揺れとスピード(時速65kmがベストらしい)がマッチして、かなりの確率で腎臓から尿路に結石が移るらしい。
6mm以下の石なら試す価値があると書いてあった。
しかも最後尾に乗る方が確率が上がるのだ。
カイはあまり水分を取らず、飲むとしたらフルーツ系の飲料ばかりを取っている。
家系的にも結石が出来やすく、今は痛みがないが石があると言っていた。
「ディズニーの?俺乗ったことないかも、行きたい~」
「行きましょう、ディズニー」
面倒だと拒否られるかと思ったら、子供のように喜んだ。
言った本人が、ちょっと後悔したけど、今更撤回はできない。
結石を治すためにディズニーランドに行くヤツは皆無だろうが、カイは「石、流れてくんないかなぁ」と本気とも冗談ともとれるように呟いていた。
スマホ片手にスケジュールを確認してる君は無邪気で、爛漫で。
あなたの望むことなら叶えてあげたいと思う、母親のような心境になった。
母親だって、お姉さんだって、ただの隣人だって構わない。
抱きしめて、頬をくっ付けて「好きだよ」と何万回も言ってあげたいよ。
甘えん坊のカイに<レベル88>
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