第22話 些細な喧嘩

些細なことで、カイと喧嘩した。

何が原因なのかわからないほどの小さな亀裂。

”好きじゃないと言ったとか言わないとか”

少しお酒が入っていたので、よく覚えていない。

喧嘩は初めてではないが、大体がカイが折れて決着することが多い。

たぶん、こじれると面倒だと思っているに違いない。

「そんなこと、どうでもいいじゃん」小さく呟くのが聞こえた。

スマホゲームの音量だけが、時空間のように部屋を漂っている。

おれがごめんって言えばいいんでしょ、不服そうにそう言ってくれるのを期待していた。

「もう終わりにしようか」

あれ?抑揚のない声色が気になった。

ついに引導を渡されたのか。聞こえないふりをしてアイロンをかけていた。

ゲームのピコピコ音がイライラを募らせる。次第にムカついてきた。

はぁ⤴、そもそも始まっていましたっけ。

それってゲームをやりながら言うことですか。

いつもの喧嘩のつもりで突っかかるような言い方をした。

「はいはい、ゲームオーバーです、さようなら」

茶化したことが気に障ったらしい。

珍しく怒って部屋に戻ってしまった。

それから、1週間、顔も合わせていない。

気配がするので、ベランダを覗いても気が付かないふりをする。

つまらない用事を作ってLINEを送ってみたが、既読になるが返事はない。

こんなことは初めてだった。

「お隣の三枝さん、今月で契約終了なのよ。寂しくなるわね、いい子だったのに」

大家から聞いて、本気なのだと思った。

"いままで ありがとうございました、11/30に引っ越します"

そんなLINEが来て、やっと事の重大さに気が付いた。

まさしく、今日じゃん。


繋いでいた手を、いきなり振りほどかれた気がした。

こんな終わり方、納得できないよ。仕掛けたのはそっちなんだから。

さっき物音がしたので、まだ部屋にいるはずだった。

鍵の掛けてないドアを、ピンポンも押さずに乱暴に開けた。

ガランとした部屋は、すでに引っ越す準備が整っていた。

数個の段ボールが入口付近に置いてある。

あるはずのテーブルも冷蔵庫などの家電もなくなっている。

流しの上の窓辺に置いたコップに、白い歯ブラシが1本ポツンと入っていた。

それを見て鼻の奥がツーンとして、泣きそうになった。

部屋の真ん中で後ろ向きに座っている、カイは押し黙ったままだ。

「撤回したい」

「・・・なにを?」

洋服をバックに詰めながら、カイは振り向かなかった。

「さようならって言ったこと」

「もう遅いよ」

涙が、行き場のない感情が溢れて頬を伝わっていく。

いつだって間に合わない。

言って後悔して諦める、その繰り返しだった。

何が間違って、何が遅かったの。だけど、だけど、、、

「遅いっていうのなら、時間を巻き戻す」

あまりにも大きな声で自分でも驚いた。

諦めたら、ここで諦めたらすべてを失くしてしまう。

地の底に沈むような、絶望的な静寂の時間が流れた。

なんで振り向いてくれないの、大きな背中はすべてを拒絶していた。

どれくらいの時間がたったのだろう。

深く暗い闇に埋もれそうで、息ができない。

「プッ、ゆりっちは魔法が使えるんだ」カイは声を立てて笑った。

「・・・それしか思いつかなかった」

「僕のこと好きじゃないって言ったよね、それも撤回する?」

「それは、あの時の本当の気持ち、だけど今は違う」

「へぇー、じゃあ今は?好きじゃないの反対は?」

「・・・好き」

「正直に言えたね」

ややこし過ぎるだろ、簡単な答えにこんな遠回りして。

こじらせ女の代表みたいな私の絡んだ糸を、いとも簡単に解いてみせた。

魔法が使えるのは、あなたの方ですよ。

大人のカイに<レベル98>

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